2章2
「君の今後の話についてね」
「僕の……今後……」
「(やっぱりどう成仏するかって話になるのかな)」
「そう、幽霊を成仏させるというのも結構難しくてね。まず当面の目標なんだけど君には存在力を保ってもらわないといけない」
「そのさっきから出てくる存在力っていうのはなんですか?」
「(そういえばさっきも聖水に含んでるって言ってたけど)」
「うん、聞きなれない言葉なのもムリはない。なにせ普通に生きている人間には無縁の概念だからね。でも幽霊はそうはいかない。君が今そうやって考えたり動いたり出来ているのは一重にその存在力のおかげなんだ。イメージとしては人間におけるカロリーみたいなものだと思ってくれたらよいよ。」
「私達もお腹空いたら頭働かないし動きたくなーいってなっちゃうよねー、まあ、私はいつもだけどー」
ルリ子がお腹を摩りながらそう言う。
「ちなみに普通の人間、我々も存在力は持ってるんだけど他にエネルギーを生成できる手段があるしそれで事足りるから存在力は微量に持ってるんだけど使わなくていいんだ」
「(ふむ、幽霊は存在するだけでエネルギーが使われるって解釈でいいのかな。それって世界からみたらすごく排他的な扱いを受けてる気もするけど。でも存在しないはずのものを世界が排除しようとするのはある意味理に叶っているのかもな)」
「じゃあ、そのエネルギーである存在力っていうのをどこかから取って来ないといけないってことですか?」
「おっ、察しがいいね。実にその通りだよ。具体的には2つ方法があるんだ」
「二つも!?じゃあそれさえやっていけば」
「そうだね、とりあえず当面はそのままの君でいられるよ。ただしこれには制限があるんだ」
「制限?」
「うん、神道では人が死んでから五十日間を「忌」と言ってね。故人の死を祈る期間があるんだ。仏教とかでは四十九日だったりするかな」
「も、もしかして」
「そう、実に短くて残酷かもしれないけれど君は亡くなってからそれだけの日数の間に成仏をしてもらわないといけない」
「(たった四十九日?ってことは昨日亡くなったからすでにもう四十八日しかないってことなのか?)」
「そ、その日時までに成仏出来なかったらどうなるんですか?」
礼は無いのどをごくりと鳴らしたつもりでお父さんの答えを待つ。
「そうだなあ、あまりこういう状況はこの家業としては考えたくはないのだがほぼ間違いなく悪霊化してしまうよ。そうなったら最後、我々は全力で君を退治しなくてはいけなくなってしまう。実は最近も悪霊化してしまった人がいてね」
お父さんの顔が曇りを見せ始める。
「その……その人は無事退治されたんですか?」
お父さんはその質問に何かに悔いるようにゆっくり首を横にふった。
「いいや。しかも結構存在力を溜め込んだまま悪霊化してしまったみたいでね。なかなかこちらも退治するのに苦戦しているよ」
「そんな……」
「存在力はいわば霊体の強さそのものとも言えるからね。いい風に使うことも出来るし悪いことにももちろん使うことが出来るんだ」
「(成仏させるために霊に存在力を溜めさせるのに期間を過ぎるとそれは全て葬るための障害へと変わる。そんな極端なことって…)」
どうやらこの業界もなかなか裏がありそうな気がする。
それにしてももう一つ何かひっかかる。
「悪霊……。あれ?でもそれになる前にじゃあもし存在力の方がなくなってしまったらどうなるんですか?」
「残念だけど、その場合は退治はしなくても済むんだけれど今度は手の施しようがなくなってしまう。ほら、君ももしかしたらここに拾われるまでにすでに見てないかな、あの白の塊達を」
その言葉に礼は記憶に思い当たる人物達がいた。公園にいた意識があるのかどうかも分からないただ存在しているだけの存在。
彼らの表情を思い出し背中に悪寒が走る。
「(僕も四十八日を過ぎる前に存在力がなくなってしまったらアレに……)」
「アレにだけは……なりたくない」
礼は必死に頭を下げお願いした。
廃人のあのなりは死や悪霊というイメージしにくいものよりもはるかに恐ろしく感じた。
ふと視線に鼻ちょうちんをつけて眠りこんでいるルリ子が目に入る。
