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プロローグ3

「ああああああああ」


 礼はあまりの痛みにその場にしゃがみこんでしまう。


「痛いですねえ。でも私の心の痛みはそんなものではなかった」

「(くそ、意味が分からない。なんで僕がこんな目に)」

「世の中には主役になれる人とそうでない人がいる。みんな主役にはなれないんだ」


 男は急にそんなことを語り出す。


「(塾の勧誘じゃなくて宗教の方の勧誘だったか)」

「宗教の勧誘をするなら明るめのコートに季節を鑑みない年中無休の傘、後パンフレットと聖書も必要だろうバカ野郎!」

「おや、結構深く切ったはずでしたが……まだそんな減らず口が叩けるのですか」


 シュッ


「おわぁ!」


 礼は間一髪のとこで男の軌道を回避する。


 というのも立とうとしてあまりの痛さにしゃがみ込んだだけであったが。


「おや? 病人とは思えぬ動きですね」

「病人は……労われよっ」


 蚊の泣くようなその講義は男に届いているのか分からない。


「私はずっと考えていた。かつて日陰側だった僕はどうすれば主役になれるのかを。そうしたら一つの答えが浮かんできたんだ。そう、主人公気取りな奴らを引きずり下ろせばいいとね。そうしたら丁度タイミング良く神の力を手に入れることが出来たんだ」


 男は両手を掲げとても嬉しそうな声でそう高らかに話す。


「(何を言って……最近の宗教勧誘はこんなに過激なのかよ)」


 礼は逃げるべく咄嗟に後ろを向きながら地面を蹴って距離を取った。


 すると目の前をキラリと光る線が通る。


 その出来事に驚愕する前に足の痛みがピークを迎える。雪の寒さもあってもはや一ミリたりとも動きそうにない。


 まるで、足の皮ごと地面に縫い付けられているようだ。


「や……え……」


 とりあえず動物の本能で助かろうと声を上げようとするが喉が閉まりきって声が出ない。


「(なんだ、なんだ。これ現実だよな)」

「へぇ、助かっちゃうですね。君もなかなか神様に愛されているようですね」


 へらへらと笑いながら距離をさらに詰め寄ってくる。


 礼はそれから逃げるように手を後ろに動かそうとするがそんな筋力などあるわけもなくすぐに後ろ側に腕のバランスを崩し倒れてしまう。


「な……なんで僕が……僕はあなたより主人公でもないし……別に恵まれてなんかいない」

「なんで狙われたか気になっている様子ですね? それはですね、礼君が僕を……助けてくれなかったからだよ」

「礼君……?」


 なぜかそのセリフだけ声は低いままだっていうのにとても幼く聞こえた。


 パーカーの男は目の前で刃物をチラつかせながら礼に問い詰めてくる。


 これが現実なのか。


 礼は確かに死を望んではいたけど神のいたずらだとしたなら悪趣味過ぎる。


 こんな死に方は礼の好きななろう系にはない、第一あっても心の準備なんか出来るわけない。


「あれシカトですか? まあいいです、目的はこれで果たしましたし。これからは私は神の力を使って主人公側にでも立たせてもらうことにます。では……これでお別れです」


 グサッ


 刃物は腹のど真ん中を指し、最初はじんわりその後ズキズキと激痛が走り出す。


「こんなことって…」

「あーあ、もしかしたら君は神に愛されているのかと思ったんですけどどうやら二回目はなかったみたいですね、残念です。まあこれで私は少なくとも君達主人公側にいた人達よりも主人公になれた気がします」


