3話 お姉さんキャラな撮影監督
ポリバケツの蓋を開けて中身を回収する。上がりは10カット。1日でこれだけ出して少ない方なのだから本当に底が知れない。作監さんの1日の作業ペースは本当にピンキリである。八角さんみたいに上手いけど一週間に1カット(これでもまだまし)の人もいれば、1日毎にコンスタントに5カットずつとか出してくれる人もいる。そして作監に求められるのはスピード以前に中身なのだ。作監は文字通り作画の監督、話数の作画に関する責任が作監にはある。下手なアニメーターの絵を、キャラクターデザイン(通称:キャラデ)が作ったキャラ設定通りに直すのも作監の仕事。色がついて映像になった後に監督から作画について修正が出た場合も直すのは作監なのだ。作監さんは基本的に技術不足で修正出来ませんは通じない世界なのである。どんな修正でも対応できる技量がなければ作監にはなれない、それが作監という役職なのだ。
だから、八角さんの言い分にある、上がりが悪いから時間がかかるというのはわからなくもない。まあ、それ以外の言い訳がクソ過ぎるが。
「さて、河本さんに折り返すか……」
先程の電話から立て続けに2回追加でかかってきているし、連絡用のチャットにもメッセージが来ている。これは相当急ぎの連絡だな……
はあ……とため息を吐いてから電話をかける。2コールもしないうちに河本さんが電話に出る。
「西賀今何処にいる?」
「すみません……るぃ、南條さんの所に回収に行って少し今後の話をしていました」
「メッセ見た? 直ぐに対応して欲しいんだけど」
通話をしながらメッセージを確認する。内容は以下である。
『撮監の滝本さんから撮入れ(いれ)の状況どうなっているか確認来ているから至急連絡してあげて』
「この撮入れって最終話の話じゃないですよね……?」
「うん、次放送の11話の話」
「それなら11話担当の制作に聞いて下さいよ」
「滝本さんからお前に確認してくれって来てんだよ」
えっ、マジか……何故だ。って言うかあんたデスクだろ、何で把握してないんだよ。
「……わかりました、会社戻ったら直ぐに対応します」
「よろしくな、俺この後打ち合わせだから!」
そう言い残して電話は切れた。
打ち合わせってもしかして版権打ちか? 絶対デスク出なくていいやつだろ。全く何考えているんだか……
「とりあえず急いで戻るか」
琉唯の家から会社までは遠くない、と言うか徒歩で戻れる距離だ。俺は11話の状況を確認しながら急いで会社に戻った。
「誰もいねえ……」
会社に戻ったはいいが、白黒班のスペースには制作が誰一人居なかった。他の班の制作は大体出社しているのに14時過ぎになっても誰一人来ないのはどうかと思う。それに、11話担当進行に確認したいことがあったのだが仕方ない。とりあえず現状把握出来ている11話から13話の撮入れスケジュールを纏めて滝本さんの所に向かう。
撮影班は同じビルの4階に居て、制作班は1階なので階段を上がって上に向かう。会社や作品によって異なるが撮影班は上のフロアになる率が高い。明確な理由はよくわからんが……
「失礼します」
そう言って4階の撮影班のフロアに入る。因みに4階には他に仕上げ班とCG班もいるので人が多い。
「あっ、やっと来た」
「お疲れ様です」
「10分の遅刻ね」
「えっ、どっから10分ですか?」
直接来てくれって連絡は来てないと思うのだが……
「私がそろそろ来ないかなって思ってから10分経ったわ」
「ええ……それは無理っすよ」
「罰として今度デートをしましょう」
「えっ? デートですか」
何言ってんだこの人?
