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2章4

「さて、せっかくたまたま同じ学校に進学したというある種運命とも言える偶然を前に行くとこはただ一つ」


 礼はある人がいるはずの教室の中へ失礼する。


 今日は理科室に行ってなければいいんだけど。


 さっきまでいた教室とはほとんど大差ないわけだがその中でも一人、礼にとってはいるのといないのとでは教室の映え方が雲泥の差とも言える人がいた。


「はあ良かった。今日はちゃんと教室で授業受けてくれていた」

「(流石に毎日毎日午前中とはいえ理科室にこもってなんていたらクラスで浮いちゃうもんね。現に他学年にまで噂になっちゃってるわけだし)」


 智紘さんは横の席らしく、鹿子さんに横から声をかけられている。


 よかった、この前の件は仲直りしてくれたようだ。


「ねー、何してんのそれ」

「特殊な鏡面構造をしたガラスに色んな光のスペクトルを当ててそれに対する視覚による錯覚の違いを数値化して調べてる」


 なんだか怪しいガラスパネルを机に立てたり並べたりしてそれをカメラのようなもので時々除いたり何かを打ち込んだりしている智紘さん。視覚を数値化なんて出来るのかどうかはさておき物凄く浮いてることは歴然である。


「(はあ、好きな相手とはいえなんでこうも僕の周りは変な人しかいないのだろう。僕の存在がオカルトだからオカルトチックな人しか関われないというのか)」

「うえっ、相変わらずだよこの子は。これじゃあ教室にいてもほぼ何も変わってないじゃん」


 と礼の代わりを代弁してくれる鹿子さん。


 礼は思わずナイスツッコミとエールを送る。


「だって鹿子が授業には出ろってうるさいからさ」


 そういいながらも智紘さんはなんやかんや毎回言うことを聞く。結局、彼女は素直じゃないだけなのだ。


「というか今国語の授業だよ、やるにしたって社会とかさ、文系科目にしなよ」

 そんな文系科目なら許されるとかそういう問題ではないような気もするが。

「え~、であるからここは。あの、そこちょっと静かにしなさい」


 そこで言わんこっちゃないと先生に声をかけられる。その国語の先生は見た感じ四十代くらいの容姿ではあるが茶髪のセンター分けや胸ポケットに刺繍の入ったとても綺麗な茶色のスーツを着こなしていて自然と古臭い感じがしない。


「で、福本さん。なんですかそのガラスは」

「いえ、これは特に意味のあるものでは」

「いいから見せてみなさい」


 そういって教師は智紘さんの席まで来ると手の平を差し出す。智紘さんは特に反抗をするわけでもなくさっと渡す。


「ん~なんですかこれは。ちょっと変わった形の結晶をしてはいるけどただのガラスじゃないですか。先生の授業よりこんなものの方が大事なのですか」

「まあ、暫定的には」

「(うわ、さすが智紘さん。容赦のないことをばっさりと告げる)」


 すると先生ははははと高笑いをする。


「いや~、ここまでハッキリと言われてしまうと先生も困ってしまいますね。まあいいでしょう。みなさんも福本さんのように何か興味を持つことを高校で持つようにして欲しいですね。最近の生徒は昔と違っていてあまり物事に対して興味を抱かないようになってしまっているように見えます。興味を持たないと夢や希望というものを持ちにくくなりますから。福本さん、あなたはこのガラスに興味があるってことは将来ガラス細工屋にでもなりたいのでしょうか?」

「いいえ、そういうわけではないですけど。でもそれは私の今後のためにはとても大事なものなのは確かです」

「そうですか。なかなか執念のこもったいい目をしていますね。分かりました、今回は特別に担任には告げ口せずに返してあげます」

「ありがとうございます」

「でも次はそうはいきませんからね。まあみなさんも興味や夢を持つのを見習っては欲しいですが授業態度までは見習わなくていいですからね」


 そう言ってちょっとした笑いを取ると再び教卓の方に戻り授業を再開した。


 とてもいい雰囲気の先生に見えるはずのシーンであった。しかし礼はなぜかその先生の言動がとても怖く感じられずにはいられなかった。


 そして放課後。


 学生の諸君はソーラー電池でいつまでも走り続ける発電車のように低燃費全開な者からこの前公園で見た廃人までとはいかないものの干された野菜のように机に崩れたまま動かない学生と様々だ。


 あんなに授業の頃は狭い教室の中で同じ方向へ机を並べて授業を受けていた生徒も終了の合図一つでここまでバラバラになるというのだから人間の多様性というのは他の生物とはやはり一線を画していると言えるだろう。


「ちーちゃんこの後何か予定とかあったりする?」

「私は今日は午前中出来なかった実験を理科室で」

「あーもう!理科室以外の予定なら?」

「それなら特には」

「じゃあさこれから一緒にパフェ食べにいかない?駅前に最近新しく出来てさー」

「い、いやでもそういうとこってこの時間帯でオープンしたてだったら並ばなきゃいけないんじゃ……。私人が多いとこはちょっと」

「何言っちゃってんのさ。ああいうのは並ぶからうまいんだよ、さあいこ」

「それ全然筋通ってな……ちょっと! かばん引っ張らないで自分で歩けるから!」

 智紘さんはかばんを引っ張られ変な体勢のままパフェ屋へと連行されていくのであった。

「(くそう。なんて華やかな光景なんだ。ぜひともお供したい。もし出来たなら残り日数を待たずして成仏してしまう自信がある。別に未練も明確に告白したいってわけでもないだろうし。ただ僕は…智紘さんともう少しだけ思い出を作りたいだけなのかな)」


 しかし、そんな願いさえも叶わず今日は不幸なことにすでに先約がある。成仏をちゃんとするために成仏できそうな案件を見逃すというのも矛盾している気はするのだが。


「おーい、高嶺くーん」


 丁度後ろの方から声が聞こえてくる。ぱっと振り返るとルリ子がこちらの方へぼちぼちと急ぐわけでもなくゆっくりなペースで歩いてくる。しかもその巫女服という普通に過ごしていたら初詣にくらいしかお目にかかれない衣装で誰もいない空間に向かって呼びかけている光景は嫌にでも他人の目が集まる。


「(やめてくれ、僕に直接視線が向いてないにしてもルリ子への視線が間接的に僕に当たって痛い)」

「もう、探したんだよ高嶺君。急にいなくなっちゃうからビックリしちゃったよ」


 ルリ子は冬場だというのにたらたらと汗をかいている。まさか本当に探してくれていたというのか、あんなに依頼を嫌がっていたルリ子が……。


「ふう、今日は廊下二回も往復しちゃったよー」

「ただの運動不足!」


 よし、これからはルリ子の健康のためにも定期的に姿をくらませてもっと運動させることにしよう。そう心に決める礼であった。

次回は明日の朝九時です。

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