とある婚約破棄と、その愚かな顛末について
「貴女のことは、姉としてしか見られない。よって、貴女との婚約は破棄させてもらう」
十二年前にたった一人の弟が政争に巻き込まれて亡くなって以来、王の子はリティシア一人しかいなかった。
次代の女王として、つらく厳しい教育に耐えてきた。大人の意見をねじ伏せて我を通すだけの力も手に入れた。恋してはいけない、恋する気もない男と添い遂げる覚悟だって決めた。それなのに。
「破棄という形になったのは本当に申し訳ない。貴女が円満な解消に応じてくれると思えなかったとはいえ、いささか強引すぎたか」
リティシアの前に座ったレナートは、謝罪の気持ちなど一切感じさせない表情でいけしゃあしゃあと言ってのけた。
開き直るこの少年はリティシアの婚約者だ。いや、今はもう“元”婚約者と呼ばなければいけないのかもしれないが。
「このような暴挙、陛下がお許しになるとでも?」
「陛下ならお許しくださるだろうさ。むしろ歓迎されるに違いない。許しを与えてくれないのは貴女のほうだろうが」
レナートは平然と肯定する。「だが、必ず認めさせる」レナートは強い決意を秘めた眼差しで、自分の隣に座る少女に視線を移した。
「そうだろう、アリエラ」
「はい。たとえ何が起きたとしても、この婚約は白紙にさせていただきます」
レナートの手にそっと自分の手を重ねる男爵令嬢アリエラは、はっきりと頷いた。王女を前にしているというのに、臆した様子は一切ない。
「そう、そこまでしてわたくしの顔に泥を塗りたいのね。……なんてつまらない小芝居なのかしら。レナートも最初から言えばいいでしょう。“アリエラと結婚したいからわたくしとの婚約を破棄する”、と」
「私が貴女との婚約を破棄する理由は先ほど述べた通りだ。その後、貴女の想像通りアリエラとの婚約を締結することになるかもしれないが、少なくとも破棄の理由に関して私は嘘偽りを申していない」
「……なんですって?」
口だけは達者な、甘ったれの侯爵令息。それがレナートという少年の評判だ。
リティシアとレナートの婚約が結ばれて以来、“ごくつぶし”のレナートが“優秀な”リティシアと比較されていることはリティシアも知っていた。
レナートは、リティシアを「姉としてしか見られない」と言った。二歳年下のレナートのことは何かと面倒を見ていたつもりだ。そんなリティシアのおせっかいは、むしろレナートのプライドを傷つけていたのだろうか。それとも……。
「それでは御機嫌よう、王女殿下。なに、私に婚約破棄されたところで揺らぐ貴女の威光ではないだろう。……貴女は、貴女の人生を歩むといい」
立ち上がったレナートは嫌味なまでに丁寧な礼をする。だからリティシアも花の咲くような笑みを浮かべた。
「愚かな人。わたくしにこのような屈辱を味わわせたんですもの、お覚悟はよろしくて?」
*
リティシアは応接室から出ていった。部屋に残されたのはレナートとアリエラの二人だけだ。
「おお、怖い怖い。心臓が止まるかと思った」
怒気を湛えて微笑むリティシアを思い出し、レナートは茶化すように呟いた。口にした紅茶はすっかり冷めきっている。
「もう後戻りはできませんよ、レナート様」
「覚悟の上さ。巻き込んで悪かったな、アリエラ」
声をかけると、アリエラはレナートの手をきゅっと握る。
彼女の手の温もりに、どれだけ勇気づけられたことだろう。あまりにも勝手な言い草なので口にすることはできなかったが、アリエラに同席してもらってよかったと思う自分がいることを否定できない。
「わたしはいいのです。わたしにこの役を与えると決めたのは父ですもの。今さら謝られることなどございません。……それに、たとえ父のことがなくたって、わたしは同じ選択をしたでしょう。レナート様、わたしはどこまでも貴方のおそばにおります」
アリエラは柔らかく微笑む。だが、その儚げな美貌が心配げに曇った。
「けれど……貴方も、貴方の人生を歩んでもよろしいのではありませんか?」
