2章6
「さて、ここでいいかなー」
その後適当にいくつか方針を決めた礼達はちょうど外が暗くなってきたのを機に目安箱を学校内のいくつかに複数配置して解散することになった。
ちなみにビッグフットは筋トレ部チュパカブラはアイドル育成部とそれぞれ非公式サークルも兼部しているらしく話の途中でそそくさと出て行ってしまった。
果たして本当に彼らはオカルトに興味があったのだろうか、それが一番の礼にとってのオカルトとなってしまったことは間違いないだろう。
「せっかくだし何か飾りつけして祠っぽくしようよー」
そう提案するルリ子。
仮にも神様に仕えている人がそんな神様のバーゲンセールを推進していいのだろうかという疑問があったものの前川さんはそれに見事に乗っかってしまう。
「いいね! さすがルリ子!さすルリ!じゃあちょっとそこで待ってて。急いで部室で適当に作ってくる」
そう言うと前川さんは大急ぎで部室へと階段を駆け上がりあっという間に姿が見えなくなってしまった。
そして数十分後。
前川さんは何やら細々した紙の部品のようなものをスキップしながら戻って来た。
「お待たせー。作ってきたよ! こうしてこうで、さてどうよ!」
木箱に『なろ神』とバランスの悪い字で書かれたそこにしめ縄、紙で作られた杯、そして箱の上にみかんが置かれた。
「(いや、これじゃあどこからどうみても祠というより鏡餅なんだけど)」
「うん、完璧だねえ!さすが私!じゃあ帰りますか!」
そう言ってルンルンと帰りだす前川さん。
「さ、私達も一緒に帰ろー」
その後ろを礼達も付いていく。
「(本当にあんなのに願望を書いて入れてくれる人が万に一ついるのだとしたら確かにまともな人なら叶えられなさそうなものではありそうかな)」
帰り道。
話は何気ない雑談から礼の昔話になった。
「え? じゃあ高嶺君ってここの生徒なの?」
「はい、でも持病を患って入院してしまって」
「あー、それで残念なことに。お悔やみ申す!」
頭を勢い良く下げる前川さん。なんだかそんな勢いで頭を下げられるとまるで弟子でもとっているような気分にさせられてしまう。
「いや、実はそれとは別で……。入院中に殺されてしまったんです」
「な、なんだってーーーーーーー!!!」
そのリアクションにBGMをつけるのだとしたら火曜サスペンスがピッタリなのではないかという反応。
「は、犯人は見つかったのかい!」
前川さんは相変わらず掴めもしないというのに肩の位置に手を置きぐらぐらと揺するようなジェスチャーをする。
そうこうしながら歩いているとだんだん街頭が並んだ道に入る。狭い通路は今が日の落ちた時間帯であるのも相まってあの殺された時に雰囲気がそっくりに演出されている。
「(そういえば確か昨日もこんなことを思ったような気がする。霊は自分の死に場所をさまようとはいうがあながち間違っていなかったのか)」
「実はまだです。あ、そういえば丁度この辺りが事件の現場だったような」
「えー! 怖いよう!」
「ふーむ、じゃあもしかしたら犯人に遭遇するかもだね。ほら、犯人は現場に戻ってくるとも言うし」
怖いといった感じで頭を抱えるルリ子に対して全然臆せずそんなことを口にする前川さん。この人なら目の前にどんな生物が出たとしても笑って対処してくれそうだ。
「いやいやまさか、それはないですよ。だって昨日現場に行った時も犯人の手がかりが一つもなかったんですから。そんなところにわざわざ」
とそこまで言いかけたところで息が止まる。まあ、息なんてはなからしてないけど。
そこにはあの時のあのままの姿の黒ずくめの男が立っているではないか。
「あ……あれは」
「(おかしいな、あまりにトラウマになって幻覚でも見てるのかと思ったけど何度も目を擦っても消えないや……)」
「どうしたのー? もしかして犯人とか?」
ルリ子はいつものおっとりとしたペースで茶化しを入れてくる。
「そ、そうだよ……あの見た目にこの場所。本当に戻ってくるなんて」
でもどうしてだ。なんでわざわざ殺した奴の場所なんかに。
「やあ、まさか君にまた会えるなんてね。神に愛されていたのは私だけだと思っていたのだけれどどうやら違っていたようようです」
「!?」
その言葉に反応することが出来ない。
「(僕のことが……見えてる!?)」
「神に愛されている人は二人もいらない。つまり、片方をその座から引きずり下ろせば私が一番になれるわけですね。と、その前に。どうやら君たちも黎明高校の生徒なようですね。決めました、今日はそこの二人を引きずり下ろすことにしましょう」
そういうと黒ずくめの男は包丁を服の内ポケットから取り出しこちらに歩み寄ってくる。
やばいこっちに近づいてくる。
ルリ子の方を見るとはぶるぶると震えたまま動けないでいる。
「(あの時の僕がそのままルリ子に置き換わっているのを違う視点で見ているようだ。まずいまずいまずいぞ)」
「走れ!」
その時前川さんが大きな声で発声したと同時にルリ子を掴んで走り出した。前川さん、肝がかなり据わってらっしゃる!
