13話 あの日の真実
夏目さんから色々なニュースを聞かされた次の日。
俺は自宅謹慎中にも関わらず、とある駅のホームのベンチに座っていた。そう、大倉さんにカット袋を拾っていただいたあの駅のベンチである。
何故謹慎中なのにこんな事をしているかというと、夏目さんが話した良いニュースに関係している。
「しかし、本当に来るのか……?」
夏目さんいが言うには、なんと大倉さんがここに来るらしい。
どういう経緯でそうなったのかはマジでわからんが、秋山さんから連絡が来たらしく、今日ここに僕を呼び出して欲しいと大倉さんが頼んだとのこと。正直騙されている感が半端ないのだが、わざわざこんな事をする理由もわからないのでとりあえず言う通りに駅まで来てみた。
スマホで時間を確認すると、約束の時間まで残り数分といったところまで迫っている。そして、そのタイミングで隣の席に女の子が座った。他にも席は空いているのにわざわざ近くに座るかと思い、気になって座った女の子を見て呆然とする。
「西賀亮さんですか?」
帽子を被り、メガネをかけ、顔にはマスクを付けていたのでその子が大倉初本人だと気づくまで時間がかかった。服装もかなりラフな感じでパーカーである。何というか有名人って感じを限りなく無くした格好だった。
本当に来たよ……
「すみません……顔をこちらに向けないで他人のふりをしながら聞いてください」
俺が戸惑ったままガン見している中、大倉さんをそんな事を言いながら自分のスマホを取り出して操作し始める。いや、操作するフリをし始めた。
「こんな形でごめんなさい。誰かに見られちゃうとやばくて」
初めは気のせいかと思ったが、話かたもいつもと違う感じがする。いつもと言うのは、所謂お仕事で聞いている声である。今日のは何と言うか、いつもよりフラットな感じに聞こえる。
「誰が見ても他人に見えれば大丈夫なので、会話はこのまま普通にして大丈夫です」
そう言われて、とりあえず俺も正面に向き直って、自分のスマホを操作するフリをする。
「改めてなんですけど、西賀亮さん……いや、肩苦しいの苦手だから、敬語やめるね。西賀さん、ごめんなさい」
何故か謝られた。しかも友達みたいな感覚で。俺は色々と理解ができない状況の中、まだファンの声優がすぐ近くにいるという状況も飲み込めていないんですけど……
「な、なんで大倉さんが謝るんですか? 何も悪いことしていないのに」
「実はーーあの日、西賀さんが私のファンの人って気がついてたんだ」
えっ? と言う言葉が口から出ない程の衝撃だった。
「カット袋を置き忘れていく前から、今座っているここに居た時からファンの子って気がついた。まあ当然だよね、キミ、私のライブグッズのパーカー着ていたし」
気が付かれていたにのか……確かに俺はあの日、大倉さんのライブグッズのパーカーを着ていた。
推しのライブグッズを普段から着ているなんて、と思うかもしれないが、それには理由がある。
「普段から着てもらえる様にと思って、カジュアルな感じのパーカーにしたから見つけた時嬉しくて思わず見ちゃった。そして申し訳ないとは思いながらそのまま見てた」
変わらずいつもよりフラットな感じだが、声は最初よりも明るく聞こえる。感情が声に乗りやすいタイプなのか、声優の仕事の癖なのかはわからないが、ひとまず気まずい雰囲気からは多少離れたので安心する。