「他の神道の派閥の中には期間どおりにうまく成仏させられず悪霊を退治するくらいなら存在力をなくさせて廃人に変えた方がいいっていう人達もいるんだけどね。でも君達幽霊はそうやって今も悲しんだり出来る感情がある。元々は人間だった君達をそんなことにはしたくない」
「(そんな宗派もあるのか、じゃあ僕ももし拾われたのがお父さんじゃなかったら今頃……)」
「お、お願いします!存在力ってどうやったら手に入るんですか!」
「先程二つの方法があるって言ったね。一つは君がさっきやったように霊力のあるものを身体に取り込む方法だね」
「身体に、じゃあさっきみたいに聖水ばかり飲んでおけば」
「それで助かるならうちとしても楽なんだけどね。アレは本当に極少量の存在力しかない、気休め程度なんだ、それでは四十九日ももたない。こちらとしては君が時間いっぱい成仏と向き合えるようにもっと存在力の高いものを手に入れて欲しいんだ」
「それはどこに?」
「以外に色んなとこにあるよ、春なら霊力を溜め込みやすい桜とかから吸い出すことも出来るし悪霊を退治したら必然と存在力は取り込まれていくだろうね」
「(桜は季節的にムリだし悪霊退治って僕にそんなことが出来るわけがない)」
「も、もう一つは」
礼は藁にもすがる思いでもう一つに託す。
「そうだね、もう一つは君の立場的には難しいけれど認知されて君自身の存在力を上げることだね」
「?」
「例えば君はトイレの花子さんを知っているかい?座敷わらしでもいい」
花子さんに座敷わらし。そんな有名な逸話のあるものは良く知っている。小学校では遊びや肝試しの定番とも言える。
「もちろん知ってますよ」
「そう、彼らは逸話が良い事か悪い事かは置いておいてみんなに認知されているんだ。何かが起きた時に彼らのおかげやせいかもしれないってね。これの力が霊にとってはそのまま存在力に変わるんだ。まあ、だからこそ人さらいや殺しをする悪霊はさらに強力になってしまうんだけどね」
「つまり、僕はどうすれば?」
「そうだね、これを君が実現しようと思ったら人間に対して良い事か悪い事をしてみんなに君という幽霊の仕業かもしれないと認知させたらいい。うちとしては出来たら君には良い事をしてもらいたいけどね」
そうか、聞いた感じそっちの方が誰が相手でも良い分すぐに貯められそうだ。
「僕……頑張ってみます」
「うん、良い返事だね。私も色んな霊を見に来たけど霊になっても尚ここまで希望を持った目を持ち続けている人を見たのは君が初めてだ。僕は大分君を気に入ったよ、ぜひ瑠璃子で良ければ同行させてやってほしい」
「え?いいんですか?」
「(まさかの神道に通じた自分のことを認識してくれる人物が協力してくれるとは)」
これほどまでに頼もしいことはない。
ふと、ルリ子の方を見る。よだれを机に垂らしスースーと寝息を立てている。今はなんだか頼りなさそうに見えるけどきっとこの子も何かしら役に立ってくれるに違いない。
「ほら、瑠璃子。起きなさい」
そう言われて身体を揺すられると、はっとした顔で起き上がる。
「あれ?私のドーナツは!!」
「ははは、またおやつの夢を見ていたのか。瑠璃子、彼、ふむ。名前はなんというのかな」
「どうも、高嶺礼です」
「そうか、高嶺礼君の存在力集めを一緒に手伝ってあげなさい」
「え!? 私が! なんで!?いつもお父さんがしてるじゃん!」
「ちょうどお前もそろそろうちの家業を覚えさせていかないとと思っていたんだ。ほら、瑠璃子と同じ年代みたいだし悪くないだろ?」
「じゃ、じゃあ今回から学校以外にも何かしないといけないってこと?や、やだよ!そんなのやだやだやだやだやだあ!!」
ルリ子はよだれが垂れたままの口をパーカーの袖で拭いバンバンと机を叩いて子供のようにごねる。その様はいくら背が小さめの女の子といえどあまりに滑稽な様としか言いようがなかった。
「こらこら、これからお前がリードしていかなきゃいけない依頼者に対してそんな態度を見せたらダメだろう」
「いやだったらいやだー!私の今のインドアライフはもうたったの1分さえも崩せない程きつきつなの!!」
「困ったなあ、高嶺君。なんとかならないものかね」
まさかの自分に振ってきた。
