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我が愛しの化け物へ  作者: 砂原樹
【第一部】 魔女と奴隷
13/41

◆共同軟禁生活

 古城内は外から見た限りだと考えられない程に整然としている。

 廊下には埃ひとつなく、一枚一枚の窓は磨かれているように透明だ。使っていないだろう部屋を覗いて見ても、その様子は変わらない。

 広い敷地内は古城周辺に近づくほど綺麗な様相を保っている。中庭には雑草も生えずあちこちに花が咲き、池には澄んだ水が張っている。

 ただ、古城周辺から外れる程、その様相は様変わりする。


 特に森と古城の境界である、石塀の辺りは荒れようが酷い。

 苔と蔦が這う様子は完全に廃墟のそれであるし、ひび割れの目立つ箇所も特に補修されている訳では無い。あまつさえ塀が崩れている場所さえある。

 そしてその周りは、人の背丈ほどありそうな雑草が元気に茂っている。




 小石を拾い上げて、思い切り腕を振り切る。上へと放った石は、弧を描いて難なく塀の向こう側へと落ちていった。

 だから、そこからなら行けるのではないかと期待した。

 半分くらいは。


 塀の横へ並ぶようにして、梯子を広げる。折りたたみ式のそれは、城より外側を歩き回っていた時に見つけた、木の小屋の中にあった。

 剪定バサミやらスコップやら肥料やらがあちこちにあったあの小屋は、もしかしたら庭師の道具置き場だったのかもしれない。この梯子も、木の剪定用なのだろうか。


 そうして梯子を広げて掛けてみたものの、見上げた梯子の先を見て、眉を寄せる。

 長さが足りない。

 いや、一番上に立てば手くらいなら届くか? ともかく、確かめなければ。


 梯子に足をかけてみれば、荒れ放題の地面のせいか、梯子は安定せず僅かに揺れた。それに眉をひそめつつも、慎重に上へと登っていく。

 最後の(きざはし)に足をかけ、塀に凭れながら思い切り腕を伸ばすと、手首から先だけが、かろうじて塀より上に出た。

 しかし、それを塀の外側へ伸ばした途端、見えない壁が、小さな衝撃とともに掌を押し返す。


「え」


 それ自体は、半ば予想していたことだった。

 ただ、その小さな衝撃のせいで、バランスを崩して宙に投げ出されるのは、想定外だ。

 血の気が引く。頭を庇おうと体を丸めて、そのまま背を強かに地面に打ち付けた。


「~~~~っ、いっ、てぇ!」


 あまりの痛みに、しばらく動くことが出来なかった。

 地面に生えた長すぎる草が少しはクッションの役割をしてくれたのかもしれないが、それが分からない程には痛い。きっとあまり効果はなかった。


 しばらくして痛みが引いてからも、全身を脱力させたまま、動く気にはなれなかった。

 骨は折れていないと思う。

 でも、十中八九痣にはなってる。

 呆然と、転がったまま空を見る。青い。憎らしい程に。そうしてその空の下半分を覆うように、レンガ造りの石塀が、視界にはみ出している。

 ため息をついた。


「……だめか」


 何となく、そんな気はしていた。

 いつも出入りしていた塀の崩れている場所も、見えない壁があるみたいに、その先へは行けなかったから。




 ◆




 泣きそうな程に顔を歪めるティアを、初めて見た。

 それでも泣きはしないのが、徹底しているなと、場違いに思った。


「閉じ込められました」


 散々挙動不審だったことの説明を求めると、ティアは囁くようにぽつりと告げた。


「誰に」

「……魔女に」


 魔女。例の魔女か。

 ……戻ってきたのか。

 言葉を失っていると、ティアは目を伏せて、ごめんなさい、とまた謝罪の言葉を落とした。


 魔女の脅威については、度々考えていた事だった。でも、ティアを放っておかないと決めた時、その問題については、完全に保留にしていた。

 一向に音沙汰のないという魔女に、まだしばらくは大丈夫だろうと楽観視していた。

 ……いや、違うか。頭のどこかで、まだ信じきれていなかったのかもしれない。


 初め俺は、魔女の噂自体が出鱈目だと思っていた。こんな身近な場所に魔女が現れるなんて、何かの間違いだろうと。

 だってそうだろう。そもそもが魔女なんて、存在自体が不確かな程数が少ない。感覚としては物語の中の存在だ。本当に居るのか居ないのかもはっきりと断定できない。


 そもそも魔女の存在自体、俺が知ったのはここ数年だ。だから尚更実感がわかないのかもしれない。

 昔から生きるか死ぬか、ギリギリの生活を続けていた。周囲のことに気を配るのが手一杯で、それ以外に意識を割く余裕なんてなかった。あの小さな世界に、魔女なんて単語はどこにも転がっていなかった。


