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5章1

 Xデーまで後三日。


 あれから数週間。僕達の部は何もしなくなっていた。


「(まあ具体的には夜にたまに出る悪霊化した廃人を退治したりはしてたんだけどね。お悩み解決はもうしなくなっていた)」


 つまり礼は助けられる側から助ける側にシフトチェンジしてしまったわけだ。


 しかし、そんな礼は今とても焦っている。


 というのも存在力は普段麗華ちゃんといたり戦闘をして少しずつ減っていってはいったものの生命水でカバーし後少しで足りる状態だと言われあまりに手を抜き過ぎていたのだ。みんなは気付いてはいないだろうけど最近起こる異変。


 礼の身体がどんどんと消え始め、たまに意識が飛んだりすることが起こるようになった。


「(うーん、四十九日が近付いてきたからなのか、麗華ちゃんと一緒にいる時間が長すぎるからなのか)」


 とにかく礼は近いうちにまた大きな悩み解決をして存在力を上げなくてはいけない。


「(あ、そういえば)」


 礼は棚に少しだけ埃を被っている目安箱を取り出す。何気ない僕のその仕草だけどそれは今までには出来なかったアクション。


「(え? なんで物を持てているのかって?)」


 それはね、あるグローブをお父さんからもらったからだ。


「(その名も『霊渉(れいしょう)』。黒い革製のものに何やら磁石のようなものが指の関節の部分についている。ちょっと模様が厨二臭さを放っているものの基本的には普通の手袋に相違ない。実はあのねこまるとの戦闘でもこのグローブを使っていたんだとか。これからは僕の方が悪霊に遭遇しやすいから持っておいた方がいいと譲ってくれたのだ)」


 しかし、こいつは優れた代物でこうやって存在力に干渉することで物を持つことを可能としている。なんでも昔麗華ちゃんのような負の特異点達が戦力獲得のため一般人を自分達と同じ特性にするべく作ったのだとか。


