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9話 意外な事実

 秋山(あきやま)(かえで)。業界でもかなり有名な敏腕アニメーションプロデューサーだ。20代の若さで冬海監督共に初めてプロデューサーに抜擢された「アオハルと三角関係」が大ヒット。ラブコメ作品にもかかわらず劇場版まで制作されその名を知れ渡らせた。

 そんな秋山さんに連れてこられたのは同じビルにあるラウンジだった。ビルの関係者なら誰でも利用できるので、背広着たサラリーマンやオフィスレディの姿もチラチラ見える。そんな中、俺と秋山さんは四角机に向かい合って座っている。

 恐らく今から俺が何者なのかとか、自分のプロヂュースしている作品のメインヒロイン役の声優に何近づいてんだ、ああ? 的な尋問と恫喝を食らう事だろう……

「それで、カット袋を置き忘れたって?」

 えっ?

「そこから聞きます?」

 意外過ぎる第一声に心の声が漏れた。普通は最初に身元を洗うだろ……

「一番重要でしょ。貴方が制作って事は大倉さんが言ってたし。今日この会場で白黒のダビングがあるのは把握してたから、うちの会社の制作じゃないなら夏目のとこの進行って推測できる」

 何か間違ってるなら訂正して? みたいな視線で秋山さんに見られる。

「おっしゃる通りです……」

 んっ? 今夏目さんの事を呼び捨てで呼ばなかったか?

「あの、もしかして夏目さんとお知り合いなんですか?」

「あいつとは業界の同期」

 えっマジで⁈ 夏目さんが秋山さんが同期……このスーパープロデューサーと……信じられん。

「そんなに意外かな? まあ、一緒の会社に居たのも結構前だから知らないのは無理ないけど」

「入社した会社が同じだったって事ですか?」

「そう言う事、あたしと夏目と柚子と春……じゃない、柚子の3人は同期で元ハンズアップの制作。柚子って言うのはさっき居たちっこいの」

 それって冬海監督の事だよな…… えっ⁈ って事は冬海さんも夏目さんの同期かよ。

「全然知らなかったです……」

「まあ、夏目が自分の事話すわけないか」

 確かに夏目さんは自分の事は全く話さない。普段会社にあまり居ないのもあるが……俺はあの人の好きな食べ物すら知らん。まさかこんな交友関係があるとは。

「それで、話戻すけどカット袋置き忘れたって?」

 そこに戻りますか……上手く誤魔化すしかないな。

「えっとそれは……ついうっかりやってしまいまして」

「カット袋をうっかり置き忘れるなんて事ある?」

 ごもっともである……普通に考えてカット袋の置き忘れなんてありえない。会社の機密書類に等しい原画を置き忘れた事になる。正直やらかしなんてレベルではない。

「いや……本当にやってしまいました……」

「ふーん、それで大倉さんがたまたま拾ってくれたと?」

「まあ、そうなりますね」

これで納得してく――

「本当は何か理由があってわざと置いたとかだったりして?」

 ――れる訳は無かった……

「いや、そんな事は……ないです」

 事実を見透かされている気がして思わず目を逸らしてしまう。この人多分気づいてるわ。

「本当に? そばに大倉さんがいる事に気づいて拾ってもらおうと思わず……とかだったりして」

「それは違います! 大倉さんは本当に偶然で」

「それはって事はわざと置いていっていった部分は合ってるんだ」

 見事な誘導尋問……まんまと自分の行為を認める事になった。

「まあ、うちの作品のキャストに迷惑かけた訳でも無さそうだし、他社の制作の事に深く首を突っ込むつもりもないからこれ以上は聞かない、けど――」

 そこで秋山さんは言葉を止める。その目からは哀れみとも蔑みとも取れない感情が伝わってくる。なんと言うか、昔を思い出している感じって言えばいいのか。

「……けど何ですか?」

「夏目にはちゃんと報告しなよ? いや、報告って言うより相談か」

「相談……」

 まあできるならしたいですけどね。これは普段から上司とコミュニケーションとっていない俺がいけない。

「夏目ってああ見えて頼りになる男だから」

 知ってあますとも。会社からは厄介な案件の作品を押し付けられているが、いつも文句言わずに取り組んでちゃんと納品までしている。ただ結果が出ていないだけ。売れないのに大変なアニメを作らさせれている。

「そうですね。帰ったら自分からちゃんと話してみます」

 そこで少し優しい表情になった秋山さんは残りの飲み物を飲み干した。

「この世界はさ、生き残った者勝ちだから。カット袋投げ出したくなるくらい辛くても残れば勝ち」

 最初から俺がカット袋を放棄したのはお見通しだったのかもしれない。

「な、なるほど……?」

「あなたはまだギリギリで踏み留まる事ができたんだから。見てくれるお客さんの為にも納品してあげな」

「う、うっす」

 お客さんの為か……考えた事もなかったな。

「あっごめん、そろそろ戻らないと。時間取らせちゃってごめんね」

「いえ、お気になさらず」

 むしろ気を使っていただいて申し訳ない。

「じゃあまたね、話せてよかったよ」

「いえ、お疲れ様です……」

 そう言うと、秋山さんはその場を後にした。

 俺もそろそろ戻らんと思ったそのタイミングでスマホが鳴る。

「もしもし?」

「あっ先輩! 11話でトラブルなんですぐに帰って来てください」

 はあ、何でこう色々起こるかね……




「あれが夏目の言ってた秘蔵っ子の1人か……」

 音響会場に戻る途中で秋山楓は思わず呟く。脳裏にある人物が過り、先程の青年と重なって思わず笑みが溢れる。

「夏目が目をかけるのも納得だわ。ちょっと危なっかしいけど」

 そして、どこか懐かしむ表情で最後にそう呟くのだった。

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