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1章4

 冬の夜というものはすぐに訪れるものでうっかりしていると日が落ちる瞬間を感じる間さえなく辺りが闇夜に様変わりしていることがザラだ。


 幽霊になって初めての夜。


 身体に感覚なんてないっていうのに夜になった途端あの事件の日が頭を過ぎり出し寒気を覚え始める。

 その寒気は冬の寒気なんてものとは違い気持ち悪さを覚えるものだ。


 夜になって初めて気付くことというのは思った以上に多い。


 例えばこの街には意外にも同類が多い。


 シャッターを閉め切ったお店のすぐ横や公園のベンチ。


 ありとあらゆるところに一見普通の人間に見えるが生気を感じず薄明るくぼーっとしている者達がいる。


 白いその身体は膝を抱えて座っていたり仰向けになっていたりと様々ではあるがすべてに言えることはみんな顔の表情が死んでいて目は焦点の合わないある一点だけを見ている。


 彼らは礼と同じように意識があってああしているのか、そんな疑問は愚問でしかない。


「期待は持てないけどもしかしたら話しかけたら何か有益な情報が得られるかもしれない」


 礼はとにかく前に進むしかなかった。


「あのー、すみません」

「……」


 礼は試しに公園のベンチで下を向いたまま無表情でピクリとも動かない中年男性に声をかけてみる。

 しかし、中年は声を発するどころかこちらを向くことさえしない。


「もしかして僕に気付いていない? それともこんなでも生きているっていうのか」


 そっと手を伸ばして身体を揺すってみる。


 礼の手はすり抜けることなくその男性の身体に触れることが出来た。


 それは彼らが礼と同じ同類に他ならないことを意味した。


「聞こえてますー?」


 しかし全く反応がない。


「(廃人というのはこういう人のことを言うのかな)」


 とりあえず他を当たってみる。


 とにかく手がかりが欲しかった。


 自分は今どういう状況でこれからどうなっていくのか。


 なんなら誰か自分を引っ張ってくれる存在が欲しかった。それぐらい礼はこの摩訶不思議で未知の体験でそしてとてつもなく不安な現状に憔悴し切っていたのかもしれない。


 だが、現実というものは異世界とは違って残酷なものだ。


 目に映る霊体という霊体全てに声をかけていくがまるで反応がない。


「一体どうなっているんだ」


 礼は途方に暮れ声をかけるのをやめた。


 暗闇の中をあてもなく歩く。


 バウッバウッ


 犬に見つかり物凄い形相で吠えられてしまう。


 まるで犬までもが自分の存在を否定してきているように感じる。


「とにかく明るいところに行こう、こんな暗闇ばかりを歩いているから悪い方向に考えが向いてしまうんだ」


 とそこで丁度近くに明かりが灯っている古めの民家を見つける。


 家の中からは賑やかというほどではないもののそれなりに声が絶えないくらいには会話が聞こえてくる。


「なんだか賑やかで良さそうだな、とりあえず入ってみるか」


 礼は家を囲っている塀をすり抜け中に入る。


 そこにはベランダで酒を飲んでいるぱっと見四十近いくらいの中年がいた。


 奥の家の中の誰かと会話しているようだ。


「ばーろーめー! やってられるかってのよお! 使えねえ奴ばかりよこしやがって!」

「まあそんなこともあるんじゃない」


 片方のこれでもかというほどの罵詈雑言を部屋の中の住人が宥める。


 会話の流れから察するにどうも二人は夫婦のようだ。


 まさかこの人も会社の愚痴を幽霊が聞いているとは思いもよらないだろう。


「てやんでい! ばーろー」


 ひっくひっくと言いながらもビール瓶を片手に飲む親父さんはまさに戦い抜いたサラリーマンといった感じだ。


 とりあえず他に行くとこもないし横にお邪魔させてもらうか。


 礼は他に行くあてもないので親父さんの横に腰をかけさせてもらう。


 もちろん本当に腰をかけれているわけじゃないがなんとなく落ち着く。


