14話 推しは推したいから推す
「ちょ、ちょっとやめてください! あの日、僕はむしろ救われた身なんです!」
俺は慌てて立ち上がり、あわあわと手が変な動きになりながら言った。
「そんな事ない。もし写真を撮られてネットに拡散されたら、西賀さんが特定されてた可能性だってあったはず……私はとんでもない事をしたんだよ。自分の価値観を測るだけのために」
頭を上げ、首を左右に振り、そして俺を見ながら答える大倉さん。
確かに大倉さんの真意が本当ならば、俺は自分の好きな声優さんの身勝手に巻き込まれたファンになるのだろう。
だが、俺は怒りなどは全くなかった。まあ、当然である。あの日大倉さんにカット袋を拾ってもらってなかったら、俺は社会的に死んでいた。なんせ会社の機密書類を放置して業務放棄しようとしていたのだから。普通にクビである。そう、どっちにしても結果は変わらなかったはずだ。
「いいえ、何度も言いますが、大倉さんは僕を救ってくれました。僕がまだ業界にいるのは。このアニメ業界にいるのは貴方のおかげです」
これはあの日に限った話ではない。仕事が辛い時、精神的支えになってくれたのはいつも推しがいたからだった。
「いつか貴方と一緒に仕事がしたい。その思いがあるから頑張れてるんです」
伝えたい言葉は自然と口に出た。こんな事、本当は本人を目の前にして言うべきではないんだろうな。
「私にそんな価値ないよ。謝っておいてなんだけど、今回の件だって心の底から悪いと思ってないし……もちろん申し訳ないとは思ってるよ? でも土下座して涙流して謝れるかって聞かれたら無理だと思う」
それを聞いて思わず笑ってしまう。
「いいんじゃないですか? 僕もそのおかげでこうやって大好きな人と話せてます。イベントでもないのにこんなに長い時間」
ふふっと笑いながら、大倉さんに少し皮肉つぽく言う。
心の底から悪いとは思っていないと、当事者本人の前ではっきり言ってしまうのがこの人なのだろう。良いところでもあり弱点でもあるのかもしれない。
「なんで笑うの……普通怒って立ち去っていく所なのに」
大倉さんは目を丸くして驚いた後少し頬を赤めた。
「なんなら、ファンだったらいいよね。むしろご褒美だよね? って感じですか」
「そ、そこまでは思ってない!」
大倉さんは他人のフリの事など忘れている様子でツッコミを入れてくる。
俺は再び席に座り改めて大倉さんに向き直る。
「ご褒美かどうかは置いといたとして、怒ったり嫌いになったりなんてしないですよ」
そう言うと、大倉さんは言葉を失った様に黙ってしまい、次の言葉が出てくるまで少し間が空いた。
「……ごめん、ちょっと引いちゃった」
いや、おいおい……
そうは言うも、大倉さんは引いている様に見えなかった。むしろ言葉とは反対にクスっと笑った。
「少しくらい嫌いになって欲しかったな」
「いや無理ですよ……」
反転アンチなんてダサすぎるしな。
「あ〜あ、今日は嫌われるつもりで来たのに。私ってこんな人間なだから、こんな私のファンなんて辞めた方がいいよって」
「嫌われに……?」
まあ、確かに大倉さんの性格は少しわかった。思っていた以上に仕事にストイックなこと。忖度で仕事が選ばれる事に対しての想い。それから……
「うん。だって私が西賀さんの立場だったら、こんな人は絶対に嫌いになるもん」
この人は下手に取り繕う事をしない。
「大倉さん自分の事めっちゃ好きなタイプですか……?」
「そうだよ? 私、自分の事は世界で1番可愛くて大好き。でも周りに居たら絶対ウザい女。それが大倉初だよ」
言葉に皮肉や謙遜なども一切ない。
「なんかすげえっすね……」
「あはは、嫌いになった?」
痛い発言でもあり、多くの人を敵に回す発言。
傲慢で貪欲と言われればそれまで。
だが、裏を返せば圧倒的な自信と実力があってこその言葉。
迷いなく言い切るその姿は普通に格好良かった。
「むしろもっと好きになりました」
「うわ〜、いくらファンとは言えヤバいよそれは……重症だね」
今度は割と本気で引かれて危ぶまれた……
そして俺は思う。どんな形であれ、推しの新たな一面を知った時の嬉しさはたまらん。これだから推し活はやめられないと。
「今の話聞いて好きになる要素あるかな? 割と性格終わってるってぶっちゃけたつもりなんだけど」
「いや、オタクなんてそんなもんですよ」
それに本当に性格が終わっているならわざわざこんな時間は作らないだろう。
「そう言えば、俺の立場を利用しようって言うのは、アニメ業界関係の人だと色々と都合が良かったからですか?」
「うん、業界の人なら一般の人よりは融通が聞くと思って。しかも私のファンの業界の人なら尚更ね」
「確かに、最悪アニメの仕事関係で話をしただけで済みますもんね」
「その通り、場所も駅だったし、実際に手には業界関係だと分かるカット袋も持っていたから言い訳としては十分」
プラスで俺がカット袋を置き忘れたという事実まで加われば鬼に金棒と言ったところだろう。
「一人のファンに嫌われてでも、どうしても私は現状を変えたかった。本気で今の価値観を壊すつもりですって事務所に伝える脅しのつもりでした行動……だったんだけどな」
だが結果は現状ということだ。
「やっぱり仕事を続けながら、少しずつ変えていくしか無いのかな……」
独り言の様に大倉さんは呟く。
正直、『オタクに愛されている』という価値は得ようと思って得られるものではないと思う。世の中にはそれすら叶わない人は大勢いるだろう。だから、大倉さんの悩みや野望は贅沢なのかもしれない。
「大倉さんは今の自分が嫌いって訳じゃないんですよね?」
「うん、嫌いじゃない……むしろ好き」
ただ、アニメでも、作りたい作品とお客さんに求められている作品の価値観が違う事はままある。
その時の流行、時代に合う合わないでも左右される。そんな中で制作を繰り返している。
「なら、好きにしていいと思います」
誰だって理想の自分と現在の自分のギャップに苦しむ事はあるはずだ。
「本音を言えば僕は今の初ちゃんが好きです。僕だけじゃない、初ちゃんのファンクラブに入っている人達は多分みんなそうです。ただ、推しの変化や転換を祝福できない、受け入れられない程落ちぶれてもいません」
大事なのは、自分の意思。最終的にどうしたいか。
「推しは推したいから推すだけです」
そして飽きた奴から勝手に離れていく、それが良くも悪くもファンと言う存在である。
そして世の中も大体そんなもんだろ。
「……」
大倉さんは無言真顔で俺をじっと見ていた。
うわーやっちまった……
いつの間にかテンション高く一人でつらつらとオタク特有の語りをかましてしまっていた事に気がつく。しかも癖でファン間の愛称である初ちゃん呼びまでしていたような気がする。キモいことこの上ない……
「……ふふっ」
自分で勝手に猛省していた所で、大倉さんはクスッと笑った。
「あはは、西賀さんって、オタクってゆう部分においては絶妙に信頼できそう」
笑うのを堪え様として堪えられていない大倉さんから、いまいち喜べない評価を受ける。
「……それ、褒めてるんですか?」
「うん、めっちゃ褒めてる……ふふふっ」
本当だろうか? クスクスと笑われながら言われると、馬鹿にされている気しかしないのだが……
まあ、そう思いつつ……その姿があまりにも可愛かったので何も言い返す気になれなかった。




