11話 終わった……色々な意味で
それから数日後。
俺は最終話の琉唯の作監上がりを回収しに、いつもの様に作業が終わるまで琉唯の部屋で待っていた。
「11話終わってよかったわね」
「色々な意味で終わったけどな」
その後11話は放送を迎えた。本来の放送日から1週間後に……
そう俺たちは11話のの納品日を守ることができずに1週間納品を落としてしまったのだ。
あの日、11話のアクションシーンの原画が終わっていなかった事に気づいた俺は慌ててデスクの河本さんのに報告して事実を確認しに動いた。もしかしたら、進行表のデータ間違っていて実はちゃんと原画は終わっているかもしれない。そんな思いにす縋りながら、素材の行方を追った。結果データにミスはなく、原画作業は全く進んでいない事が事実として確認された。
納品2日前にアクションカット合計10カットの原画が終わっていないという事実は放送を落とすには十分な条件だった。
この事態はすぐにプロデューサの夏目さんに報告され、社内の上層部とスポンサー側を巻き込んで緊急会議が開かれるにまで発展した。
俺達のような末端の社員には中身を知るよしもない会議の果てに出された結論が、放送を1週間落として11話を納品すると言うことだった。
俺もあまり詳しくは知らないのだが、納品が守られなかった場合は多額の違約金を制作会社は払う事になる。言うまでもないが、会議は相当揉めに揉めたと思う。
完全にうちの会社の責任である。誰がどう責任を取るかの話が現在、水面下で進んでいるだろう。
「それであたし達が担当の最終話の放送はされないって事で確定なの?」
「ああそうらしい。一週ずつずらしての放送になるから、最終話の放送枠が無くなって地上波では流せない」
苦肉の策としてネット上や配信サイトで流す事になった。最終話もスケジュールは押していたが、琉唯を始め他のスタッフの頑張りのおかげでなんとか納品は出来そうだ。
「ごめんな、ここまで頑張ってもらったのに放送できなくて」
「あんたのせいじゃないでしょ。それにもうあたし達でどうにか出来るレベルを超えてる」
確かにそうの通りなのだが……
「気づこうと思えば気づけたと思うんだ今回の件は」
琉唯に向けてと言うより、自分に対して出た言葉だった。
自分の話数の忙しさを理由に、他話数の進捗まで気を配る事を放棄した結果である。せめて1日前に気づいていればそんな思いが頭を過ぎる。
そんな俺の言葉に対して琉唯の手が一瞬止まる。
「あんたにそんな余裕が持てる訳ないでしょ」
「先輩にそんな余裕が持てるわけないじゃないですか」
同日、琉唯から上りを回収して会社に戻って来た俺は、先程琉唯に言われた台詞を皐月にも言われた。
隣のデスクで作業をしている皐月はこちらを見ずに遠慮なく言ってくる。
「お前ら揃って容赦ないな」
「南條さんの味方って訳ではないですけど、それが出来たら全話数を見ないといけないデスクなんて余裕ですよ」
確かにそうだが……
「人には出来る事と出来ない事があります」
さっき琉唯からもこう言われた。
「あんたは器用でも頭がいい訳でもないんだから、自分の能力値を把握してやれる事をやりなよ」
もう少しおオブラートに包んでもいいと思うのだが……事実でしょ? とバッサリ切られた。
「それに、私だって見てみないふりしてましたし……」
やっぱり皐月も気づいていたか。
「制作全体の責任ですよ、誰が悪いとかないと思います」
まあ、その通りなのだが。誰かが責任を取らなければならい。恐らくその筆頭となるのが…
「夏目さん、どうなるんだろうな……」
「それは今考えても仕方ないです。とにかく先輩は――」
そこで一瞬言葉が止まったので、ふと皐月の方に顔を向けるとこちらを向いていた。
「もっと自分の事を考をえていいと思います」
「西賀君はもっと自分の事を考えていいと思う」
更に同日、今後の検査作業のスケジュールを伝えに千歳に会いに行ったら、皐月と同じ事を言われた。
「自分の事って言われてもな……」
「西賀君はいつも自分の事を後に回しすぎ。もっと自分を優先していいと思う」
先程皐月からも似たような事を言われた。
「先輩は先に自分の仕事を後に回して他人の仕事をしすぎです」
そうなんだろうか、自分では全く分からん。
「別に人の為に動いている訳じゃないよ」
「でもよく他の話数の事に首を突っ込んでいる」
「それは、放っておいたら自分の話数に影響が出そうだからで……」
「それで結局巻き込まれちゃうのがいつもの流れ」
前言撤回、身に覚えが出てきた。
「ダメとは言わない。でも、首を突っ込んでも問題が解決出来なければ共倒れ、それは嫌」
確かに自分関わっておいて解決出来ませんでしたは通らない。余計に状況を掻き回してややこしくするだけか、何も解決出来ずに上司に頼るだけだ。なら最初から上司に相談した方が早いあまである。
「俺は器用でも頭がいい訳でもないしな」
「そして人にはできる事と出来ない事がある、2人の言う事はもっとも」
なら大人しく自分の仕事だけ考えてろってなるよな。
「西賀君、多分伝わってない、よね」
「いや、もっと自分の無能さを理解して行動するべきだったよ」
「やっぱり伝わってない……」
どうやら俺は言われた事の解釈を履き違えているらしい。
「西賀君は無能じゃない。それは一緒に仕事してきた人ならわかる。だから面倒な仕事を押し付けられる」
そんな事はない。そう言いたかったが言葉が出なかった。
無能ではないが優秀でもない人間は、最終的に都合よく使われるだけの人間にしかならない。
「西賀君がやりたい事をやるべき」
「西賀君のやりたい事やるべきよ」
更に更に同日、千歳と同様に今後のスケジュールについて伝えようと滝本さんの元へ訪れた時に千歳同じことを言われた。この流れはもう4回目である。
雑談ついでに、この前に他の3人から言われた事を滝本さんに話したらこの返しである。
「俺のやりたい事……」
「3人とも西賀君に自分で気づいて欲しくて、はっきりとは言わずに気を遣った言い方をしたみたいね」
滝本さんは俺に諭す様に言葉を続けた。
「私は気を使うのは嫌いだからはっきり言うけど、西賀君は自分のためにもっと時間を使うべき」
それと――と前置きして滝本さんは続ける。
「西賀君、このまま人の為に自分の時間を使うことを言い訳にして、もっと上に行くことを諦めるつもりに見えるのよ」
そんな事はない。俺はそう否定する事ができなかった。なぜなら図星だったから。
「私は西賀君には感謝してる。多分他の3人も同じだと思う。だから、諦めて欲しくないの」
琉唯も皐月も千歳も、同じ事を思っていたのだろうか。俺はうだうだ考えて勝手に落ち込んでたが、そんな事気にせずにこれからを頑張っていこうと。俺が向上心も失くして諦めかけている事まで見透かした上で。
「皆さん優しいですね」
こんな俺に。
「私は優しくしてるつもりはないわよ。ただ西賀君と、これからも一緒に仕事をしたいだけ」
そんな事を言われたのは初めてだった。俺はこの日社会人をやっていて初めて、一緒に仕事をしたいと言われる事の喜びを知った。