「職場で誰にもバレてなかったのに、本人にバレるとは思わなかったです……と言うかたまたま見られていたわけじゃないんですね」
「うん……でも見ててよかったよ。おかげでカット袋拾えたし」
そこで大倉さんの声に明るさが消えて、沈んだ感じになった。
「初めは自分のグッズのパーカー来ている子って感じで見てたけど、西賀さんの顔に目がいって、凄く辛そうな顔してて、泣きそうな顔してて、最後は無気力な顔になって……ほっとくと何かしちゃいそう……って思ったら、明らかにワザと手に持っていた物を置いて行って」
俺そんなにわかりやすい顔していたのか。と言うかかなり情けなくてダサいところ見られていたんだな。
「もしかして、それで拾ってくれたんですか?」
「初めは拾うか迷ったんだ。とりあえず、近くまで行って置いていった物を確認して見て、そしたら私が関わっている作品の何かって事に気がついて、それで……」
大倉さんはそこで言葉を途切らせた。
思わず彼女の顔を見そうになるのを堪え、スマホも持ち替えて言葉の続きを待つ。……が中々その続きが語られない。
「それで、拾ってくれたんですか? アニメ関係の物が放置されるのはまずいと思って」
「もちろんそれは思ったよ。でもそれなら声はかけなかった。拾って後で事務所経友で会社に届けてもらったと思う。私は、西賀さんがアニメ業界の関係者の人で私のファンの人って確信したから声をかけた」
大倉さんはまるで、俺に業界関係者とファンの人という二つの要素が揃っていたから声をかけたという風に話し出す。
「大倉さんにとって俺は声をかけるのに都合がよかった……?」
「そう、それが私が西賀さんに謝る理由でもある。私は貴方の立場を利用しようとしたから」
一から順に話すね、と前置きされ大倉さんは話し出した。
「私ね、売れるためなら、声優として仕事をし続けるためなら、やれる事は何でもやって来たつもりなんだ」
それは、恐らく本当だろうと思う。大倉さんは言葉を選ばなければ、所謂ドル売り、アイドル声優として活動して来た一人だ。
アイドル声優とは文字通り、声優という職につきながら、歌やダンスも踊ってますって感じで活動している声優さんを指す言葉……として定直した造語である。大倉さんはご自身でアイドル声優と名乗られた事はないし、SNSのアカウントのプロフィールでも声優とアーティストと書かれている。
「一人でも多くの人に知ってもらえるならと思ってキャラソンも歌って。ダンスも得意だったから振り付けも入れて人前で歌って踊って。ルックスも落とさない様にして。そして、声優としての仕事も手は抜かなった。演技も磨いて、求められる芝居をしてきた」
自画自賛と言われればそれまでだが、大倉さんを推してきた人間ならこの言葉が嘘でない事はわかるつもりでいた。改めて本人の口から聞くと、余計に真実味が帯びてくる。
「おかげで何とかここまでやってこれたし、仕事も安定してきた」
大倉さんは声優デビュー当時から売れっ子だった。高校生でデビューして、その可愛い声で多くの役を射止めて来た。一ファンからすれば普通に順風満帆に見えていたが、本人が「何とかここまで」と表現した事に重みを感じた。
そして思う、大倉さんに比べて俺は何をして来たのだろうかと……まあ、これは今更なので今考えるのはよそう。
「でも気づいちゃったんだ……仕事が安定して来たと思っていたのは、私だけだったって」
んっ? えっ?