礼はあわてて二人の後を追う。もちろん犯人も。
「こ、これからどうする! 高嶺君! あいつかなり言動がいっちゃってたけど」
「どうしましょう!」
「ちょ、ちょっと体力が持たない~。こんなに走るように身体出来てない~」
早くもおそらく人生のマラソン最長記録を更新したであろうルリ子は限界なようだ。
「もう! このままじゃルリ子殺されちゃうよ! それでもいいの!」
「それは嫌だ~。でも走るのも無理~」
しかしそんな前川さんの激励も空しくその言葉と同時にルリ子は立ち止まってしまった。
そしてすぐに黒ずくめに追いつかれてしまう。
「あ~あ。分かってはいましたけど神に愛されているのは私なわけだから逃げても無駄なのは当たり前なのですけどね。まあ良く頑張った方じゃないですか、お疲れさん」
男がどんどん近づいてくる。
「(くそ、こんなあっさりゲームオーバーなんてあるのかよ。神ってものが本当にいるのかは正直分からない。でも)」
礼はここ数日間のことを思い出す。ここ数日の、孤独のスタートから始まって絶望の淵に立たされてるところをお父さんに拾ってもらい、今では自分を助けてくれる仲間も出来てやっと始まった人生の再スタート。
そんな、奇跡に溢れたこの数日を終わらせたくない。
「(来るなよ、来るな。止まれ止まれ止まれ止まれ!)」
「ん? 何だ?」
その願いが通じたのか男が後数メートルもないところで止まった。表情はフードに隠れていてよく見えない。
「ははは、これは何が起きたっていうのかな。身体が……動かない」
「え!?」
礼は誰よりも驚いてしまう。そりゃ確かに僕はそう願ったけどまさか本当に動かなくなるなんて。
「ぐふっ」
とその隙を狙い前川さんはすかさず間合いに入り正拳突きをお見舞いする。
男は反抗どころか受身を取ることも出来ずそのままの体勢で地面に倒れそこに前川さんが乗りかかりカバンから取り出したしめ縄で手と足を縛り上げた。
「ふう……世界の平和は私が守る!」
そのあまりの手際のよさにうっかり正義のヒーローになりきってしまった前川さんであった。
「で、こいつどうするよ!」
前川さんは腕をぶんぶんと振りながら聞いてくる。こちらの返答次第では男は何かしらの制裁を受けることだってあるだろう。
礼は黒ずくめを改めて凝視してみる。
さっきまで死を与えられる側だっただけにこうあっさりと対象が無力の存在に変わってしまうとそれはそれで価値観の起伏に整理がつかない。
手と足と身体を縄で縛られた黒ずくめは地面にあぐらをかいたままなんの反応もない。
確かにこいつには幾度となく酷い仕打ちを受けたしトラウマにだってさせられてしまった。警察に突き出すだけでは腹の虫がおさまるわけがない。
「(とりあえずその面がどんな顔か見てやる)」
礼は奴の目の前に立つと勢いよくそのフードを開けてやった。
その顔は意外な人物だった。
「な、なんでお前が……」
「うそ……なんで……」
前川さんが余りの衝撃に膝から崩れ落ちる。
しかしその反応も当然としか言いようがないだろう。
「ふふふ、その反応はどうやら私と君達は知り合いだったようですね」
そこには前川さんの部員であり、自分自身つい今日見たばかりであるチュパカブラの姿があった。
チュパカブラはクックックと悪役の幹部さながらの笑いをし礼達を嘲笑う。
「な、なんでお前が……じゃあお前は今日知り合う前から僕のことを知ってたってことなのか?」
「ん? ああ、君達は私を見ても何も察することが出来ていないのですか。てっきり同種がいるものだから私も死を受け入れていたのだが。ククク、やはり私は神に愛されているようです」
チュパカブラはよく分からない独り言をただつらつらと話す。
