2話 幼馴染はアニメーター
会社に戻ると13時を過ぎていた。回収した作監上がり1カットをスキャンしてから今日の予定を振り返る。
今日は、他の作監さんの上がり確認して、総作監入れして、原画戻して、2原撒いて……相変わらずやることが多すぎる。
俺が関わっている作品は「白黒つける」というミステリー系の作品だ。今担当しているのは13話で最終話に該当する。放送は何と3週間後に控えている。そして未だに原画が終わっていないという危機的状況なのである。
この後、もう一件作監の所に直接回収に行かなければならない。付き合いが長い相手だからそこまで億劫ではないが。
「西賀。八角さん何カットでた?」
「すみません……1カットです」
デスクの河本さんが俺に聞いてくる。デスクとは簡単に言えば現場を仕切る人で、作品が円滑に回る様に色々と段取ったり、スタッフを集めてたりと、制作進行で補えない部分をフォローしながら、全話数を納品しなければならない立場の人である。1人の制作進行が約2~3本話数を納品する責任があるのに対して、デスクは全話数を納品をしなければならないので責任は制作より重い。
例えば、制作が途中で辞めたり、逃げたりした場合でもデスクは逃げることができず、代わりに進行業務を行い納品までしないといけないのだ。
「1カット? 少な……えっどうするつもりなの?」
「どうしましょうか? 何かいい方法ありますか?」
「いや、代わりの作監見つけろよ。電話して営業かけまくれば見つかるだろ。Ⅴ編の日は絶対にずらせないからな?」
そんな時間ねえって……作監の上げきり今週だぞ?
この河本さんは自分の仕事しかしないタイプである。トラブルがあれば根性論で切り抜けろの一択で話にならん。本当、デスクという責任のある立場によく付けたなと思う……一応最低限のデスク業務はこなしているが、その最低限をこなすだけで手一杯みたいだ。
因みにⅤ編とは話数の納品日の事を指す。
「とにかく今日中に解決の目処立てて俺に報告しろよ」
「了解です……外回り行ってきます」
返事をしてから俺は、八角さんに重要なメールを送ってから逃げるようにその場を立ち去った。
ガチャっと音を立てて中に入る。一人暮らしにうってつけの家賃の安そうなアパートの一室だ。
「お疲れ様です……琉唯いるか?」
「ごめん、今手離せないからそのまま入って来て」
「お邪魔します~……」
古いアパートの一室に、最低限の家具が置かれている殺風景な部屋。
1Kの部屋の真ん中で液タブと睨めっこしている女の子がちらりと俺を見る。
「調子どうだ?」
「見たまんま、物量に対してスケジュール無さ過ぎ」
「いつも悪いな……」
高校時代の体操服、赤いジャージを未だに着て長い髪を後ろで結んでポニーテールにしている幼馴染に対して申し訳なさそうに謝る。
「別にいいわよ、仕事だし。それに毎度毎度でもう慣れた」
頼もしい限りやな……
南條琉唯。小学校から付き合いのある同い年の幼馴染だ。昔から絵が上手く何か書いてはよく俺に見せてくれた。今はプロのアニメーターとして俺が担当している作品を手伝ってくれている。
「いつも助かってるよ、ありがとな」
「だから別にいいって……あんたからの頼みだし」
最後の方は小声で聞き取れんかったが、照れくさそうに視線を逸らして仕事に戻る琉唯。
年は俺と同じだが業界歴は琉唯の方が倍以上長い。なぜなら、琉唯は高校生の時にはもうプロとして仕事をしているからだ。って言うのも彼女の両親もアニメーターで業界ではかなり有名な人なのだ。そんな両親の仕事を高校生の時から手伝い初めて、高校卒業する頃にはお金を貰って仕事を受けていた。大学に入ってからは親譲りの才能を開花させ、大人顔負けの実力を見せていた。大学卒業時には作監クラスの実力を持って正式に業界デビュー、今では立派なアニメーターである。
「いや本当、琉唯には感謝してもしきれないよ」
「もういいって十分伝わったから! こっちこそ仕事貰えて感謝してるから!」
「これからも仕事持って来るからよろしくな」
「はいはい、ありがとうございます。いつでも受けさせていただきます」
「じゃあこれ、追加の作監素材置いとくな」
「りょうか……えっ追加?」
それとなく琉唯の横に素材を置いて帰ろうと試みる。
さて、これでとりあえず今日の任務は完了……
「ちょっと待ちなさい」
さっきまでとまるで別人かと思うほど冷たい声で呼び止められる。
「……えっと何でしょうか?」
「聞いてないわよ?」
「いや一応言ったよ? 来週ヘルプの作監頼むかもしれないって……」
「今日来るなんて聞いてない」
「まあ、それは言ってないけど……」
だがもうこれしか手がないのだ。俺に残された選択はもうこれしか。
「頼む琉唯……この10カット追加で引き受けてくれないか?」
「……はぁ、いつまで?」
仕方ないわねと言わんばかりにスケジュールを聞いてくる琉唯。
「今週いっぱい」
「本当のやつ教えて」
「……マジで延ばせて来週頭、原画は来週の中で上げないとやばい」
「ほんっと、いつもギリギリよね」
返す言葉もない。この10カットは午前中に回収してきた八角さんの担当範囲である。八角さんの残りの手持ちは12カット、このペースだとどう考えても終わらないので10カット引き上げる事に決めたのだ。出かける前に送った重要なメールとは八角さんにその旨を伝える内容のメールだ。元々先週辺りから今日数出なかったら引き上げる話はしていた、本人が了承したかはともかく。
「まあいいけど、いつもの事だし。それに……約束だし」
「本当にいつもごめんな」
「ここは、ごめんじゃなくて、ありがとうでいいの」
「そうだな、ありがとうな琉唯」
いつも無茶なお願いをする度に申し訳なくなるが、毎回琉唯は約束でしょと引き受けてくれる。
「お前との約束全然守れてないけどな」
「それは仕方ないでしょ、こんなやり方してる会社なんだし。そんな中でもあたしに気を使ってくれてるのは分かるから、別に気にしてない」
本当、頼りになるな。琉唯の実力ならどこでもやっていけるのに、基本的に親の手伝いか俺からの仕事しか受けていない。
「まあ……それはそうなんだけどさ」
「納得いかないならさ、この追加分スケジュール通りに終わらせたら……どこか連れて行きなさいよ」
ん? 飯にでも連れていって奢れという事か?
「分かった、好きなもん食べさせてやるよ」
「……はあ、まあそれでいいわ。約束だからね」
なんか、ちょっと不機嫌になったか? まあ笑っているし怒ってはいないみたいだからいいか……
そこでスマホが鳴る。河本さんから電話だ、面倒だから後で折り返そう。
「そろそろ会社戻るわ。上がり貰っていくな」
「いつもの所に出していわよ。今日はいつもより少し少ないけど」
琉唯はいつも玄関外にあるポリバケツの中に上がりを出してくれる。これは俺が回収に行けるタイミングで琉唯が起きているとは限らないのを苦慮する為だ。これは琉唯に限った話ではなく、アニメーターには直接のやり取りするよりも、お互いの都合を考慮して宅配ボックスなどを利用してやり取りする場合が多い。特に多いのはガスボックスでのやり取りである。
「次便は明日回収する? 今日でもいいけど」
「今日の夜回収させてもらえると助かる」
「了解、じゃあ天辺過ぎに出しとく」
天辺とは24時のことである。
「ありがとう。じゃあまたな」
「んっ、またね」
最後にお互い遠慮のない挨拶をしてから部屋を出る。