 男は腹に刺さったナイフを僕から抜くとその場から去っていった。


 ザッザッとスニーカーの音だけが耳元で響く。


 腹に穴が空いた感覚はとても気持ち悪く、冷たく吹き付ける風が傷口に当たりなお状態は悪い。


 自分の人生の終わりを感じる。


 もはや地面が冷たいのか身体が冷たいのかも分からない。


 それにしても人間っていうものは最後まで天邪鬼な生き物なんだと確信させられる。


 あんなに死にたいって思うことがあったのに今いざ死に直面してみると怖くて怖くて仕方がない。


「(ああ……こんなことになるなら死にたいなんて思うんじゃなかったな。これは今の現状を打開しようと、乗り切ろうとせずに次の世界になんて言って逃げていた罰なんだ)」


 そんな風に悔やんでいると今までの走馬灯が頭を過る。


「(ああ、僕の人生ってなんだったんだろうな。後半なんて特にひどい。あれ? そういえば僕が入院する前……誰かのことをすごく愛していたような……)」


 そこでやっと一人の女の子の顔を思い出す。


 なんであんなに恋焦がれた人のことを忘れてしまっていたんだろう。


「僕は本当に愚かだ」


 きっと長い入院の月日が元気だった頃の自分の記憶や思いを閉ざしていまっていたのだろう。


 でも今更思い出しても遅すぎる。だって人生の終わりなのだ。


「(もし、もう一度チャンスがあるなら……次はあの子に勇気を持って……)」


 こうして礼の最後は驚くほどあっけなく終わった。


 Xデーまで四十九日前。


 チュチュチュ。


 鳥の鳴き声がした。


 キーンコーン。


 学校の鐘の音もする。


「(懐かしいな、中二の頃以来だな。ん?)」


 目を開けてみるとそこは学校の目の前だった。


 周りを見渡すとわらわらと黒やら紺の制服に身を包んだ男女が入り口に吸い込まれていっている。


「(あれ? あれれれれ? これ? どゆこと?)」


 まさかここがいわゆる天国と呼ばれるとこなのだろうか。


 にしても天国でも学校があるとはいくらなんでも極楽がなさすぎやしないだろうか。


「でさー、この前黒川がさー」


 にしても楽しそうだ。


 中学から登校を辞め三年という月日がほぼベッドがお家で小説がお友達状態だった礼にとってこの光景は眩し過ぎて仕方がない。


 死んだはずなのに天国でも殺されている気分だ。


「あはは、だよなー」


 五分ほどそこに立ち尽くしていると、人数が徐々に減っていった。


「このままここにいても何も始まらないし僕もちょっと中に入ってみようかな」


 それにもしかしたらこれは見方を変えると青春を送りたかった僕にとっての一種の天国の形になりえるかもしれない。


「(まずは友達だ、友達を作ろう。そして文芸部に入部するんだ、ないなら作ってもいい。そして新たな第二の人生である天国ライフを満喫するんだ)」

「おー、そうなんだー」

「(お? さっそく僕の目の前を人柄が良さそうな男二人組みが)」

「あのー、すみません」


 礼は全勇気を振り絞り声をかける。


 予想以上に緊張して全毛穴から色んな液体が出てその場から全力疾走しそうになったが手に力をこめその場に踏み止まる。


「うんうん、だよなー」

「だろー」


 まさかの話しかけた先の男性二人組はガンスルーを決め込んできた。


 あまりの予想外さに声を失う。


「(あれ? 日本語ってこれであってるよな。もしかして天国にも海外圏とかあるのかな。でも今明らかに日本語話してたし……。どう考えても意図的にスルーされたとしか)」

「あのーもしもし?」


 念のためもう一度近づいていき少しばかり近めに話しかけてみるが一切自分に対してのレスポンスがない。


「そんな……ここって天国のはずなんだろ? 僕にとっての理想郷なんじゃないのかよ。話しかけても無視とかそんなとこまで現世に寄せてどうするんだよ」


 礼はあまりのショックにその場にヘタリ込むが話しかけた二人は気にも止めず目の前を歩いていく。


 まるで存在を否定するかのような扱いである。


「こんなに世知辛いのか……天国って」


 天国でもコミュ力を強要されるとは思ってもみなかった礼であった。

次回は明日の朝九時です。

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