「さて、まだ入ってるかな。お、あった」


 目安箱の穴を下に向けガサガサと振ってみると、一枚の紙が顔を出した。


『ある人の無実を証明して』

「(すっかり見ることもなくお蔵入りになっていたこの紙の意味、一体なんだったんだろう)」

「あれ? なんだこれ?」


 目安箱から出て空気中に舞っている埃が紙に一部反応したのか裏がうっすらと透けて見える。


『理科室……日時は……』



『まさかいるとは思えないけど……』

『ふむ、なかなかすばらしいレポートだ、高校生とは思えないレベルだよ。でもよく私が有名理科研究所の研究員であると分かったね』

『はい、最初父の書庫のリストにあなたの名前があった時は驚きました。でもこれはチャンスだと思ったんです』

「(ん? この声は、智紘さん?)」

『確かに僕なら君を上層部に推薦することも難しくはないからね。しかしこのレポートは一つ穴がある』

『え? なんですか? 理論はバッチリのはずですし、実験だって再現性も取れてます』

『いや、でもこのレポートからは一つの嫌悪を感じるんだ。何もここまで霊的存在を否定しなくてもいいんじゃないか?』

『だってそうでもしないとあなたの機関はまた……父のように……』

『いやいや、アレは別に霊的存在を強調したことが原因なんかじゃないさ。酷いことを言うかもしれないが単に君のお父さんがだね』

『そんなことないです!』


 智紘さんの声が響く。その声は強かったが震えていた。


『父は……父は霊のせいで命を落としたんです。でないと困るんです。でないなら、私は何を恨めばいいんですか』

『そうだね、私としたことが少しデリカシーのないことを言ってしまっていたようだね。でもそのためには今後霊的な存在には消えてもらう必要があるね』

「(ん? 今あの先生こっちを見たか…?)」

『? それってどういう意味ですか?』

『いや、別に。深い意味はないよ』

『ある人の無実を証明して』

「(それであの依頼内容なわけか。そして今回その依頼を叶えるということは…)」


 礼は色々考えた果てにその場から姿を消すことにした。



「(消えなきゃ消えなきゃ消えなきゃ消えなきゃ)」

『はぁはぁはぁ』


 周りを見回すと、ある所に着いていた。そこはある意味自分のはじまりの場所とも言える場所。


『なんで僕こんな所に』


 そこにはつい最近抜け出したようでずっと来ていないようにすら感じる病院があった。


 辺りはすっかり暗くなっていて、あの事件の日を思い出させる。


「(僕いつのまにそんなに走っていたんだ? まるで昼夜が急に変わったような気分だ)」

「入り口は……って僕すり抜けられるから関係ないな」


 礼は適当に正面玄関の少しズレた横あたりから病院の中へと入る。


 病院の中はいつものように緑の蛍光ライトが照らされていて廊下がそれを反射している。


「なんで僕はここに? こんなとこに来たって何もあるわけがない。だってここは」


 ただの自分の抜け殻がいた場所でしかないのだから。


 でも、なぜか僕はどんどんとある場所を目指して進む。


「三丸三……」


 かつて自分がゆっくりと生涯を閉じていくはずだった部屋。


 中は案の定閑散とした部屋にベッドが一つ置いてあるだけ。先程まで誰か居たのかこんな夜に換気なのか窓が開いている。


「不思議だなあ。ここから見える景色は物凄く遠く感じたのに」

「(そうだ、僕はここから抜け出したいと思って病院から出たんだ。そして、不幸にも命を落とした)」


 今はここからの景色がそこそこ綺麗に感じられる。


「(それから僕の物語は始まったんだ。最初はただ単に死にたくなかったり智紘さんに気付いて欲しかったり自分のことばっかりだった)」

「(今も変わったかと言われたら何も変わってはいやしない。死という概念をイメージするだけで身体は寒く感じられるし智紘さんに出来れば僕の存在に気付いて欲しい)」

「でも、そのどれよりも智紘さんを助けるのが何よりも大事なんだ! 例え僕の命が尽きようとも!」


 礼は窓に身体を乗り上げる。


「(行こう、四ノ宮神社へ。お父さんなら僕をねこまるの時と同じようにすぐさま存在を浄化してくれるだろう。ここからもし飛べたならそれは僕に本当の勇気があるという証明になってくれるだろう)」

「おいおい、誰かと思いきや礼じゃないか」

「え? もしかして、ずっと僕を看病してくれた看護師さ……」

「(って誰だ?)」


 そこには誰か分からないナース服の赤髪の女性が立って居た。


「おいおい、何だよその誰だこいつって顔はよお。まあ、無理もないか。私を直視したのは初めてだろうしな」


 何だか昔からいたようなキャラクター風の発言をする女性。そんな描写どこかにあっただろうか。


「あのー……」

「私の名前はKでいい。まあ、名前なんてもう何十年も呼ばれてないからもはや自分がどんな名前だったかなんて覚えてないしな」

「まさか……幽霊!?」

「今更かよっ! そうだよ、礼が病院から抜け出した日必死に早まるなって呼び止めようとしたのに抜け出しやがって。あんたあの日出てたら死ぬこと確定してたんだよ」

「な、なんでそんなこと」

「なんでって、そりゃあ私には未来が見えるからさ」


 Kさんはニィっと笑う。


「(未来が見える? 急なファンタジーに全くついていけない。まあ僕自体存在がファンタジーではあるんだけど)」

「どうやってそんなことが」

「どうやってって言われてもなー、そういう能力が使えるから使えるとしかな。とりあえず、だ。時間がないんだ。礼、あんたは私の可愛い妹の愛しの人なんだ。だからちゃんと昇格してもらうよ」

「昇格? なんの話だかさっぱりだよ」

「あんたは今から試練を乗り切らなきゃならない。今から数日と経たない内に礼の始まりの場所である女性が殺される」


 始まりの場所。そう言われて浮かぶのはある一箇所しかない。


「またあの場所で……ってことはまだあいつは生きて……」

「そうだ、しかも被害者は福本智紘。礼なら知っているはずだ」

「そんな……智紘さんが……」

「(いや、待て。まだ殺されたわけじゃない。そうだ、今の僕は麗華ちゃんの護衛だってして来たし最近は存在力のセーブの仕方だって出来るようになってきたんだ)」

「礼、悪いがこのまま闘いに行くと礼は殺されてしまう。礼はまだ存在力のセーブのやり方は分かっているかもしれないけど一気に放出する爆発的な使い方を知らないんだ」

「(さすが未来が見えるだけある。僕が今どれくらい存在力を使いこなせているかさえも把握しているなんて。でも)」

「こ、殺されるって……そんな簡単に……」

「私の見る未来にはそう出ているんでな。まあ心配するな、そこで私が礼を助けるためにここに呼んだのさ」

「(僕ががむしゃらにここに来たのって、Kさんに招かれていたのか。一体、この人は何者なんだ)」

「それじゃ、時間もないんでさっそくマスターしてもらうぜ」


 そう言うとKさんは手に何やら力を込める。すると手の先から幾度となく見た緑の蛍光の塊が集まりだす。


「(その光からはとてつもない存在力を感じる。あんなのを喰らったら確かに相手はひとたまりもないだろうけど放った人も下手すると消えてしまうんじゃないのか)」

「この技はめちゃくちゃ強い。なんたって自分の存在力をそのまま武器にしてるわけだからな、相手の保有している存在力が多少高かろうが無理矢理相殺させて相手の存在もろとも消してしまえるだろうよ」