「私の人生、ねぇ。さて、そんなものが私にあったかどうか」
レナートは笑う。これまでの自分は、用意された道を歩くだけだった。これからも、きっとそれは変わらない。
「この通り、私は生まれついての道化人形だ。その私にここまで尽くしてくれるなんて、貴女はつくづく変わっているな」
「……レナート様」
何か言いたそうにアリエラは眉根を寄せる。それに気づかないふりをして、レナートは紅茶を飲み干した。
* * *
「はぁ……」
計画がすべて狂った。リティシアは重いため息をつく。だって、だって、リティシアがあの血のにじむような日々を送っていたのは、すべてレナートのためだったのに。
昨日、侯爵家に呼び出されたら、そこにはレナートとアリエラがいて、いきなり婚約破棄を告げられて。もうわけがわからない。アリエラがあの場にいたということは、やはりレナートの急な申し入れには彼女が一枚噛んでいるのだろうか。
アリエラは、レナートの幼馴染みだと聞いている。レナートが侯爵家で暮らすようになってから知り合ったのだろう。リティシアも、レナートの私生活を完全に把握できているわけではない。アリエラとレナートの仲が、リティシアが想定していた以上に進んでいた可能性はある。
(それならそれで、一言相談してくれれば……)
リティシアは、間違ってもレナートを恋愛対象として見てはいない。幼い日、何をしても彼を夫にすると決めはしたが、彼と本当の意味で夫婦になる気などさらさらないのだ。
レナートがアリエラを愛しているなら、彼女を囲ってくれれば済む話だった。むしろ好都合ですらあった。次代の王位継承者は、レナートとアリエラの子にすればいいのだから。
“王配の座にレナートを指名する”というたった一つの願い。それを叶えるためだけに、リティシアは非の打ち所のない王女を目指した。次期女王という立場を盤石なものにした。
恋も、幸せも諦めて、ただ完璧な為政者であろうと決めた少女の、人間として抱いた唯一の願いがそれだった。その結果がこれだなんて。
「王女殿下、ご覧ください。もう求婚のお手紙がこんなに」
銀の盆に載った手紙の山を嬉しそうに見せてくる侍女すら今は目障りだった。昨日の今日であるにもかかわらず、もうリティシアとレナートが破談になった噂は国内外に広まっていた。
いくらなんでも早すぎる。誰かが手を回したのだ。リティシアが、あの婚約破棄を力づくで撤回させられないようにするために。
(レナートがいきなり強硬手段に出るなんておかしいわ。裏で糸を引いている人がいるはずよ。お父様、お母様、宰相……大臣達の誰かかしら? それともまさか、侍従長……? ……いいえ、単純にわたくしの夫の座を狙っていた人の仕業かもしれないわね)
ただただ憎い。リティシアからレナートを奪い、遠ざけようとする者達が。リティシアの心を知らないレナートが。なんでも思い通りにできると思いあがっていた自分自身が。だが、いつまでも腐してばかりではいられない。
「それに、隣国の第二王子が、王女殿下にお会いしたいとおっしゃっていますよ。是非お茶会に、と」
「……そう。その手紙の山には後で目を通しておくわ。まずは王子とお会いするための支度をしないと」
侍女に着替えを命じながら、リティシアは呼吸を整える。
隣国の第二王子といえば、しばらく前からこの国に遊学に来ていて、現在は王宮内の迎賓館に滞在していた。
恐らく今日届けられた縁談の相手の中で、彼がもっとも身分が高い男だろう。茶会の招待を拒むわけにはいかない――――この婚約破棄騒動の黒幕につながる手掛かりが、そこにあるかもしれないのだから。
* * *
レナートは何もできない放蕩者だ――――そういう評判が立つように、レナートはのらりくらりと生きてきた。
王都から遠く離れた領地で暮らし、王女の婚約者という身分から冷やかし程度に社交界へ顔を出し。侯爵家の名に泥を塗らない程度に道楽に耽り、怠け、悪行も善行もなしてこなかった。そうでなければいけなかった。レナートが何かで頭角を現すことは、誰にも歓迎されなかったから。
