4章4
「んん…」
「やったー目が覚めたあ!!」
「うわあ!」
「もう、和紗ちゃんいきなりそんな抱きついたら麗華ちゃんビックリしちゃうよ~」
「あの……私どうかしてたのですか。昨日は普通に家に帰って寝ていたと思うんですけど……」
「いや、それがちょっと事件があってね」
「そうでしたの!? あ、そういえばねこまる! ねこまるはどうされましたの! 無事なんですの!?」
「ちょ、ちょっと急にどうしたの、麗華ちゃん」
「い、いえ。私としたことが取り乱してしまいましたわ。……実は、夢を見ましたの」
「夢?」
「そうですわ、ねこまるがお別れを私に言ってどこか手の届かない遠くへ去って行ってしまいますの。それを私は必死で追いかけるのですけど追いつけなくて……」
「そうだったんだ……。実はね麗華ちゃん、ねこまるは、もうここにはいないの」
「え、どういうことですの!?」
「実は」
そう。ねこまるはあの暴走の後、麗華ちゃんと一緒に保護し裏の神殿で二人ともに存在力の一時的な治癒を施していた。神殿の中は僕とお父さんとねこまるで、先に治癒を施し終えた麗華ちゃんはルリ子と前川さんによってルリ子の自室に運ばれた。
ねこまるは一命は取り留めたものの、今までよりさらに全員がやつれてしまっている。そしてもうあの暴走したときほどの存在力は感じられない。
「ああ、ここは……」
「良かった、なんとか意識を取り戻せたようだね」
「そうか。ここはあの神社。私を無事退治してくれたようだな」
「いやあ、強かったからなかなか苦戦したけどね。今日もう一件でも別の案件が入っていたら間違いなく倒されていたね」
「ふん、やはり謙虚な生き物よな。人間と言う生き物は」
「いえいえ」
「それよりお願いがある」
「なんでしょう」
「私を、消してくれないだろうか」
それは意外なお願いだった。
「どうして? ねこまるは麗華ちゃんをこれからも守るんじゃ」
「そうだな、あの子はこれからもあの体質柄色んな敵に狙われることになるだろう。しかし、私ももう守れるほどの力が残っていない。このままじゃいつまた悪霊化やはたまた廃人化するか分からない」
「それで自分を退治してあの子を保護してくれ、そんなところでしょうか」
「そんな! それじゃ麗華ちゃんが……」
とそこまで言おうとしてお父さんに手で制される。
「分かりました。いいでしょう。それでは最後の別れをなさってください。麗華さんなら治癒をしてうちの別棟の方に運んでおります」
「へへ、あんたいいやつだな。だが心配はいらない。猫の最後ってのは飼い主には見せないもんなんだ」
「……そうですか。では昇仏の儀を始めますね」
そうしてお父さんは何やら聞き取れるが理解の出来ない言葉の羅列を唱え始めた。
「お、そうだ。この私の存在力だが。せっかくここまで溜めてきたものをここで捨ててしまうのももったいない。全部こいつに譲渡することは出来るか?」
「ええ、もちろん出来ますよ」
「よし、じゃあそれで頼む」
「!? いいのか?」
「ああ、その代わり麗華をちゃんと守ってやれよ。これからはお前がその責務を果たせ」
「……ああ。ちゃんとやってやる。だから……安らかに眠るといい」
「言われなくともそうさせてもらう」
それが最後の言葉だった。
ねこまるはみるみるドライアイスのように消え始めたと思いきや、泡のように最後はなくなってしまった。
「結局、彼も麗華ちゃんも何者だったんですか」
「ねこまるはおそらくオオヤマツミの一部だろう。確かオオヤマツミはいくつかの動物に擬態をして現世を生きるものがいるとは聞いていたがまさか本当だったとはね」
「オオヤマツミ?」
「森の神様の一種だよ。私もかつて一度だけ会ったことはあるんだけどね。まさか人生で二度までもお会いすることが出来るとはね」