「そんなことしたら自分も消えちゃうんじゃ」

「ああ、でも大丈夫だ。礼の今の存在力なら一回くらいなら大丈夫だろうよ」

「一回きりって……そんなのほぼ博打技じゃないか」

「ほら、いくぜ! 礼! 窓から離れろ!」


 Kさんは自分の身体ほどの緑の玉を正面の窓目掛けて撃ち放った。


「うわっ!」


 礼は間一髪で避けたものの余波で吹き飛ばされてしまう。


「へんっ! どーよ」

「(へんっ! どーよではない。お手本で殺されてしまっては元も子もないじゃないか。いや、この人には僕が避けられるという未来が見えているのか)」


 窓の方には先程あった壁がそのまま無くなったように丸い穴が空いていた。一見物理で壊したように見えるがよく見ると玉の形をした断面が綺麗に切りとられたようになっている。さっきの説明通り存在をそのまま消したのだろう。


「すごい……」


 それしか言葉は出てこなかった。


「だろ! だが礼! お前も今からやるんだぞ?」

「え?」


 そこから数日に及ぶ短くてつらい特訓が始まる。まるでとある時間が短く感じる部屋にいるような錯覚を覚えた。実際未来が見えるこの人なら何かしら時間に干渉することも可能なんじゃなかろうか。



 Xデーまで一日。


「(みんなどうしてるかな…)」

 その日も一日中そんなことを考えながら特訓していた礼の部屋にある人が入ってきた。

「あれは……」


 Kさんと同じ看護服ではあるがこちらはとても馴染みのある人物だった。


「笠井さん……」

「はあ、高嶺くん……どうして」


 看護師の笠井さんは礼のベッドのすぐ横の窓から景色を眺め大きなため息をつく。


 窓はKさんが昨日存在の力で修復済みだった。Kさん曰く好きなときに壊し放題だぞということだ。


「(それは凄いことだがだからといって病院を戦場化するのはかつてここの住人である僕としては複雑な気分ではあるんだけど。それにしても笠井さんやっぱり僕のこと心配して……)」

「どうして……高嶺君がいなくなったら既に買ってあったなろう小説どうしたらいいのよ」


 まさかの違う悩みだった。


「(それもそうか、僕なんて笠井さんからしたら迷惑な患者の一人くらいでしかないよな)」

「見ろよ、うちの妹あんなでも礼にぞっこんだったんだぜ」

「え? そうなんですか? って妹!?」

「ああ、私はちょい事故でもう何年も前に亡くなっちまったんだけどな。まだあの子は小さくてな」

「(それであんなに死に対して敏感だったのか。もしかしたら笠井さんが看護師なのってKさんの影響なのかな。って今思えばKって笠井の頭文字かよ)」

「まあこればっかりは私が呼び寄せたわけじゃないから最初ここの病院に妹が就職に来たときはさすがの私もおどろいちまったけどなあ」

「……はあ」

「まあとにかく、ただ愛情表現が良く分からないからああやって本買って礼の気を引こうとしてたのさ。休み時間だって礼が小説をあんなに絶賛するもんだから頑張って読んでたんだぜ」

「そうだったのか……」

「(僕はなのに自殺なんて考えて…本当に見えなくなってからこんなことが見えるようになるなんて何て神様は皮肉なのだろう)」

「僕……頑張ります。絶対に、智紘さんを助けてみせます」


 それが今自分の最大限出来ることだから。


「おう !いっちょやったれや! 妹も死亡事件がなくなったら多少は救われるんじゃないか」


 Kさんは礼の肩をバンッと叩きそう激励してくれるのだった。


 礼はそこからさらなる猛特訓をする。しかし時間のいうのはそれでも有限で。着々と時間は経ち約束の日の夜もかなり更けてきた。

次回は明日の朝九時です。

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