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3章2

 そして翌日。その日は休日だった。


 だから駅の周りは人でごった返していたし、その横の道路を走る車はこんな田舎町では本来起き得ないのだが信号が赤になれば列が出来るほどには渋滞していた。


 待ち合わせの時間より少し早く集った僕達はルリ子から作戦を聞く。昨晩家で聞くつもりだったのだが体力をつけておかなきゃねとルリ子は珍しく早寝を決め込んだため聞きそびれてしまったのだ。


「こういうの引き受けるなんてルリ子にしては珍しいね!実は告白してきた彼脈あり?」


 前川さんは朝一の集合にも関わらずいつものテンションでこのこのとルリ子を小突く。


 その何気ない一言を僕は見逃すことが出来ず。


「え? そうなの、ルリ子」


 この時の自分の表情は一体どんなだったのだろうか。ルリ子は一瞬驚いた顔を見せその後すぐにっこりといつもの笑顔に戻ると、


「ううん、違うよー、実は今回のデートは代わりの人にやってもらおうと思ってるの」


 そう応えた。


「そ、そうか。でもルリ子以外がデートしちゃダメじゃないの?」


 若干の疑問を感じながらも礼は感情の変なもやもやが晴れたことに気付く。


「(何で僕は今ほっとしたんだろう。ルリ子はただの友達だっていうのに)」

「んっとねー、あ、そうだ!みんなちょっとこっちに来てー」


 ルリ子に呼ばれ何気なしに駅の外周にある薄暗い裏路地に入る。


「なになにどったの?」

「じゃあ和紗ちゃん今日一日護衛よろしくね」

「(うおっ、なんだ!?)」


 ルリ子はなにやら呪文をブツブツと唱えだし、すると煌々と体が緑の蛍光を発しだした。


 それは、路地裏が薄暗いことも相まってまるで夏夜を飛ぶ蛍のような神秘的な明るさだった。


「ルリ子、どしたの?デートじゃないの今日?急に光りだしたし私もう何がなんだかだよ!」


 自分も状況が全く掴めていないが前川さんはそれ以上に頭がはてなでいっぱいのようで心の内を全身を使ってわたわたと手をはためかせ表現している。


 緑の明かりでルリ子の顔が見えなくなってくる。


 ビュンッ


 緑の明かりに一気にルリ子の胸に一点集中すると礼の体目掛けて入ってきた。


 暗転。


「ん……なんだ?」


 一瞬視界が暗転したがすぐに意識が戻る。気が付くと何やらさっきと若干景色が違って見える。


「前川さん、一体何が起きて」

「あわわわわ」


 前川さんは血相を変え歯をガタガタと言わせ怯えている。


「どうしたの?」

「も、もしやあんたルリ子じゃないの?」

「え……何を言って……僕だよ、高嶺だよ」

「まさか、そんなバカな…何で!私のルリ子は!どこ!」


 前川さんは礼の胸倉を掴んで揺すってこようとする。が、それはいつもの空振りなどではなく本当に服に触れている。そしてそれと同時に感じる胸の振動。


「(あれ? こんなとこに余分な膨らみあったっけ?)」


 って…もしかして。


「前川さん、僕もしかして僕じゃない?」

「そうよ、あなたはどこからどう見たってルリ子の姿だわ!」

「な、なんだってーーーーーーー」


 慌ててくるりと一回転し、服装を確認する。間違いない、こんな一般的なコスプレ街でない最寄り駅に二人として巫女服が存在するわけがない。


「(そしてなにより……)」


 礼は足元を視界から奪っているその禁断の果実に釘付けになる。こ…こんな未知なる触感を味わえるなんてもう今後ないだろう。


「ええい!」


 僕は勢いよくそれを鷲掴みにしようとし、


「んーーーー?それはちょっといくら高嶺君といえど許されないなあ」


 その腕はがっつりと前川さんに掴まれるのだった。


「じょ、冗談だよ」

「冗談か! だよね、あっはっは」


 いつものように愉快に笑う前川さん。でも一向にその腕を放してくれる気配がない。それどころか。


「(いて、いててて、ほ、骨が。傷じゃなくて痛覚にくるタイプだ)」


 久々の痛みに礼は感動を覚えながらも悶えるのだった。


「ふう、本当は手錠でもしておきたいところだけど、まあこの辺で許してあげるよ」

「あ……ありがとうございます」

「(とほほ、これはなかなか自由が利かなさそうだ)」

