12話 悪いニュースと悲しいニュースと……
更に数日後。
無事? と言っていいかわからないが、最終話の納品が完了した。最後まで放送前日納品とギリギリだったが、終わることができた。
納品後俺は疲れて死にそうだったので、関わってくれた各所スタッフに納品が完了した事を伝えた後、速攻で帰宅してそのまま爆睡した。
そして今日は珍しくプロデューサの夏目さんに呼び出されて会議室に来ている。
「最終話のV編お疲れ様でした」
業界では納品素材のテープ出す日をV編と言う、V編で出したテープをテレビ局に持って行って初めて放送が約束されるのだ。
因みにこの納品するテープを白箱と言う。名前の由来は、まだVHSが主流だった時代にテープを白い箱に入れていた為らしい。VHS ハードケース 白とかで検索するとイメージが掴みやすいかもしれない。今はVHSではなく、いわゆる円盤が主流なので白い箱は無いのだが、未だにこの呼び方は変わってない。
「ありがとうございます。最後までギリギリになってしまい申し訳ございませんでした」
「その点は大丈夫ですよ。作画が安定していた事もあって最終話は好評です。各セクションの皆さんも総動員で手伝っていただいて、とてもいい話数になったと思っています」
あの夏目さんに褒められている……これは後でみんなにも伝えよう。夏目さんがいい話数だって言ってたと。
「そう言っていただけると、スタッフの皆さんも喜ぶと思います」
「……今のは西賀君に言ったつもりなのですが、まあそこは相変わらずですね。もっと自分本位になってもいいと思いますが」
「この間同じことを言われました……」
こんだけ色んな人に言われるって事は、普段から相当やってんだろうな。
「それはいい事ですね」
すごい穏やかな顔で言われた。何というか、その笑顔が今生の別れみたいに見えるのは気のせいであって欲しい。そんな、それだけちゃんと見てくれる人がいるなら自分が居なくなっても安心だな、みたいな顔を見せないでくれ。
「すみません、本題がまだでした。今日来てもらったのは色々と話しておかなければならない事があるからです」
夏目さんは前置きしでそういうと真剣な表情に変わる。
「悪いニュースと悲しいニュースどちらから聞きたいですか?」
「……えっ?」
思わず目上の上司に「はっ?」って言いそうになった。
なんすか、その幸せになれない選択肢は。てか俺これからどっちも聞かないといけないのか。
「どちらも聞いてもらうことになりますが、一応選んでもらおうかと」
意外とお茶目な部分もあるんだなこの人。悲しいニュースは恐らく夏目さんに関する話だろうか……その話を先にされてから更に悪いニュースは聞きたくないな。
「じゃあ、悪いニュースからお願いします」
自分が居なくなる事を自分で悲しいニュースって言うのも、この人なりにツッコミ所を作って和まそうといしているのだろうか。
「……では悪いニュースから。私は今月で退職する事になりました」
ん? あれ? そっちが悲しいニュースじゃないの?
「理由はお察ししてると思いますが、放送を落としてしまった事に対する責任を取る形になります。僕の首一つで治まる話ではないのですが、このままここでのうのうと制作を続ける訳にもいかなーー」
「ーーちょっと待ってください!」
俺の脳内処理が追いつかな間に夏目さんは淡々と退職の旨を語っていく。
「どうしました?」
「どうしました? じゃないですよ! えっ悪いニュースの方が夏目さんの退職なんすか?」
「いえ? 悪い方は私の退職によって今後の仕事内容が大きく増えると言うニュースです」
退職の事ですらないのかよ! この人自分の退職をただの前置きとして使いやがった。
「もしかして西賀君は悲しいニュースが、私が退職する事だと思ったんですか? それだと私が自分で、自分の退職が西賀君にとって悲しいって思っている自意識過剰な人間みたいで嫌ですね」
「そう思いましたよ! 夏目さんのデスク周りや荷物も綺麗になってるのも気付いてたし、絶対今日辞める事伝えられるんだろうなって」
「それで気を使って、悲しい話を後にしたらこうなったと。すみません、余計な気を使わせてしまいましたね」
「いや、もういいんですけどね……俺の空回りと言うか、ただの勘違いだったんで」
ちょっと疲れた……
「それでは次に悲しいニュースですね」
本当はもっと色々聞きたいことがある。退職してこれからどうするのかとか。
だが、これ以上に悲しいニュースが何かなのか気になったので、とりあえず先に聞くことにする。
「単刀直入に伝えます。西賀君、カット袋を置き忘れた件が会社に伝わりました」
……その話か。
「私は楓……ボクキミのプロデューサの秋山さんから事前に連絡をもらっていたので知ってました」
「申し訳ありません、制作進行としてあるまじきミスです」
「私はその事について責める気はありません。恐らくミスでもないと思いますし、その様な制作環境にしてしまった私の責任です」
「そんな事はありません。僕の意思が弱かったんです」
あれは俺が逃げ出したくて逃げようとした結果なのだ。
「すみません、私と西賀君の秘密で会社には内緒にしてしまうつもりだったのですが、別ルートで社長の耳に入ってしまいました」
別ルートか、まあこの業界狭いしな、どこから聞いても不思議ではない。
「それで俺の処分はどうなる感じですか?」
「一旦はしばらく自宅謹慎、処分は追って伝えるとの事です」
「最悪の場合クビですかね」
その一言に夏目さんは否定しなかった。つまり、クビもあり得るってことだ。
「本当なら……」
そんな事を思っていたら、夏目さんが重たそうに口を開いた。
「本当なら、君を解雇する余裕などうちの会社にはないのですが……今回は社長の耳に入った経緯が悪すぎました」
「えっ?」
と言うと……つまりどう言う事だ?