(婚約なんて、私には重荷でしかなかったんだよ)
心優しく美しい、賢い王女との縁談は、二年前に持ちかけられた。レナートが十四、リティシアが十六の時だ。なんでも王女の一目惚れだという。
遊び歩くレナートでは王女と釣り合いが取れないと、大人達はなんとかその縁談を阻止しようとしたらしい。それでも反論の数々は他ならないリティシアに論破され、縁談は強引に取りまとめられてしまった。
レナートにとってはいい迷惑だ――――だってそんな目立つ立場になってしまえば、これまでの努力が水の泡になるのだから。
「お前は王女殿下という婚約者がいる身でありながらアリエラ嬢と浮名を流し、あろうことか彼女を傷物にした。相違ないな?」
レナートがリティシアに婚約破棄を突きつけてから三日後のことだ。緊急で開かれた貴族院の審問に、レナートはアリエラと共に出頭していた。
「ええ、はい、その通りです、父上」
「……」
侯爵の問いに、レナートはけだるく肯定した。俯くアリエラの表情はうかがい知れない。
自分のせいで彼女に瑕がついたのは事実だ。未婚の身でありながら、婚約者のいる男と懇意になったふしだらな娘。そんな悪評をアリエラに付きまとわせてしまったのは自分の責任だった。
「そしてお前は一方的に、王女殿下に対して婚約破棄を告げたのか。なんと無礼な!」
声高らかに叫ぶ侯爵に、他の貴族もひそひそと囁きながら侮蔑の視線をレナート達に向ける。思わず身体がアリエラを庇うように動いた。いっそう非難の声が強くなる。
(貴方達が、それを望んだからだろう)
喉まで出かかったその声を、なんとか飲み込んだ。
そうだ、これを言ってしまえば意味がない。悪役の道化は、最期の瞬間まで踊っていないといけないのだから。それがレナートという傀儡に与えられた演目だ。役割だ。
国王、王妃、宰相、大臣達に、有力貴族。この場にいる何人が、レナートの糸を手繰っているのだろう。それはレナートの知らなくていいことで、知ったところでどうにもならないことだった。
王家に恥をかかせたレナートとアリエラの処遇をどうするか、レナート達の頭の上で大人が話し合っている。アリエラの父である男爵は顔を真っ青にして縮こまっていたが、彼が娘を売ったことを知る身としては憐憫の情などわかなかった。
厄介払いをした気になっている国王夫妻。王家に恩を売るために自分を養育し、用済みとわかれば即座に切り捨てる侯爵。金のためにアリエラを贄に捧げた男爵。リティシアのことも傀儡にしたい貴族達。誰かの人形としてしか生きられない自分。みんな、みんなくだらない。
それでもこの命を捧げると決めたのは、リティシアのためだ。
それに、隣で佇むアリエラが、自分は一人ではないと教えてくれる。だからレナートは、この運命を受け入れていた。
「お待ちなさい。その沙汰は、当事者たるわたくしが決めることではなくって?」
突然会議室の扉が開く。現れたのは、毅然として佇む王女だった。これまでとは別種のざわめきが室内を包む中、リティシアは堂々と議席を闊歩してレナートの前に立つ。
「わたくしというものがありながら……恥を知りなさい、レナート。貴方のような汚らわしい男が貴族の末席に名を連ねるなどあってはいけないことだわ。よって貴方から姓を剥奪し、王都からの永久追放を命じます。何もない辺境の土地で、アリエラとつましく暮らしながら己の罪を悔いなさい。二度と宮廷に戻れるとは思わないことね」
それだけ言って、リティシアは踵を返した。
「え……殿下?」
てっきり矜持を傷つけられたと怒り狂ったリティシアに、アリエラともども命をもって償うよう言われると思ったのだが。そもそも、あらかじめ大人から聞かされていたのはそういう筋書きだった。大人達による形だけの議論が行われて、王室侮辱罪による死刑判決が下るはずだったのだ。リティシアの介入によってその結末は書き換えられた、ということだろうか。
