2章1
Xデーまで後四十八日
チュンチュン
朝の知らせを聞いて意識が戻る。
「あれ? ここは……」
辺りを見渡すして見ると狭い部屋の中にたくさんの赤やら青やらのもふもふとしたぬいぐるみの山。
と思いきや次はゲームや漫画がぎっしりと詰まった棚にさらにすぐ横にはベッドがあってそこで動くピンクの何か。
「(あれは……新種のハムスター?)」
礼はいつのまにかその何かの部屋で意識を失っていたようだ。
「あのー、もしもし?」
「ほい?」
その何かに向かって声をかけてみるとそいつはピコピコとケータイゲーム機で遊びながら返事をする。
良く見ると礼の方から見ているのは背中で手前のほうで忙しなく指を動かしているのが分かる。
「もしかしなくてもここってあなたの家ですよね?」
「そだよー……ってうわあ!?」
とやっと気付いたのかその女の子は壁に勢いよく張り付くとお化けでも見たような形相でこちらを見てくる。まあ、お化けではあるんだけど。
その女の子は膨よかな身体にピンクのうさ耳のフードがついたパーカーを身にまといショートカットで童顔なのも相まってなんとも丸可愛い見た目をしていた。
少しだけちらついている大きな胸についつい目がいってしまう。
「ほ、本当に起き上がったー!」
「そら起きるでしょ、ってあれ? 僕が見えるの?それに会話も出来てる……」
「うん、まあねー。あいたたた……君がいきなり驚かすから変なところうっちゃったよー」
「ご、ごめん……」
「いいやー、全然おけだよー。あ、自己紹介がまだだったね。私の名前は四ノ宮瑠璃子、周りからはルリ子ってよく呼ばれててるからそう呼んでくれていいよー」
四ノ宮瑠璃子なる人物はそう言うとペコッとお辞儀をする。頭のフードのうさみみも一緒に垂れる。
「ちなみにここは四ノ宮神社っていう築年数四百年って言われている由緒正しい神社でここはその別棟の屋根裏の私の部屋だよー」
ルリ子は壁にもたれて再びゲームをし始めながら淡々と説明してくれる。
「おお、うん。わざわざ説明ありがとう」
礼は丁度質問しようと思ったことを返され歯切れの悪い返事をしてしまう。
「(この子、こんなのなのに以外に抜け目がないのか)」
「うわあ、まーた負けちゃったよー」
ルリ子はバタバタと暴れ始め近くのたぬきのぬいぐるみと一方的な八つ当たりを始める。
「(そして幽霊に恐れることもなくしかもこのスムーズな流れ、彼女は僕みたいな特殊な存在と関わることが多いのだろうか)」
それはともかくと何故神社にいるのかは謎だがついに話が通じる相手が出て来てくれたと礼は安堵を示す。
「(ああ、言語が通じるってこんなにも素晴らしいことだったんだね。昔の偉い人、ありがとう)」
「で、僕はなんでここに?」
「んー、私も分からないけどお父さんが起きたら私のところに連れてきてって。私よく君みたいな意識失ってたりしている幽霊さんを番させられることあるんだよー。あっ!そうだ! お父さんのとこに連れて行かなきゃ!」
そう言ってルリ子はいきなりベッドの上に立ち上がりそわそわしたと思いきや落ち着いて再びゲーム機を弄り始めた。
「ん?」
「いや、とりあえずこのステージだけはクリアしなきゃ」
どうやらマイペースな性格なようだった。
その後なんやかんや一時間以上何かにつけて言い訳をしゲームをし尽くしたルリ子は詰みポイントに出くわしたという理由でやっと重い腰を上げお父さんのところへ礼を連れて向かい始めた。
「はえ〜、それにしても馬鹿広いや」
別棟の中はかなりの年月を感じさせる廊下があり線香のような匂いが僕に神聖な場所だということをより強固に認知させる。
窓からは丁度神社の本殿が見え改築を何回もしているのかそちらは綺麗に紅く塗装が施されておりとても新しく見える。
「そりゃそうだよー、だって神様が眠ってる場所なんだよー?」
「いや、別棟の方なのにすごい広さだなって」
「あ、そっち!? いやー、そのー、だって神様を支えさせて頂いているわけだからあまりに見窄らしいと参ってこられた参拝者様が不快に思うかもしれないからさー。お金持ちのお家のお嬢様の横にはいつだって気品溢れるそれにお似合いの執事様がいるでしょー」
ルリ子はそう超展開を繰り出す。
「(まあ、強ち間違ってはいない気はするけど、なぜかうまく言いくるめられた気がする)」
「そろそろお父さんの部屋に着くよー」
「その、結構厳粛な感じなのかお父さんって。ほら、こんな立派な神社を支えているわけだしさ」
「いやー? そんなに畏まらなくてもいいけど……。まあ普通にしてたらいいよー」
そう言うとルリ子は木製のロック式のドアをコンコンと叩く。
すると、数秒置いてから白い着物に浅葱色の袴がひょっこりとドアを開けて出てきた。