「拒否するならもう撮ってあげないわよ?」
理不尽過ぎる……
滝本紫さんは同じ会社に所属している撮影さんだ。綺麗な腰より少し上まである黒髪が特徴の年上のお姉さんって感じである。実際、業界歴は俺よりも数年長い8年目の先輩で、今回の「白黒つける」では撮影監督をやっていただいている。滝本さんには俺が新人の頃から本当に助けてもらっている撮影さんだ。無茶なスケジュールにも極力対応してくれるし、俺のミスの尻ぬぐいもしてくれた。そういえば、入社してから一度もまともにお礼してなかったな。
「わかりました」
「……えっ? い、いいの?」
「どこかご飯が美味しいお店行きましょう」
一瞬嬉しそうな声を出した滝本さんが急に無言になる。
「……そういう意味じゃないのだけれど、まあいいわ」
琉唯ともどこか飯食いに行く約束していたし丁度いい機会だ。
「じゃあ最終話が終わったら行きましょう」
「そうね……ただ、無事に終わればいいわね」
和やかな雰囲気が一気に変わる。
「そうっすね……さっき11話の集計表を確認しましたが、このままだとリテイク撮の時間がほぼ無いですね」
「本撮は残り50カット程だから今日には撮り切れるけど、3日後にⅤ編って考えるとリテイク撮は量次第って感じかしら」
「まあ、そこはスタッフみんな承知しているんで致命的なリテイク以外は出さないと思いますが……」
11話の放送は4日後でまだ50カット程素材が間に合っていなくて画面に色がついていないのが現状だ。
「残りのテイク1入れ切りはいつ頃になりそう?」
「背景は全て揃っているので残りはセルのみです。今日中に20~30カット本撮入れして、残りの入れ切りが明日のいっぱいだといいんですけど、恐らく明後日の午前中までこぼれます」
アニメの画面に映る素材は4種類に分けられる。
セル(主にキャラクターやエフェクト)
背景(文字通り画面の背景)
3D(使用用途は多数あるが、主に機械や乗り物が多い)
2D(これは少し特殊で使用用途も多い、例えば主人公の部屋に貼ってあるアニメポスターなどが該当する。何回も映る部屋のポスターを毎回書くのが大変なので、一枚絵として素材を作ってポスターが映るカット毎に使いまわすのだ。他にもディティールが出てリアルさが増すメリットもある)
作品にもよるが、大半はセルと背景で構築されている。どちらかの素材が不足しているとカットは成立しないのである。
因みに画面に映る太陽の入射光や光の反射の表現などは演出の指示の元、撮影が画面に足してくれる。やり方はよく分からないが、今の日本アニメーションではAdobeのAfter Effectsを使うのが主流で、ソフトのツールで色々できるのだ。画面に雨だって降らせる事もできるし、2D素材を毎回カット毎に貼りこんでくれるのもAfter Effectsを使って撮影がやってくれている。
「じゃあ今日は夜までに来た素材を撮って帰るわね。明日は素材が入れ切れそうなら撮り切って帰るから、また連絡してくれるかしら?」
「わかりました。では今日の切り出しは夜分を撮り切ってからでお願いします」
「分かったわ。やっぱり西賀君に聞くのが一番早いわね」
「いやいやデスクに聞いてください……」
「河本さんに聞いても曖昧な感じで返されて終わるし話し進まないのよ。本当のスケジュール教えてくれないし」
マジで何やってんだデスク……
「俺も似たようなものっすよ。今の話だって集計表を元に推測しただけで実際の所は担制作に聞かないと細かい数字と推移は分からないので」
「……そんなことないわよ。確かに細かい部分は分からないけど、こうやって話してくれるだけで、撮影でもスケジュール立てて動ける。撮影は待つのも仕事だけど情報が何も無いまま待つのは不安なのよ」
そう言われるとちょっとは役に立ったのかな。撮影には話数の最後まで絶対に付き合って頂かないといけないし、他のセクションで食いつぶしたスケジュールのしわ寄せも来る役職なだけに制作は基本的に頭が上がらない。だからそう言ってもらえると少しは気が楽になる。
「――って言って甘やかしても仕方ないわね」
「えっ」
「予定通り素材動かなかったら分かってるわよね?」
満面の笑みで超怖い問いかけをしてくる滝本さん。無言で頷きざるをえない俺はコクコクと全力で頷く。少し優しい言葉をもらえたと思ったらこれである。
「まあ、11話はある程度見えているからいいとして、残りの話数は大丈夫なの?」
「うっ」
「まあ、あまり心配はしていないけど。最終話は西賀君担当だし、12話も担当進行は不安だけど、集計表見る限りギリ何とかなりそうな感じよね」
探るような視線を向けてくる滝本さんに対してなんて返すべきか。最終話は一旦置いといたとして12話ね……一応最善は尽くしてるんだよな。
「12話担当の皐月さんのフォローもしてるの?」
「えーと、一応してますけど、皐月も2年目なんでそこまでガッツリは入ってないです」
「でも彼女なんか抜けてるというか遅いというか、もう少し早めに行動して欲しい所ではあるのだけれど」
「そっ、そうっすね、ちょっとどんくさいですよね……」
「西賀君、12話も皐月さんで話にならなそうなら貴方に聞くからよろしく」
「いや、俺はそんな優秀じゃないですって」
今日だって、作監もろくに追っかけられず幼馴染に甘えたばかりだ。とても制作の仕事を全う出来ているとは思えない。
「そんなことないよ……なんて甘やかす事はしないわよ? 自分を過小評価するは勝手だけど、私は知っているから」
「何をですか?」
「……教えない、自分で考えなさい」
「えーそこは教える流れなんじゃないんすか……あっやべそろそろ戻らんと」
結構話し込んでしまった。さすがにそろそろ他の制作も出社する頃だろう。皐月にも確認することが増えてしまったしな。
「じゃあ西賀君、色々よろしくね。……終わったらご飯行くんだから、無理し過ぎて倒れな様にしなさい」
「了解です! また詳細分かったら連絡します!」
そう言って、ちょっと慌ただしく撮影フロアを後にする。