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我が愛しの化け物へ  作者: 砂原樹
【第一部】 魔女と奴隷
8/41

◆2

「それが本心なんじゃねぇの」


 不意に届いたジェイドの言葉に、目を見開いた。

 予想もしてなかった内容に、呆けた声が出る。


「……は」

「本心。混じりっけのないお前の本音」

「なんで」

「なんでって、無意識でしたくねぇことするわけねぇだろ。やりたいから考える前にやってるんじゃねぇの」


 あの城に行くことが、俺の本心?

 危険を冒して尚、あの子と関わり合いになることが?

 なんで。

 ──ティアが、放っておけない気がする、から?


「……そんな訳ない」


 思い浮かんだ考えを、俺は即座に否定する。

 だって、俺がティアに抱いている感情は、同情でも、好意でもない。


「仮にそうだとして、なんで俺は自分の本音も分かんないの」

「外面ばっかり取り繕ってるからだろ」


 帰ってきた言葉に眉を寄せる。

 だから、なんだ。

 それが悪いとでも言うつもりか。

 俺だって、できるなら、こんな。


「自覚ねぇのか。お前は昔からあんま変わってねぇよ。小細工が上手くて小狡いし要領もいい。大抵は器用に立ち回る癖して変なとこだけ不器用だ。特に身内とお前自身に関しては」

「……」

「疲れてんだよ、お前」

「はぁ?」

「愛想笑いばっかりしてるからだろ。元々得意でもねぇくせに」

「……いつの話してんだよ。俺だって成長してる」「成長? 今のお前を見て本当にそう言えんのか。笑わせんな」


ジェイドの言葉に、ぐっと詰まってそっぽを向く。


「なんも変わってねぇよ。現にここに居る方が楽なんだろ」


 ああ、そうだよ。楽だよ。うるさいな。

 笑顔取り繕って人に紛れ込んでいるより、全部かなぐり捨ててゴミ溜めに座っている方が、清々しくて堪んないよ。

 舌打ちする。悪いかよ。だからなんだってんだ。


「二面性を保ってられる程お前は器用じゃねぇんだ。精神が疲れてるから自分の本心も分からなくなってる。それだけだ」

「……分かったようなこと言うなよ」

「お前自覚してねぇことに関しては割とダダ漏れだぞ」

「うるさい」

「表面だけへらへら笑ってるお前は心底気持ちわりぃ」

「うるせぇって」

「だから、その猫被りやめちまえよ」


 立てた膝に額を押し付けて、思いっきり息を吐き出した。両腕が弛緩し、だらりと地に投げ出す。

 猫被り。

 言われてみれば、俺は確かに猫被りだ。


 ありのままの俺が、イーストエンドの外で受け入れられる自信がなかった。

 だから笑顔を取り繕った。その内意識しなくてもできるようになって、それが本物か嘘か分からなくなった。

 ずっとこの場所から離れなかったら、こんなことに悩ませられることも無かったのだろうか。

 ああ、本当に。

 普通の暮らし(知らない場所)って、やりにくくて、生きづらい。


「……今日はやけに優しいんだな」


膝に顔を埋めながら、ぽつりと零す。

いつもは口論ばっかりしてるからか、たまの優しさがやけに染みる。


「……弱ってるお前を放っといて、ろくな事があった試しが無いからな」

「そーですか。そいつはどーも」


 投げやりに返してから顔を上げる。


「つまり」


横目でジェイドを見上げる。


「俺は俺らしく、好き勝手してろってことですか」

「そうなるな」

「ふはっ、いいのかそれで」

 

常々俺の態度に眉を寄せて突っかかってるのはおまえだろうに。

まあ、うん、いいか。ジェイドが良いなら、それで。






「あ、もののついでにもう一つ聞いときたいんだけど」

「まだあんのかよ。めんどくせぇ」

「危険を顧みずに人に会いに行くのって、どういう心理状態だと思う?」

「は? お前が? 」

「俺が」

「似合わねぇ……。どういう状況だそれ」


 少し迷った結果、魔女や城の下りだけ省いてティアについて話した。

 俺の話を聞き終わったジェイドは、たいそう微妙な顔をしながら一言零した。


「惚れてんじゃねぇの」

「……」


 あまりに予想外のその言葉に、俺は絶句した。

 惚れてる? 誰が。俺が?

 ティアに?


