表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

10話 最悪な結末

「っで? どうするつもりだよ?」

 時刻は夜の9時過ぎ。白黒班の制作フロアは重たい雰囲気が流れていた……

 皐月さつきが電話で言ってたトラブルについての対応方法についてデスクの河本こうもとさんに詰められている所だ担当の磯野いその君ではなく俺が。

 トラブル内容は、ダビング向かう前に滝本たきもとさんと話していた、背景素材の件についてである。どうやら、背景の演出チェックを飛ばしては撮影に回した事に対して演出が納得できていないらしく、怒っているとの事。

「とりあえず、このまま撮影には素上がりの素材でテイク1撮ってもらうしかないと思います。演出さんはこっちで説得して、撮影して気になった所だけ背景リテイクする形で行くしか――」

「その演出の説得は誰がするんだ?」

 話の途中で遮られる。河本さん普段は割と温厚な性格なのだが、余裕がなくなって来るとて態度が一気に悪くなる。こういったトラブル毎に関しては特にだ。自分が把握していなかった部分でのトラブルなので今回は更に機嫌が悪い。

「それは……僕の方でやります」

 グループチャットで共有しておいたのだが、まあ元々自分で撒いた種みたいなものだ。

「なら今すぐにやれ。俺の所まで話来ないように上手くやれよ」

「了解です」

 話が終わったのか、河本さんはそそくさと制作ブースから出ていく。

 ちなみに11話担当の磯野君はまだ出社していない。

「はあ……」

 俺は席に戻ると無意識に深くため息を吐いていた。

「先輩大変そうですね。ため息ついてると幸せ逃げちゃいますよ?」

 皐月がニヤニヤしながら煽ってくる。

「もう逃げていく幸せなんて残って無いからいいんだよ」

「うわー先輩それ全然かっこよくないしむしろダサいですよ」

 うるせ。俺は事実を言ってるだけだ。

「なら失いたくない幸せを分けてくれよ」

「……先輩、そのセリフ普通にキモいですよ」

 この後輩、仮にも先輩に対して普通にキモいって言いやがった。

「お前、心に刺さる事を真顔で言うなよ」

「事実なんで」

「いや、事実でもそこはオブラートに――」

 いつの間にかパソコンに向き直って仕事をしている皐月が右手の平だけを俺に差し出してくる。

「何だよこの手は?」

「今から11話の演出さんの所に行くんですよね? 終わらない仕事引き受けてあげます」

「えっ?」

 いいんですか? 思わずそこまで言いかける。何だこの流れは。

 今まで俺が手伝う事はあっても、皐月から手伝ってもらった事は皆無だったのに。

「あっもしかして振れる仕事ない感じですか? じゃあ今の言葉は忘れてください」

「いえいえあります! あります! 」

 俺が驚いてぼうっとしているとそんな事を言い出すので慌てて阻止する。思わず敬語になってしまったが背に腹は変えられん。俺は皐月に頼めそうな仕事をリストに書いて送った。

「思っていたよりありますね。先輩仕事サボり過ぎじゃないですか?」

「返す言葉もありません……」

「まあ私にかかれば余裕なんで、さっさと演出さんと話つけてきてください」

 頼もしい後輩である。普段からこの感じでやっていればすぐに出世出来るだろうに。

「すまんがよろしく頼むわ……」

 そう言い残して席を後にする。演出の説得に向かうのは億劫だが、これで今日の仕事の心配は無くなった。後輩にフォローされるとは我ながら情けない……




 西賀さいがが居なくなってすぐ、パソコンに向かっていた皐月は顔を誰にも見られない様に机に突っ伏した。

「急にあーゆー事言われると反応に困っちゃいます……」

 先程まで悠々と先輩進行をからかい、仕事をこなしていた後輩進行の顔は赤くなっていた。

「失いたくない幸せを分けてくれよってなんて真顔で言いますか普通」

 どうとも思っていない相手からならシンプルにキモいで済む言葉も好きな相手から真顔で言われるとそれなりの破壊力がある。完全な不意打ちだ。

会話の流れを無視して文脈だけ捉えれば誤解を招くセリフをしれっと返され平然を装えていたか不安になるが、あの先輩なら多分大丈夫だろう……と自分に言い聞かせて顔の熱さが治ってから仕事に戻っていく。