「(うーん、これをどうにかって言われてもそもそも僕はルリ子のことを何も知らなさ過ぎる。そんな相手に協力させる方法なんて…あっ)」
「ルリ子、もし僕を無事に四十八日間廃人にすることなく過ごさせてくれたら僕の特別なコレクションを遺品としてあげてもいいよ。特別な場所に隠してあるから取りに行くだけでいい」
礼のその言葉にルリ子のうさ耳が少しピクッと反応する。
「(よし、食いついたぞ)」
「それって何? 言っておくけど私の欲しいものってなかなかよ」
「そう、そのなかなかさ。その名も『ドキドキスクールオアシスゼロ初回数量限定版』!」
「!? な、なぜその名を……」
ルリ子は目を見開いてガクリと膝から崩れ落ちる。
「(ふふ、実は何気に僕は本棚にある作品がどの程度揃っているか見ていたんだ)」
ルリ子の本棚はある種完璧と呼べるほど幅広いジャンルが揃っていてなろうファンの礼としては正直なろう以外は良く分からなかった。
しかし、逆を言うなればなろうシリーズにおいては礼は何だって分かる。そう、そのタイトルにおいてどれが手に入りにくいかも。
その中でルリ子の本棚にある本の『ドキドキスクールオアシス』が出来上がる前の作者の先駆けであるごく一部しか刷られていないと言われているナンバリングゼロのさらにその中でレアと言われている初回数量限定版に目がいったのだ。
「どうだ、僕としても悪くない取引だとは思うんだけどなあ」
礼は自分の中で出来る最大の悪い顔を取り繕う。
「わ、分かったよう! 今の生活が一時的とはいえ崩れてしまうのは本意じゃないけど。たった…たった五十日日ほどでいいんだからね……。引き受けるよ、その話」
ルリ子は頭を左右に振りながらも渋々承諾してくれたのだった。
こうして許可を得た礼はまずはルリ子の部屋に連れてこられるのだった。
「ちょっと後ろ向いててねー」
そう言われ、礼はなんとなしに後ろを向く。
すると、パサッと衣類が脱がされていく音が突然する。
「ル、ルリ子!?一体何を?」
「いや、ちょっと向いちゃダメだよー!」
あまりの突然の出来事にルリ子の方を向いてしまい、慌ててそのあられもない姿に再び後ろを向く。
「もう、どうせ高嶺くん隠れさせてもすり抜けちゃうだろうからあえて目のつく所で後ろ向かせてるのにそんな堂々と見られちゃったら意味ないじゃんー」
「ご、ごめん」
「(いや、いきなりそりゃ服の音がしたら気になるでしょ。それにしてもピンクの生地に包まれた良い膨らみであった)」
「(この記憶は墓まで持っていかせてもらおう。後数ヶ月もないけど)」
「もう、もういいよ。こっち向いて」
そうルリ子に促され向き直る。そこには紺の制服の上に巫女服を羽織った形のなんとも一見変わったようだがなぜか似合ってしまっているルリ子の姿があった。
「よし、じゃあ今から学校に行きますよー」
「うん。ってルリ子って学生なのか」
「(そういえばさっき学校がって言ってたっけか)」
礼は部屋の壁に立てかけている時間を見る。その時計は朝の七時を指している。
「(じゃあルリ子って徹夜でゲームしてたのかよ)」
「そだよー、だから今の時間はなかなかギリなんだけどねー。後学校には高嶺君にとってさらに頼もしい味方がいるからねー」
「そうなのか、その人は一体……」
「ふふん、その人はねー、とある部活の部長さんなんだよー」
そうとても心強そうに話すルリ子ではあるが礼にはそれの何がそんなに頼もしいのか分からない。
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな部活の部長さんよりルリ子の方が本業なわけだしさ。絶対ルリ子の方がいくら初めてって言っても何倍力にもなるんじゃ」
「え?何言ってるのー? 私神道的な事何一つ出来ないよ?この巫女服だって家柄だから着てるけど実際学校ではコスプレ服みたいな扱い受けちゃってるし」
ルリ子はそうあっさりと衝撃の事実を口にしてくれるのだった。
「(あれ? じゃあお父さんは協力を要請してくれたけどこれって実質ただ霊感が強い女の子が一人加わっただけじゃないか!)」
そんな礼の嘆きだけが声にならない言霊として消えていくだけだった。
次回は明日の朝九時に投稿します。