「質問の答えになってない、何がおかしいんだ」
「いや、なんでもないですよ。君達のお友達であるこの男はもう用無しだ。私は次のリンクを探すとするよ、ではさらばだ諸君」
そう言うとチュパカブラはガクリとうなだれ数秒、はっと再び顔を上げた時には先程の鋭い殺意に満ちた目つきとは一転し今日出会ったいつもの目つきになっていた。
「あれ? なんであっしはここに?というか皆さんお揃いでどうしたでざんすか?」
「チュパカブラ、さっきまでのこと覚えてないのか?」
しかし、チュパカブラは何も返答をしない。というより明らかに礼と焦点が合っていない。
「(この感じには覚えがすごくある。幾度となく味わってきた僕のことが視認出来ていない感じだ)」
「チュパカブラ、さっきまでのこと覚えてないの?」
何かを察したのか前川さんが礼の質問を復唱してくれる。
「え? 何がでざんす? あっし何のことだかさっぱり」
その質問にいつもの様子で答えるチュパカブラ。
どういうことだ?さっきとは全然雰囲気も違っていれば語尾もいつものざんすに戻っている。
「チュパカブラー!!」
「は、はい! なんざんす!?」
声を張りながらすごい剣幕でチュパカブラの前に立つ前川さん。そしてじっと彼の顔を凝視する。
それに対して頰を赤らめ恥ずかしそうにするチュパカブラ。
「な、なんでやんすかかずにゃん。そんなに見つめられたら照れるでやんす」
「良かった! 元のチュパカブラだ!」
前川さんはホッとした様子でチュパカブラにいきなり抱きつく。
「おはー!! ここが楽園ざんすかあ!? もうあっし死んでもいいざんす!」
「(おい、幽霊はなかなか大変なんだぞ。って前川さんもまだチュパカブラが別人格を装ってる可能性だってあるかもしれないのに……まあ、お互い幸せそうだしいっか)」
あんなに抱きつかれて嬉しそうなチュパカブラを見て疑うのは野暮というものだ。
「ねーねー」
礼がずっとその二人の仲の良い様を見ていると横から裾を引っ張ってくる空振りをしながらルリ子が声をかけてきた。
「(なんだ? 前川さんのマネか?)」
「ちょっといいー?」
ルリ子が声を潜め出す。何か重要な話なのだろうか。
「チュパちゃんのさっきの様子の変わり様で何か感じなかった?」
「(というかチャパちゃんってチュパカブラのことか? そんなゆるキャラチックに呼んでも本来のあの欲望に満ちたふるまいは変わらないんだぞ)」
「いや? 特には何も感じなかったけど」
「そう? じゃあ私の勘違いなのかなあー。うーん、でも確かにそんな気がしたんだけどなー」
うんうんと頭を悩ませるルリ子。
「どうかしたのか?」
「実はね、チュパちゃんがさっき様子が変だった感じから元に戻った時にねー、存在力がかなり消えた気がしたの。最初あの黒い人に会った時はあまりに大きかったからてっきりそういう地形に入ったのかと思ってたんだけど私みたいな見習いでも分かるくらいすごい変動だったから高嶺君も感じたかなって思って」
「つまりさっきのおかしかった時のチュパカブラは存在力がめちゃくちゃ強かったってことか?」
「うんー、個人の存在力ってその人を認知する力に依存するはずだからあんまり変わったりしないと思うんだけどねー。とりあえずチュパちゃんに聞いてみるしかないね」
「ああ、そうするか……ってうわっ!」
ふと前川さん達を見ると血が広がり倒れているチュパカブラがいた。
「チュパちゃん!?」
急いでチュパカブラの近くに駆け寄る。
「あは……もう最高ざんす……」
鼻血を垂らしてまさにエクスタシィという感じのチュパカブラだった。
次回は明日の朝九時です。




