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我が愛しの化け物へ  作者: 砂原樹
【第一部】 魔女と奴隷
14/41

◆2

「……じゃあ、俺はどうしたらいい」


 苦し紛れに問を零す。

 それに対する答えは、思いのほか明確に、はっきりとした声音で告げられた。


「逃げて」


 それは、先程聞いたのと同じ言葉。

 焦りと願いがない交ぜになっていた言葉。

 眉根を寄せる。


「出口もないのに、どうやって」

「分かりません。でも、ここに、この城に閉じ込められる時間が長くなるほど、事態は悪化していくの。だから、早く出るのが一番いい。何とかして出口を見つけて、それで」

「俺、この城のことなんて全然分かんないんだけど。ティア、抜け道とか知らないの?」


 尋ねると、ティアは一瞬固まった。


「私は、駄目です」

「は? ……どういうこと?」

「私は、あなたを手伝えません。私のことは、あの人に筒抜けだから。どこに行って、何を見たか、あの人にはきっと分かってしまう。せっかく出口を見つけたとしても、私が居たら、見つけたそばから消されてしまう」

「……つまり、一人で探せと?」

「はい」

「無茶言うなよ……」


 ため息をつく。この城がどれだけ広いと思っている。古びているのは見た目だけ。中身はどこも崩れた場所はない。どっかの貴族の屋敷を探索するのとそう変わらないだろう。

 貴族の屋敷なんて入ったことないけど。

 しかも、目に見える出口は塞がれてる。何とかして穴を探さないといけない。

 気の遠くなる話だ。


「それでも、それが一番いいの」


 気勢を()がれた俺に、ティアはあくまで真剣に言った。


「極力、邪魔にならないようにします。アルテは城内を好きに調べ回ってくれて構いません。私は、どこか部屋の一室に入って、そこから出てくる気はないので。だから、アルテは私に構わないで。私に見つからないように出口を探して、私に悟られないままこの城を出て。そして、もうここには来ないで」