「お、おおお待たせしました~~!」


 そうこうしていると駅のほうから声。何が入っているのか分からないリュックに赤いチェック。そしてダボダボの丈が合ってないズボンをはいた昨日の男がやってきた。


「(普段休日以外制服しか着ないから若干ファッションセンスが培われないのは分かるがもう少しどうにかならなかったのかい)」

「あ、あれ? 今日はルリ子さんだけじゃないんですか」

「まね! あんたとルリ子だけじゃちょっとじゃないくらい不安だし!」

「さいですか。まあ仕方ないですね」

「で、今日はまずどこに行く予定なのー?」

「(ルリ子ってこんな感じだっけ)」


 とりあえず見よう見真似で喋り方をマネしてみる。というか予想以上に恥ずかしい。


「(女の子を演じるってこんなに小っ恥ずかしいものなのか。というものの今は本当に女の子ではあるわけだけど)」

「えへへ、それはですね。僕の行きつけのあるお店ですよ」


 男はそういうと礼と前川さんを連れて行く。


「(ついに…ついに始まるのか。僕の人生至上初めてにして最悪のデートが)」

「ここは?」


 まあ聞かなくとも何となく分かるけど。萌え絵がイラストされ積まれた本、あざとい格好とポーズでガラスケース越しに誘惑してくるフィギュア達。チュパカブラとかだったらここは天国ざんすか! と目を輝かせそうな空間。


 しかし、一応ライトノベルにカテゴライズされはするが生憎なろう小説という局所的な小説しか読んでこなかった僕にとって全くといって良いほど楽しみ方の分からない空間である。まあ、そっちの方が世間一般で言うところの“清楚キャラ”のルリ子を演じる分にはいいのかもしれない。


「(というか前川さんはどう思っているんだ。のこのこと憑いてきては見たけど明らかにデートの最初のプランとして落第点じゃ済まないレベルじゃないのか)」

「ぬあー! オカルティック少女耀子ちゃんだ! 完成度高いじゃないか!」


 前川さんはガラスケースに鼻を押し当てフィギュアをいろんな角度から目を輝かせ見ていた。


「(なんてこった。まさかの前川さんにとっては意外に好感触だったようだ)」


 しかし、ここは異様な雰囲気だ。店内にいる人達はどれもこれも同じ見た目と格好をしているし、この甲高く喧しいBGMも病院暮らしだった礼にとってはとてもではないが居心地が良いとは言えない。


「ど、どうしたの? ルリ子さんもしかしてお気に召さない?」


 男が礼の顔色に気付いたのか顔を覗き込んで心配してくる。そしてさりげに肩をボディタッチ。


「(この野郎、何さりげなく触ってきてやがる)」


 しかし、今はルリ子である以上こんなことは言えるはずもなく。


「い、いえ。少し落ち着くところに行きたいですわ。どこか喫茶店でも行かなくて?」


 なんかキャラがぶれている感が否めないが、体調が悪くてそんなとこにまで気を使ってられない。周りの騒音と久々の生身の身体ということもあって疲れが異様だ。


「わ、分かったよ。じゃあこの辺に僕の行きつけの喫茶店があるんんだ。そこに行こう」


 よし、これでやっと落ち着ける。


 そう思った自分はなんと滑稽だったことだろうか。今思えば最初のデートにアニメグッズ専門店を選ぶような人が真面目なわけがないじゃないか。


「おかえりなさいませ! ご主人様! お嬢様!」


 メイド服に身を包んだ女の子達がスカートを軽くたくし上げ、挨拶をする。


「お、おひょお。おっと僕としたことが。ではルリ子さん、和紗さん。僕の一番オススメの席があるので来て下さい」

「すごい! こんなに女の子がいるなんて!」


 前川さんはぴょんぴょん跳ねながらメイドに握手をしてもらいに行ったりとご満悦なようだ。今日のこのデートでの唯一の収穫と言えば前川さんはただのオカルト少女ではなくかわいい女の子も好きということだな。


「ルリ子さん、どうですかここから見える景色」


 男に促され窓から景色を見る。


 そこにはここのお店がマンションの最上階のテナントを借りていることもあって商店街のサブカル路線が並んだ道にプリントされたアニメ絵がよく見えるという仕様になっていた。


「(そういえば最近こういった田舎町では若い層の観光客を取り入れるためにこういうアニメやゲームの町おこしが流行っているとは聞いたことはあるけどまさかこんなところでもやっていたとは)」