「西賀君、カット袋を置き忘れた時に拾って貰いましたよね、声優の大倉初さんに」
「はい……」
秋山さんから聞いたのかわからないが、夏目さんは大倉さんの件も知っているみたいだ。
「今回は大倉さんの事務所からの連絡で社長の耳に入ってしまいました。しかも話がかなり飛躍した形でです」
「どうゆう事ですか?」
「プライベートの事を聞くのは申し訳ないのですが、西賀君は大倉さんのファンでファンクラブにも入っていますよね。その事は事務所の方も気づいていた様で、それがある憶測を生んだようです」
夏目さんが言うにはこういう事らしい。俺が大倉さんの気を引くため、接触の機会を作るためにわざとカット袋を置いたのではいか。
もちろん根拠のない話なのだが、俺が大倉さんのファンクラブの会員である事は事実なので疑われても無理はないかもいしれない。
「そして、更に厄介な事があります。大倉さんはうちの石畑班で制作している作品『アトランティス』でメインヒロインの役が決まっています」
この配役はスタッフはじめ関係者全員の満場一致で決まったらしく、大倉さん以外にはもう考えられない、と言っていたのを他班の事ながら覚えている。
そしてそこで問題となったのが、タレントの気を引こうとしてくるスタッフのいる会社さんの仕事はできない、と言う内容だったらしい。
「結果としてカット袋を置いた事も伝わったと言う事です。ですが、今回の問題の焦点はもうそこではありません」
まあ、そうなるわな。会社としては、社員の情報漏洩を阻止していただいたのもあるし、そんな恩のある会社から言われたら断れる訳もない。
「うちの会社としては、役を降りられる訳にはいかないから、その社員をクビにするので何とか降りないで欲しいってところですか?」
「そういう事になります……」
これは本格的にまずいやつみたいだと、自分の事なのに俺は楽観的に考えていた。と言うより、自分の事よりも大倉さんの事務所の対応の素早さと想像力の高さに言葉が出ない。少しの不穏分子でも見逃さないその心意気が素晴らしいとさえ思った。
「とりあえず了解です。自宅で大人しくしてます」
「西賀君、大倉さんの気を引く為と言う部分は否定するべきです。じゃないと今後の業界での仕事に影響が出てしまいます」
「否定したところででしょ。それにわざと置いていったって部分をはあってます」
更に言えば、大倉さんが止めてくれなかったら、俺は良くて業務放棄、最悪の場合は情報漏洩を犯していたことになる。むしろそっちの方が業界に居られなかったはずだ。
「それはこの様な制作環境を整えた会社が悪いので合ってーー」
「確かに悲しいニュースではありましたね」
夏目さんの言葉を遮る様に自分の言葉を重ねる。
「ところで、一つ気になるんですけど、大倉さんにはどの様に伝わったんですかね」
俺がわざと置いて拾わせて、接触しようとしたと伝わっているのだろうか。もうしそうならそれが一番悲しいニュースである。
「……それは自分自身で確かめて来てください」
「えっ、どういう事ですか?」
「悪いニュースと悲しいニュースだけ持って来るわけないでしょう。ちゃんと良いニュースもありますよ」
俺は改めてこの人は変わっていると思った。