「ない」


 その考えに思い至った瞬間、俺は言いきった。

 首を振る。

 ない。ありえない。絶対に。

 しかし俺の反応を見てもジェイドはその微妙な顔を崩さなかった。あまつさえため息をついた。


「理由は?」

「始めは同情や好意もあったかもしれない。でも、俺が今あの子に抱いている感情は、そうじゃない」


 脳裏にティアの姿を思い描く。その表情、その反応、その言葉を思い出して、俺は眉を寄せた。


「見てると苛々するんだ」


 あの自己を放棄したような言動を見ていると、無性に苛々する。

 原因は分かってる。俺はきっとあの子に、昔の自分を重ねている。その言動じゃない、その境遇を。


「あの、全部諦めて受け入れてますって態度が気に入らない。好き好んであそこに来た訳じゃないだろうに。逃げたくないのかよ、開放されたいはずだろ、普通」


 諦念は全ての可能性を潰す。それを身をもって知っている。

 どんな逆境も、行動しなければ何も変わらない。

 なのに、自分を殺しているティアは、奴隷でいることに甘んじている。抜け出したいとさえ思えないなら、これ以上状況が好転することは、絶対にない。


 昔、何度か奴隷商に売られかけたことがある。

 あのまま奴隷になっていたら、俺もティアの様に何もかもを諦めていたのだろうか。

 そう考えると、言い様のないもやもやした何かが湧き上がってくる。


「んなに嫌なら放っとけ。関わんなきゃ良いだけだ」

「それが出来たらとっくにしてる」


 嫌なことには関わらなければいい。息をするように出来ていた事が、ここ最近満足にできない。

 無視できない。忘れられない。ちらちらと、頭の片隅にいつでも居座っている存在が。

 ジェイドが面倒そうにため息を吐いた。


「やっぱり惚れてんだろ」

「……だから」

「少なくとも好意がないってのは嘘だ。お前はどうでもいい奴を気にかけるようなお人好しじゃねぇ」

「……」

「惚れてねぇってんならそれでいい。自分で分かんねぇ感情に無理に名前付ける必要はねぇよ。ただ」


 そこで一度言葉を切って、ジェイドは俺を見た。

 視線が交差する。


「強い理由がないならそのまま本心には従っとけ。じゃなきゃ絶対後悔すんぞ」


 話は終わりだとばかりに、ジェイドはイーストエンドの街並みに背を向けた。

 その背を、俺は黙って目で見送った。


 本心。

 本心ね。

 未だに余りぴんと来ない。

 ジェイドはああ言っていたが、どうすれば良いのかは分からない。

 事情を説明する時に魔女の下りを省いたのは、そこを話せばまともな回答は得られないだろうと思ったからだ。

 開口一番に関わるなと言われて終わりだったろう。

 それが分かっているから、ジェイドの助言を素直に聞く気にはなれない。

 ……けれど、このまま無視し続けたところで、この居心地の悪さは消えてくれるのだろうか。




 ──あ。

 ふと、ここに来る前のことを思い出して、今にも階段に消えそうなジェイドに視線を向ける。


「ジェイド」


 声をかけると、ジェイドの足はぴたりと止まった。面倒くさそうに肩越しに顔だけ振り向く、その金の目を見る。


「別件なんだけど、もう一つ聞きたいことがある」


 そういえば、一つ気になることが残っていた。

 たまり場で感じた、小さな違和感。『ジェイドに聞いて』と言っていた、ノルの暗い顔。


「いつもの場所に居るチビ達の数が、いつもより多かったんだけど、何かあったのか」

「……」


 聞いた途端、ジェイドの目が眇められた。普段から不機嫌そうな顔がより一層凶悪になる。


「何人か殺された」


 聞いた直後のその一瞬、思考が止まった。

 誰が。

 チビ達が?


「誰に」

「お前も知ってんだろ」


 言われて眉を寄せる。

 知ってる? んな事言われても、俺に殺人鬼の知り合いはいない。その話自体初耳だ。分かるわけない。

 いや、でも待て。

 俺が知っている事と言ったら。


「……イースト区の、通り魔?」

「ああ」


 半信半疑で出した答えを、ジェイドはあっさりと肯定した。


「キーラとミゲルとテディが死んだ。稼ぎに出てそのまま帰って来なかった。そんで翌日になって、死体を見つけた」

「……どうしてそれで、通り魔の仕業だってわかんの」


 言っちゃなんだが、イーストエンドの治安は最悪だ。常にどこかで誰かが死んでいると言っても過言じゃない。

 人による殺人行為だってここではそこまで珍しいものじゃない。ガキ一人殺すのは簡単だ。

 運悪く機嫌の悪い大人に捕まれば、嬲り殺しにされることも珍しくは無い。


「分かるさ。死体を見ればな」


 だがそれをジェイドは否定した。

 屋上入口の壁に背を預けたジェイドは、腕を組んで宙を睨みつける。


「どうして治外法権のイースト区にしか出没しない奴が、他区にまで噂されてると思う」


 普通ならよくある事だ。ここには犯罪者がごろごろ居る。殺人鬼なんて特段珍しいものじゃない。

 でも、例の通り魔は例外だった。


「ただの快楽殺人鬼じゃねぇ可能性があるからだよ」


 その言葉に眉を寄せる。

 俺の顔を見て、ジェイドはそこまでは広がってねぇのか、と呟いた。


「死体はいつも同じような状態だ。身体のどこかの太い血管が傷つけられてる。頸動脈がやられてることが多いな。にも関わらず、その場に残ってる血痕は極微量だ。死体自体を見りゃ、血が抜かれてることがよく分かる。──どっかの浮浪者がたまたま物陰から見たんだと。フードを深く被った奴が、死体の傷口に口付けて、その血を啜ってたってな」


 ジェイドは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「奴はただの人間じゃねぇかもしれない。もしかしたら、吸血鬼(ヴァンパイア)の可能性がある」


 吸血鬼(ヴァンパイア)

 人の血を啜る化け物。

 どこかで聞いたような話だな、と思ったら、そういえば森の魔女も同じようなことを言われてたっけ。

 出逢えば腹を引き裂かれ、心臓を抉り取られ、その血を啜られる、魔女の話。


「人間相手ならともかく、人外相手じゃ何がどう出るか分からねぇ。だから餓鬼共は固まって自衛してんだよ。死んだら元も子もねぇからな」


 ジェイドの話に、ため息をついた。

 なんだか途方もない話になっている。


魔女(ウィッチ)吸血鬼(ヴァンパイア)ねぇ。いつからこの街はお伽噺の舞台になったんだよ」


 もう、勘弁して欲しい。

 一生に一度、会うことも稀な希少種に、どうしてこんなに振り回されないといけないんだ。

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