「いやいや、そんな事ないでしょう?」
思わず大倉さんの方に顔を向ける。
「こっち見ちゃダメ」
普通に怒られた。
「すみません……でも、大倉さんは今やスマホゲームのキャラや大型コンテンツのキャラとかの役もやっていて所謂長寿の仕事もやられているじゃないですか、これで安定してないって事は−−−−」
「私もそう思っていたんだ……でもね違ったの。私に仕事が来ているのは、業界での私の価値観が未だに『オタクに愛されている大倉初』から変わってないから、私の技量で勝ち取れた訳じゃない」
「そ、そんな事ないと思いますけど」
全力で否定して上られないのは、この業界に入って3年にもなると、声優のキャスティングに関しての大人の事情ってやつを嫌でも耳にするからである。
「もちろん私だって全てがそうとは思ってないよ。中には技量で勝ち取れた仕事もあると思う。でもほんの一部だよ」
こんな業界で末端の俺ですら耳にするのだから、ご本人の取り巻く環境ならもっと色々耳にする事だろと思う。
だが確かなのは、単純な実力で決めている事もある。むしろそっちがほとんどである……と信じたい。少なくとも俺が直接関わった現場は全部ちゃんとしていた。
「その事に最近気がついて、色々思っちゃったんだ。私は、私を応援してくれている人に応えたいのと、声優として売れて長く活動する為に、アーティスト活動をして、写真集を出して、イベントに出てきた。それなのに、本当にそこしか見られていなかった」
大倉さんの声色は心なしか沈んでいく。
「じゃあその価値を失った私は用済みになるのかなって。そう思った時、そんな事ないって事を証明してやるって決めたんだ。そして、西賀さんへの謝罪に繋がります」
前振りと言うか、導入と言うか、ここからがついに俺に関する本題となるらしい。
「『オタクに愛されている大倉初』の価値観を壊すのに一番手っ取り早い方法はスキャンダルどだと私は考えました。それも男絡みの」
「それは、またシンプルっすね」
ただ、間違いなくそれが一番効果的だろうな。ファンである俺もそう思う。大倉さんの週刊誌砲なんて出た日には仕事サボってベットで横になる自信がある……ま、まあ俺は初ちゃんに彼氏が出来ようが、結婚しようが、ファ、ファンでいますけどね! 別に強がりじゃねーし。
「ただ、スキャンダルは事務所が一番警戒している部分でもあったし、私自身も恋愛しない様にしていたから、男絡みのスキャンダルを出すのはかなり難題だった」
非常に困った……俺に関する本題よりも、1ファンとして気になるワードが飛び出して本題どころでは無い。
「恋愛しないようにしていたんですか?」
悲しきオタク根性、気になり過ぎて思わず聞いてしまった。絶対に今、と言うか一生聞くべきではないのに……
「そんな余裕なかったんだ。誰かを好きになる事を避けていた訳じゃないんだけど、好きって感情に向き合う程の余裕が持てなくて。仕事してたら恋愛する時間なくなっちゃった」
えへへ……とにこやかに笑ってそう答える大倉さん。
表情は見えないが、俺はどこか切なさを感じた。聞くべきではなかったと後悔したが、安堵している自分が居るのも事実だった。
「すみません……今聞く内容じゃなかったですね」
「ううん大丈夫だよ。普段なら軽く流すけど、今回は西賀さんの聞きたい事できるだけ答えるつもりだから」
僕を巻き込んでしまった贖罪なのか、大倉さんはそう言った続ける。
「それでね、どうやって男絡みのスキャンダルを出そうか色々考えていた所に現れたのが西賀さんなのです」
「まさか、俺と絡んでいる所を誰かに見せるらために?」
「そう、誰かに目撃されて、撮られてネットに上がればいいなと思いました」
確かにあの時間は昼前で駅を利用する人はまだ割と多い。通勤ラッシュの時は他人など気のも止めないが、昼前なら話は別だろう。目撃されて撮られる確率はむしろ高いかもしれない。
「だから私は、西賀さんに声をかける為に、メガネやマスクを着けていたけど外して、顔を全部出し、声も仕事で出す声量と変わらない大きさにして話かけた」
言われてハッとする。確かにあの時大倉さんは顔を隠すアイテムを何も身につけていなかった。綺麗な声と可愛い容姿に見惚れてばっかで気にも止めていなかったが、移動中の声優さんが身バレ防止していないなんてありえない。
「だけど計画は失敗しちゃった。結果は西賀さんを陥れただけ、私はほぼ無傷、会社から小言を言われた程度……」
SNS等で大倉さんが男と話していた、などで騒がれてた記憶は無い。恐らくあの日のやりとりは誰にも見られていなかったのでは無いだろうか。
「西賀さん、謝って許される事では無いですが、改めて謝罪します。本当にごめんなさい……」
そう言うとなんと、大倉さんは立ち上がり俺に向き直って頭を下げた。