「それだとティアが出られないだろ」

「いいの。一人さえ出られれば。……ここに二人、閉じ込められてさえ居なければ、あの人の目論見通りにはならないから」


 それはどう言う事だろう。

 答えてくれないだろうとは知りながらも聞こうとして、その問いかけすら、遮られた。

 先程と同じ、縋るような眼差しで。


「お願い、逃げて。ここから。──私から」


 最後の一言は、聞き取り難いほどに小さかった。

 俺の耳はかろうじてそれを拾い上げたものの、その意味に関しては、まるで分からなかった。





 ◆





 城のエントランスから見て左手の奥。大きな扉を開けてみると、そこは厨房だった。

 そこで何より目を引いたのは、端に寄せられた巨大なテーブルの上に、これでもかと積み上げられた食材の山だ。

 野菜と果物、木の実に魚、肉。生モノが剥き身で置いてあって大丈夫なのかとは思うが、腐敗臭はしない。そばによって眺めてみても、どれもこれも新鮮に見える。


 これも魔法、なのだろうか。

 果たして食えるのか。

 果物の山からりんごをひとつ手に取って眺めてみる。赤くて瑞々しい。特におかしなところはない。どころか、俺が度々市場で見かけるより遥かに高級品だろう。見た目だけは。


 毒でも入ってたりして。或いは偽物。

 でも、ティアは魔女が手を出してくることは絶対にないと言っていた。

 少し考えてから、おもむろにりんごを口に運ぶ。その表面を小さく齧ると、口内に果汁の甘みが広がった。


「え、うま」


 びっくりした。

 こんな美味いりんご食べたことない。というかりんご自体あまり食べたことないけど。


 しばらくりんごを持ったまま放心していた。少しして我に返る。別に舌が痺れたりはしていない。変な味はしなかった。体調にも、特に変化はない。

 少なくとも即効性の毒は入ってなさそうだ。遅効性かもしれないけど。


「……まぁいいか」


 外に出られない以上、食料は城内で何とか調達するしかない。ティアの言葉を信じよう。例え遅効性の毒が入ってたとしても、餓死よりはまし。

 飢えの辛さはできれば味わいたくない。頭も回らないし体も動かないし、それよりは毒で体調不良の方がまだまし。

 一番いいのは毒がない事だけど。


「とりあえず食料問題解消っと」


 空きっ腹を満たすように、俺は手元のりんごに齧り付いた。


 厨房を見渡す。一通り調理器具は揃っているようだ。よく分からないものがいっぱいある。

 まぁ、関係ないか。俺は料理なんてできない。食えればなんでもいい。

 肉と魚は止めておこう。できるなら食ってみたいとは思うけど、あそこにあるのはさすがに怖い。腹壊しそう。


 あとは。

 食材の山とは別のテーブルの上に、色々なパンが乗っている。ざっと見た感じカビの生えているものはなかった。いつ焼いたものなのか。そんな常識考えるだけ無駄か。

 パンがあってよかった。果物だけだと体が持たない。

 一口に噛みちぎって咀嚼する。もう一つパンを手に取って、暫し悩む。


 ティアにも持っていった方が良いだろうか。

 いや、でもティアはこの城に住んでいる。俺とは違って、前から厨房に食料があることも知っているはずだ。腹が減ったなら何かしら食べに来るだろう。

 そこまで考えて、思い至った可能性に眉を寄せる。


 あの日から、ティアはおかしい。

 この城に閉じ込められてから、一日半ぐらいたっただろうか。初めの宣言通り、彼女は部屋の一つに閉じこもって出てこなくなった。

 朝も昼も夜も。ベッドがひとつあるだけのあの部屋では、寝るぐらいしかできることが無い。他の何をするにも、部屋を出る必要は出てくる。


 俺も一日中部屋を見張っているわけじゃない。というか、あちこち歩き回っているから、ほとんど部屋なんか見ちゃいない。普通に考えたら、俺の居ない時にティアは部屋を出ているんだと、そう思う。

 だけど、あの部屋に閉じこもる直前、ティアの様子はおかしかった。

 そのことが、どうにも引っかかる。


 ティアは濃茶色の、体をすっぽりと覆うクロークを身にまとい、フードを深く被っていた。

 見かけたのは偶然だった。

 時間は夜も更けた頃。あの後庭から移動し、俺に好きなようにして欲しいと言いおいて、ティアはふらりと姿を消した。

 その間、どこに行っていたのかは分からない。

 俺はその時空き部屋の一つに入り、万一の事があってもすぐ移動できるよう、扉と窓を少しだけ開けていた。


 廊下から微かな物音が聞こえたのはその時だった。

 慎重に、僅かに開いた隙間から廊下の様子を伺うと、ぼんやりとした蝋燭の灯りに照らされて、頭から布を被った人影が見えたのだ。

 初めはあれが魔女なのかと思った。

 だけど、その背格好と俯きがちに歩く様子には、ひどく既視感があった。


 その人物は手近な扉を少し開き中を確認すると、すぐに扉の内側に身を滑り込ませた。そして、内側から施錠をした。

 明らかに、人目を憚っているような様子だった。


 朝になって部屋をノックしてみても、呼びかけてみても、返事はない。

 鍵はかかっていて、外から見るとその部屋のカーテンは閉まっている。施錠されている部屋はそこだけだし、入っていくのを見たから、中にいることは分かる。でも、耳を澄ませてみても、物音はしない。気配が薄い。息を潜めているかのように。

 まるで、初めからそこには何も居ないのだとでも言うように。


「……、もう行くか」


 踵を返す。その時移動させた視界の端に、畳まれた布巾が見えた。少し思案したあと、それを一枚取って、中にパンを入れて包み込む。


 出口は見つかるだろうか。

 廊下へと続く扉に手をかけて、ため息をつく。

 探索を初めて一日半。今のところ、まだ手掛かりはない。

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