「(それにしても、今日はなかなかに忙しかったなあ)」


 ベランダから見る夜空はすっかり暗くなっていて月が煌々と輝いていた。


「そういえば外から夜空を見るなんてもう何年も出来てなかったな」


 いつも決まって夜は三階の病院の窓からだったから少しだけ夜空は近く見えていた。


「でも、今はこんなに遠い」


 僕はそれが、たったそれだけなのに少しだけ嬉しくて。


「てらあ! やってられっか、あっ!」


 それは不意の出来事だった。


「うわっ」


 親父さんが勢いよく弾いたビール瓶が僕の身体にかかる。


「あちゃー、やらかしたよお前」


 親父さんはこれ以上溢すまいと急いで拾い上げるがもう時すでに遅し。


 ビール瓶の中はもうほとんど無くなっていた。


 その瞬間。


「あれ? なんだこの感覚」


 酒がかかった途端身体の力がみるみると抜けていき、立つことさえままならなくなる。


「(やばい、これはやばい)」


 この場にいたらどうなるか分からないと僕は急いで塀をすり抜け一目散に逃げる。


「(ある程度距離を取れば助かるものなんじゃないかと思った僕が馬鹿だった)」

「冷静に考えれば酒がついた時点で僕の身体はすでに犯されてしまっているのだからどうしたって手遅れに決まってるじゃないか」


 礼はいよいよ足が上がらなくなりその場に倒れこんだ。


 地面は冷たいのかどうか感覚がないから分からない。


 昨日みたくよく冷えてるんだろうか。


 そういえば霊ってお酒に弱いんだっけ。


 礼はかつて実家で祖母が神棚にお酒をお供えしながらそう言っていたのを今更ながらに思い出す。


 神棚のお酒は悪い霊などの魔除けにも使われているんだとか。


「(ああ、なのに僕ときたら賑やかだからなんて理由で自分にとっての弱点に近付いていたとは……なんとも間抜けな話だ)」


 このまま意識を失ったらどうなるのだろうか。


 公園の彼らみたく廃人となって永久にベンチに座り込む羽目になるのだろうか。


 それは化けである礼にとっては死よりも恐ろしいことだった。


「それだけは……それだけは嫌だ……」


 礼は弱々しく嘆くことしか出来ない。


「おや? あなたどうしました?」


 その弱々しく小さな声がたまたま誰かに届いたのか頭上から声がする。


「(まさか天使の迎えとかそういうオチじゃないよな)」

「あの、あなたは……誰ですか? なぜ僕の声に反応出来るのですか?」


 今にも消えそうではあったが何者かよく分からないものに警戒心を解けるわけもなく最大限畏まりながら聞く。


「ああ、あなた見る限り自分を形成する存在力すら無くなってしまっているようですね。見た感じただの浮遊霊みたいですし……。いいでしょう、私があなたを助けてあげます。ですから、もう休んで良いですよ」


 その質問の答えにもなっていない反応になぜか安心した礼は深い眠りについた。



「おい、自殺したのってうちのクラスの井本らしいぜ」

「お前最近あいつへの扱いちょっとまずかったじゃん」

「え、俺が悪いっていうのかよ!」

「(ああ、これは夢か。幽霊は夢なんて見ないと思っていたけど。しかもよりにもよってこの夢か)」


 礼が智紘に始めて恋心を覚えてまもなくして井本は死んだ。


 詳しいことは分からないとのことであったが部屋で首をつっているところを親が発見したらしい。


「礼君……君だけは僕の味方だと思ってたのに……どうして助けてくれないの。もう僕最近耐えられないよ」


 その言葉を言われたのが最後だったっけか。


「(井本にとって僕は同じ境遇だから近づいているだけの、利用してるだけの存在だと思っていたんだけどどうやらそれは間違いだったようだ。井本は僕のことを本当の友達だと思っていたらしく、だからこそ僕がいざって時に傍観者になることしか出来なかったのが許せなかったみたいだ)」


 あの時、どうするのが正解だったんだろうか。

次は明日の朝九時にあげます。

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