もうレナート達のことなど忘れてしまったかのように、リティシアは議題を自分の新しい婚約者について移している。年若い息子を持つ貴族達が色めき立つ中、渦中から弾きだされたレナートとアリエラは会議室からも追い出された。
*
王女の命による流刑が下され、平民に堕ちたレナートは、最後の慈悲として侯爵家が用意した馬に最低限の荷物だけを積んで男爵家を目指していた。
これからアリエラを迎えに行き、西の辺境へ発つのだ。図らずもリティシアによってしがらみから解放された今、先がどうなるかはわからない。それでもなるようになるだろう。
「レナート!」
不意に呼び止める声があった。暁の頃、ろくに人通りもない時間帯だ。驚いて振り返ると、深くフードを被った小柄な影があった。ローブから覗いているのは侍女の仕着せだが、その声には覚えがある。
「何故ここに……まさか、城を抜け出してきたのか!?」
「どうしても、貴方に伝えたいことがあったんですもの」
少女はフードを取った。案の定、そこにいたのはリティシアだ。
「貴方はきっと不思議に思っていたでしょうね。どうしてわたくしが、貴方と婚約したのか。……わたくしは、幼いころのように、貴方と一緒に遊びたかっただけだったの。貴方と二度と離れ離れにならないように、ずっと貴方のそばにいるために、わたくしは貴方と婚約したのよ」
「何を……」
レナートは戸惑いながらリティシアを見つめる。リティシアは、弱々しくも言葉を続けた。
「貴方を、死んでしまった貴方を王族に戻すためには、わたくしの夫にするしかなくて、だから……」
呼吸が止まった。
「いつから、気づいていたんだ?」
「貴方は、知っていたのでしょう」
わたくしが、貴方の姉であることを。リティシアとレナートの声が、静かに重なった。
「貴方がどうしていきなり婚約を破棄したのか、わたくしなりに考えたの。……もともとわたくし達の結婚には、障害が多すぎたわ。結局わたくしは、それを乗り越えられていなかったのよ」
リティシアは語る。真実を知る大人達は、レナートと婚約したがるリティシアに難色を示した。そんな彼らを納得させるためだけにリティシアは何も知らないふりをして、何年もかけて大人達が望むいい子でい続けて、その褒美として無理を通したのだ、と。
けれど、状況が少し変わった。
リティシアと婚約したがる男が現れて、その男とリティシアが結婚したほうが国益に結びつくから、レナートに身を引くよう大人が迫った。
リティシアと婚約したい男にとって、何もできないくせに王女の婚約者という肩書を持つレナートは邪魔な存在だった。
レナートは王族の男児だからこそ、素性を偽られて王都から離れた安全な場所に預けられていた。だが、リティシアが努力を重ねてその地位と能力を盤石なものにしてしまった今、王家の血を引くレナートは大人にとって火種にしかならなかった。
そうやって、リティシアが何年もかけて築いてきたことは無に帰した。リティシアの努力は、すべて裏目に出てしまった。
最愛の婚約者に最悪の形で裏切られた傷心のリティシアを、別の男が颯爽と現れて慰める。その男は他国の高貴な血筋の男で、リティシアの心の隙間はその男によって埋められる。そんな反吐が出そうな筋書きがあるらしい。あの隣国の第二王子、ずいぶんと余計なことをしてくれたものだ。
「それに貴方は言ったわね、わたくしのことを“姉としてしか見られない”と。……それは、貴方なりの誠意だったのでしょう。貴方は、用意された嘘……アリエラと浮気をしたとは口にしなかったもの」
そうよね、姉と結婚するわけにはいかないものね――――リティシアは、泣きながら微笑んでいた。
「十二年前、わたくしの弟だった王子は、暗殺されてしまったわ。だけど本当は、別人として生きながらえていたのよ。もう命を狙われることのないように、うつけとして振る舞うことを余儀なくされて」
「貴女を残して、自分だけ安全な場所に逃げおおせたんだ。その程度、当然の代償だろう?」