 だから、無意識に魔女のことを軽んじていたのかもしれない。

 仕方がなくて、そしてやっぱり自業自得なんだろう。


「魔女は、今中に居るの?」

「……分かりません。でも、きっと見られてる。私を、見てる」

「ティアを?」

「私のせいなので。この状況は、私が」


 その先の言葉を飲み込んで、ティアは俯いた。

 顔色が蒼白だった。

 戦慄く唇を抑えるかのように唇を引き結んで、左手で右腕を押さえている。


「ティアのせいって、どういうこと?」

「……あの人は、私が狼狽えるのを見るのが楽しいの。私の顔が歪むのが、見たいって」

「……」

「だから、私のせい、なんです」


 動揺しているのか。

 言葉は途切れがちで、筋道が立ってなく、要領を得ない。

 説明をしようと言うよりは、一向に整理のつかない内心を、そのまま吐き出しているようだった。

 ティアも、分かっていないのだろうか。

 この状況を、完全には理解していないのか。


「つまり、ティアを困らせたいから魔女は俺達を閉じ込めたってこと?」

「はい」

「それでなんでティアが困るの? 俺はまぁ、閉じ込められたら困るけど。でもティアは元々ここに住んでるんだろ。自分から出ようともしてなかったし。あんまり意味無いんじゃないの」


 仮にティアの言葉が本当だとして、残る問題はそこだ。

 俺ならともかく、ティアは閉じ込められたところでほとんど生活に変化はないはず。


 それとも、単に閉じ込めるだけでは無い?

 外に出られなくて困るのは、単純に考えれば食料問題。生活用品とかの買い物事情。でも、ここは魔女の城だ。そこら辺も魔法やらなんやらで補っているのかもしれない。そのあたりは確証はないけど。

 でもそう例えば、もっと直接的に。


「ただ閉じ込めるだけじゃなくて、魔女自身がなんかしら危害を加えてくるつもりがある、とか?」


 なんてったって黒い噂の絶えない魔女が相手だ。可能性としては、むしろその方が高いだろう。

 外に出られず逃げ場のない俺たちを、じわじわと嬲り物にする気、とか。

 ……ありそう。

 しかし真剣に思い悩む俺の考えを、ティアは一蹴した。


「それはありえません」


 その、やけにきっぱりとした言い様が引っかかる。


「何でそう言いきれんの」

「だって、そんなことをしたら、すぐに終わってしまうもの。あの人への恐怖しか、浮かばないもの」


 あの人は、そんな小さなものを望まない。そういうティアの瞳は、暗い色に沈んでいる。


「もう、駄目なの。ここに居る限り、時間がかかるほど、駄目になる。狂っていく。だから、あの人はきっとこれ以上手を加えない。ただ見てる。少しずつ、おかしくなっていくのを、ただ見てる」


 魔女が俺たちに危害を加える気は無い。本当なら、喜ぶべき所なのかもしれない。

 でも、ティアの様子は異常だった。

 魔女に対するその怯えようは。


「ティアは、魔女が何をしようとしているのか分かるの?」


 俺の問いかけに、ティアは肩を震わせると、囁くようにはい、と答えた。


「魔女は、何をしようとしているの」


 何より欲しい情報だ。魔女が何をしようとして、今俺たちがどんな状況に居るのか。俺には何も分からない。だからこそ、それが分かるならば教えて欲しい。

 ティアにもそれは分かっていたはずだ。

 だから、首を横に振られるとは思わなかった。


「ごめんなさい。言えません」

「は」

「詳しくは、言えないの。ごめんなさい」

「何で」

「……ごめんなさい」


 何を聞いても、ティアはその先を言おうとはしなかった。

 頑なに口を引き結んで、顔を歪めたまま、ただ謝罪を繰り返す。

 訳が分からなかった。


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