「うん、すごいいい感じだと思うよぉ」

「そ、そう! それは良かったです!」


 男はとても嬉しそうだ。ちょっとルリ子のおっとりした感じというよりかは若干離れたあざとい振る舞いになっている気はするけどしょうがない。なにせつい数時間前まで女の子と恋愛のれの字もしたことがなかった男子高校生だったのだ。


 男が何か頼むと言うのでとりあえず女の子っぽく?アイスティーでも頼むことにする。


 男は『らぶらぶ♡恋占いオムライス(千九百八十円)』というとんでもないものを注文。こういうところに来る人たちの金銭感覚は普通の人間より数歩上を行っているようだ。


「じゃあちょっと僕はトイレに行ってくる。料理が来たら少しくらいなら食べてもいいからね」


 男はもじもじそう言うとトイレに行ってしまった。ルリ子の間接キスを狙っての作戦かもしれないけどそうはさせない。


「(ルリ子ならいいの!? ありがとうー! なんて言って何も考えずに食べてしまいそうだな)」

「ねえねえ見てみて! メイドさんと写真撮っちゃった! すごいでしょ!」


 辺りを見回しながら適当に時間を潰していると前川さんがものすごく上機嫌で自分の隣の席に座ってくる。


 スマホの画面には完璧に自然な笑顔のメイド達と一緒にニカッと笑う前川さんの笑顔があった。


「そういえば依頼人はどったの?」

「さっきトイレに行ったよ」

「そかそか、にしてもなかなかいい趣味してるじゃない彼!友達に欲しいくらい!」

「どこをどうみて!? いや、それにチュパカブラとキャラ被るでしょ……」

「そんなことないよ! チュパカブラはどちらかというとアイドル趣味が強かったから全然違うよ!」


 そんな軟水と硬水ぐらいの違いを言われても困るのだが。


「でも不思議だよねー」

「何が?」

「確かに彼は思ったよりも良かったけど、どうしてルリ子、こんなデート引き受けたんだろう」

「うーん、結局そこだよなあ。引き受けた割には僕にルリ子やらせて自分は全くだしさ」

「だよねえ。でも私のかわいいルリ子に今日以降付き纏われるのも嫌なんだよなあ。そうだ!そろそろデートも終盤だしさ。嫌われるように振舞ってみてよ!」

「え!?どうやってさ」

「そんなの簡単だよ! 彼には悪いけど露骨に態度悪く振舞ったらいいんだよ、ルリ子が絶対言わないようなことを言ったりさ」

「そ、そんなのムリだって! さっきまでそこそこ上機嫌を演じてたのに絶対おかしいって!それにそんなことしたら依頼だって達成したことになるかどうか」

「だいじょぶだいじょぶ!あくまで今回の依頼は『好きな人に告白したい』とか『デートしたい』とかで結果については触れてない依頼だからね。ほら、彼帰ってきたよ! うまくやってみて!」


 それだけ言うと前川さんは何事もなかったようにする。そんな自分達の勝手な解釈で貯まるもんなんだろうか、その存在力というものは。


「おまたせです。注文まだ来てない感じですね」

「はあ、なっげえよ。いつまで待たせるんだよ」

「え」

「あのさあ、こんなお店で満足すると思ったわけ。もっとあったでしょいろいろ」

「きゅ、きゅきゅきゅ急にどうしたの?」


 男がまさに鳩がマシンガンでも喰らったかのようなレベルで困惑した顔を向けてくる。


「(やめてくれ、ノリでやってはみたけどそんな顔をされるとさすがに心が痛む)」


 前川さんは男にばれないように僕の方と反対側に顔を隠しているがクスクスと笑いが漏れてしまっている。


「(前川さん、相変わらずあんたって人は無邪気に残酷だよ)」


 しかしここまできたからにはもう引き下がれない。


「(いいさ、やってやる。僕もルリ子に嫌な虫が付くのはどちらかと言えば嫌だしね)」

「なんでもねえよ、くるもん来たら早く食べて次連れて行けよな。といっても誰とも付き合ったことないようなあんたが思いつくとこなんてどうせ知れてるだろうけどね」

「ご、ごめん。つ、次こそはちゃんとしてますから期待しててください」


 そうして沈黙の中、三人で食事を済ませ、次の目的地へ向かう。


「(僕はあの日見た注文を持ってきたメイドさんの顔を一生忘れることはないだろう)」


 メイドカフェの通りを抜け、すぐ隣の通りの古いお店の建物に入る。次もどうせサブカル路線だろうとたかをくくっていた礼であったがそれはいい意味で予想通りではあるものの期待を裏切られることとなった。

次回は明日の朝九時です

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