「そうかもしれないわね。だからわたくしが貴方を呼び戻そうとした時に、貴方は別の代価を支払わないといけなくなったのでしょう」
「……それで貴女の御世が守られるなら、私の命など安いものさ。巻き込んでしまったアリエラだけは秘密裏に逃がせないか考えていたが、貴女の慈悲のおかげでその必要もなくなった」
表舞台から消えたはずの王子に、再び権力を与えることは許されない。
何も知らない王女の我儘で、姉弟が結婚してしまうことは認められない。
もう価値のなくなった王子が何か余計なことをしでかす前に、穏便に始末してしまいたい。
だから、大人達は一計を案じた。相手が血をわけた弟だと知らないままに王女が決めた婚約をなんとか破談にし、大人達にとってもっともよい縁談を結ばせるべく、レナートとアリエラを悪役にしたのだ。
大人達は、リティシアがわざとレナートを婚約者に指名したことを知らない。リティシアは、レナートが自分を姉だと知っていることを知らない。レナートは、リティシアが自分を弟だと知っていることを知らない。なんて滑稽なのだろう。
「城まで送ろう」なんとか絞り出した声に、リティシアは小さく頷いて馬の背に乗る。
無邪気な姉弟として過ごしていた日々のことは、もうレナートには思い出せない。それでも、背中にしがみつくリティシアから伝わるぬくもりはひどく懐かしく感じられた。
「どうか、私のことは忘れてくれ。これ以上、大人が望むいい子にならなくていい。貴女は貴女の幸せを考えていいんだ、姉上」
「貴方は本当に愚かね。さすが、独りよがりで空回りしかできなかったわたくしの弟だわ。……忘れられるわけがないでしょう。貴方はわたくしの、たった一人の大切な弟なのだから」
もしも、レナートが暗殺されかけることがなかったら。もしも、レナートが侯爵家に預けられることなくそのまま王家の人間として育てられていたら。
こんな茶番が演じられることもなく、自分達はずっと仲のいい姉弟でいられたのだろうか――――なんて、今さら考えても意味がない。
「貴方に戻ってきてほしかったなんて、しょせんわたくしの我儘だったのね。貴方は、政争も、足の引っ張り合いも、陰謀も腹芸も、何もない穏やかな場所で、アリエラとずっと平和に暮らしていてちょうだい。大切になさいな、あんないい子はきっとどこを探してもいないでしょうから。……いい、レナート、幸せになるのよ。それが、わたくしの幸せですもの」
「……ああ、そうだな。アリエラと一緒に、どこかの村で気ままに暮らすとしよう。狩りの心得なら嗜み程度にあるし、畑だって耕せないこともない。姉上の御世ならばうつけの私でものんびり暮らせる、善い国に違いないのだから」
それが、馬上で交わした最後の会話だった。城に戻った姉は王女として、再び男爵家を目指す弟は平民として、まったく異なる道を歩んでいく。二人の運命が交わることは二度となかった。
――――後の世に烈火の女王と伝わる女傑リティシア。戴冠して以降の彼女は、勤勉だった王女時代の反動かのように何人もの恋人との間で浮名を流し、賭け事や遊興に耽るなどしてたびたび周囲の臣下の頭を悩ませていた。
だが、その政治的手腕や弁舌については国内の政治家はおろか諸王においても右に出る者はいなかったという。
王配とその一派が自分の治世に干渉することを嫌がった彼女は、恋人こそ作れど王配を迎えることのないまま辣腕の政治家として統治を行った。継嗣の父親は、そんな彼女のありように理解を示した腹心の側近だ。彼は公私ともに女王を支え、女王の関心が他の恋人にある間も変わらぬ愛と忠誠を誓っていた。夫として正式に迎えることこそついぞなかったものの、女王が本当に心を許していたのも彼だけだとされている。
国のこと、民のことを第一に考える女王は国民からも深く愛され、王宮にはことあるごとに民からの献上品が届いたが――――その中でも女王は、西の辺境領から届く農作物や獲物をいっとう気に入っていたという。