男らしい感じのが出てくると思いきやひょろっとしていて髪を後ろに一本に束ねているなんとも知的な見た目の人が出てきた。
男性のかけている縁のない丸メガネには礼の姿は映っていない。
「やあ、どうやら目が覚めたみたいだね。さあどうぞどうぞ」
そう言ってひょいひょいと手招きする男性に部屋の中へ招かれる。
「(そういえばなんやかんやでちゃんとドアから入るのって久々かもしれないな)」
礼はその久々の人間らしい当たり前の行為になぜだか嬉しくなる。
部屋の中はルリ子の部屋と比べるとそれはもう数倍広く書棚がびっしりと並んでいて窓際にはパソコンとみっちり積まれた本がある。
本の中には科学系から経済の本まで様々だ。
「(なんか神主ってもっと宗教本とか謎の水晶玉とか宗教的なもんばかり部屋にあると思ってたから意外だな)」
「ははは、部屋の中が気になるかい」
「あ、いえ!そういうわけでは」
どうやら礼は余程興味深く部屋の中を見ていたらしい。
「いやいや、別に構わないよ。どうだい、コーヒーでも入れよう。あ、今日のは飲めないお客さんだったね」
ルリ子のお父さんはそうへらへらと気さくに笑いかけてくる。
「(当たり前だが、僕が何者であるか把握しているんだよな。この人も)」
礼はルリ子に促されて目の前のテーブルの前の座布団に座る。
「あ、お父さん。冷蔵庫にいちごミルクあったでしょ。私それがいい」
「分かったよ。うーむ、では君には他に特別なものを持ってきてあげよう」
そう言ってお父さんは部屋から出て行った。
「お父さん、なんだか良い雰囲気の方だな」
「そりゃそうだよー、だって私のお父さんだし」
えへんとそう胸を張るルリ子。
(パーカーだからか胸が大きいからか形が浮き出てなんだかエロい。と同時に目が釘付けになってしまって気付かれていないか、これ)」
ルリ子の顔を見るに特にバレていないようだ。
「(まあ、この調子だと異性とかあまり気にしたことなさそうだしな)」
「ああ、そうか。その……お父さんはなんで僕を助けたんだ?」
礼はこれ以上は良くないと視線を逸らし話題も変える。
「うーん、なんか私もよく分かんないんだけどうちってそういう正しく成仏出来なかった霊をちゃんと成仏させてあげることもしてるみたいだよー。まあ、本来は霊に憑かれた人のお祓いがメインなんだけどね。それのついでみたいなものだよー」
「(霊に憑かれた人ばかり相手にしていたらキリがないから憑く前の霊もなんとかしようっていうわけか)」
「ふーん、じゃあそれで僕はとりあえず悪霊ではないから拉致だけしとこうってなったわけか。ってじゃあ僕成仏させられちゃうじゃん!!」
礼はあまりの驚愕な展開にその場から勢いよく立ち上がってしまう。
そりゃそうだよーとルリ子。
「(そうか、そりゃ僕幽霊だもんね。ゆくゆくはそうなるんじゃないかとは薄々察してはいたけどさ)」
「いやー、そのー、出来たら成仏以外の方法ってないんですかね?そちらをお願いしたいのだけど」
「うーん、成仏しなかったら悪霊さんになっちゃうから神社側としては退治しなきゃなんだけどねー」
ルリ子はニコニコと冗談っぽくそう言うが全然笑えないよ、そのジョーク。
「ははは、なんだか仲よさそうじゃないか、瑠璃子。同じくらいの歳の幽霊でうちに来るのは珍しいからかな」
と、そんな話をしていると後ろからお父さんがガラスコップを三つお盆に乗せて入ってくる。
「はい、どうぞ」
テーブルの上にはコーヒーといちごミルクと、礼の目の前にはパッと見普通の水にしか見えない液体が置かれた。
「その液体が何か気になるようだね、それは『生命水』といって我々からするとただの水だけど君にとってはとても意味のあるものなんだ。その水にはある程度の存在力というエネルギーが含まれていてね、それを飲むだけで少しは存在の力が回復するようになっているよ」
「(存在力? 聞きなれない言葉だな)」
「そうなんですか」
本当にパッと見ただの水だ。飲んで見たら何か分かるものなのかな。
礼はとりあえずコップの縁に口をすぼめて恐る恐る少しだけ口に運ぶ。
また少し、少しと体内に入れていく。
「(うーん、特に変わったようには感じないけど……。後々効いてくるタイプなのか?)」
「どうだい、何か感じるかい?」
「いえ、すみませんが特には」
礼は正直な感想を口にする。
「ううん、いいんだよ。人の適正によって感じ方が違うらしいからね」
はははと穏やかに笑うお父さん。
横ではルリ子がごくごくと喉を鳴らして美味しそうにいちごミルクを飲んでいた。
「(まあ、この様子から見るにお父さんは本当に優しい人なんだろうな)」
「じゃあ、そろそろ本題に入らせてもらおうかな」
ある程度話に区切りが出たところでお父さんはそう仕切り直しをした。
次回は今日の午後九時に更新します