演出さんの説得は難航した。

まあ、当然と言えば当然である。本来ならちゃんとチェックき期間を取れるように進行させるべき所を制作がコントロール出来ていなかったのだ、落ち度としてはこちらにある。

結局、背景のチェックは行う事になった。演出さんはそこを譲ってくれくれなかったのだ。ただし、こちらも納品を遅らせる訳にはいかない。なんせ3日後には放送するのだ。なので、背景のリテイクがあっても撮影は進める、リテイクが間に合わなかった場合は泣いてもらえないかと提案させてもらった。

「それでいいですか?」

最後にそう聞いたが演出さんは無視。納得ができない様子だが放送できなければ元も子もないのだ。

ただ、演出さんの気持ちもわかる。スケジュールを盾に、間に合わないからと言い続けてくる制作は正直ウザいだろう。リテイクを直すつもりが無いと思われても仕方ないと思う。

「もうこうするしかないんよ……」

 酷い言い訳を思わず呟きながら席に戻る。説得に行ってから大分時間が経っていたのか気づけばもう21時過ぎだ。

 戻って来ると先程よりも更に河本さんの機嫌が悪そうだった。どこかに電話をかけているみたいだが繋がらない様子で更にいイライラしている。

「何かあったのか?」

 皐月の姿が無いので近くにいた別の班の制作に声をかける。

「あっ西賀さん。どうやら磯野君がまだ来ていないみたいで、河本さんが鬼電してるみたいです」

 おっとそれは穏やかじゃないな。あれ、でも今朝はす椅子3つ並べて寝てたはずだが……流石に一旦帰ったのかな。

「昨日も遅くまで残っていたからまだ寝ているとかじゃないのか?」

 とはいえ、流石にこの時間まで来ていないのは遅すぎるとも思うけど。

「寝てるならまだいいんですけどね……最悪の場合もありえるかと思います」

「縁起でもないこと言うなよ……」

 最悪の場合とはいわゆる無断欠勤だ。アニメ業界ではよく制作進行が飛ぶって言われているが、1番飛ぶ確率が高いのがこの納品が直前に迫ってくるタイミングなのである。理由は単純で、この時期が1番忙しいからだ。

 11話は納品まで残り2日なのだ、逆に言えば2日後には嫌でも終わっている。だから頑張って乗り越えて欲しい。


結論から言うと磯野君はその日来なかった。一切の連絡もつかずで結果としては無断欠勤だ。

「マジで起きやがった最悪の場合が……」

 担当の制作が急に居なくなった場合はすぐに代役が立てられない事が多いので大体の場合はデスクが代わりに回す事になる。

 今回もデスクの河本さんが代わりに回していた。だが、結構難航しているらしく、班の制作が総動員で手伝う事になった。

そして、事態は更に最悪な展開を迎える事になる。

 俺が事態の異変に気がついたきっかけは、滝本さんの何気ない一言からだった。

 11話の手伝いで撮影周りを整理するために滝本さんと作業の相談をしていた時。

「そういえば、11話のアクションシーンまだ1カットも来てないけど、あれ今どこのセクションにあるかわかる?」

「えっ?」

 そう言えば11話であったなそんなカット……この作品には珍しいアクションシーンで1カットの中でとにかく動き回るカットだ。ミステリー物の作品でアクションは珍しいが、11話は追い詰めた犯人と最後に戦闘して捕まえる内容になっている。

 ただでさえ無いスケジュールの中で、作画カロリーの重いアクションシーンが追加になってしまったので現場にも負担がかかったのを覚えている。

「確か腕はいいけどスケジュールがをめちゃくちゃ引っ張るアクションアニメーターに頼んだって聞きましてけど……」

「重たいシーンで撮影も時間かかると思うから優先で回して貰えると助かるわ」

「……了解です、すぐ確認します」

 すでに大分嫌な予感がしていた俺は滝本さんに返答すると足早にその場を立ち去った。

「これはガチで洒落にならんやつだわ……」

 自分の席に戻って11話の進行表を確認した時、俺は思わずそう声を漏らしていた。

 問題のアクションシーンはまだ原画が終わっていなかったのだ……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