なんだか感慨深そうに何度も頷いているお父さん。どうやらよっぽど珍しい存在らしい、まあ神様だし当然か。自分がこんな状況でないならもっと驚いていたかもしれないがとにかく最近心に潤いがなくなってきていていけない。
礼はただそこにいたはずの生物がいた面影を見ていた。
「とまあ、そういうわけなんだ」
「まぁ……なんということですの」
麗華ちゃんはさすがに言葉が出ないようだった。
「(そりゃあそうだ。麗華ちゃんにとっちゃとても長い付き合いな上に最後に見たのは僕らに預けた時だ。後悔すらしている可能性だってあるかもしれない)」
「でも、しょうがないことですわね」
「え? そんなあっさり?」
「いえ、とてもかなしいですわ。ねこまるは私にとって本当に……本当に大切な存在でしたの。でも大丈夫ですわ……だってねこまるは今も生きているのですから」
「え?」
そういうと麗華ちゃんは僕の胸を指差した。その指はとても小さいはずなのにとてもたのもしくまっすぐ礼を指す。
「だってねこまるはここに今もいらっしゃるのでしょう?」
「(そうだ、確かにねこまるの存在力は今も僕の中にあるわけだ。そこにねこまるの意識はないと分かっているはずなのに麗華ちゃんはそう思うことで自分に踏ん切りをつけているのかな…ダメだ、これが幽霊の目にも涙ってヤツなのかな)」
「うん、そうだね。きっといるはずだよ」
「びええ、どんだけ強い子なんだ! 麗華ちゃん!」
「そうだよー。ここにいる幽霊さんがこれからも守護霊として麗華ちゃんをきっと守ってくれるはずだよー」
気が付くとみんなも泣いている。前川さんなんてもはや涙なのか鼻水なのかさえ分からない。
「感動のところ悪いが、少し私から今後の話をさせてもらってもいいかい?」
「? なんでしょう」
「えー、空気読んで下さいよー!」
さっきまでくしゃくしゃになっていた顔はもう膨らんでいる。
「いや、とても重大な話なんだ。千童院さん、君はもしかするとなんだが伝説の負の特異点の持ち主なのかもしれない」
「負の特異点ー?」
「な、なんですの。それは」
「言葉だけだとピンとこないかもしれないけど、負の特異点というのは唯一霊体に干渉することが出来る体質のことなんだ」
「確かに私、ねこまるに触ることが出来ていましたわ」
「そうなんだ、しかしこれには少し問題があるんだ。この体質は触った対象から存在力を吸い取り周りに四散させてしまう。つまり、厳密に言うとその人が周りから手に入れてきた今までの存在力を元の場所に還す。簡単に言うと存在力を奪ってなくしてしまうんだ」
なんてこった、それじゃあねこまるが衰弱してたのって。
「つまり、私がねこまるを殺したということですの」
「他にも要因はあるだろうからそこまで自分を落とし込まなくてもいい」
「はいですの……」
「ともかく君の撒いた存在力をもらいに廃人や悪霊が寄ってくる。あの猫もかなり悪霊化した廃人達から君を守っていたみたいだからそれなりに存在力を稼いではいたみたいだけどね。どうやら君の存在力を還元する力の方が多かったんだろう」
その事実はいくら大人びた言動の多い麗華ちゃんとは言え残酷極まりなかった。
「お父さん、やっぱり伝えなかった方が良かったんじゃ……」
「いや、今後の彼女のためだ。今は辛いかもしれないがこれから無知で居続けるのは彼女にとっても良いことだとは言えない」
「お父さんの言う通りですわ、私。これから辛いこともありますけど、その分みなさんが今度はついていらっしゃいますわ。それだけで何倍も心強くてよ?」
麗華ちゃんは震えた声でそう言う。
この小さな少女は今自分の大きな力に初めて向かい始めたのだった。
次回は今日の夜九時にあげます。




