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プロローグ1

「はあ、今日ものどかだなあ」


 暖房がガンガンに炊かれた部屋で若干の頭痛を感じた少年は換気も兼ねて気分転換に窓を開けてみる。

 少年の名は高嶺礼(たかみねれい)。特性だけならなろう系ライトノベルが好きなただの中学生である。


 十一月の終わり。


 秋の終わりを告げるように褐色に枯れた木の葉が一枚また一枚と地面に落ちていき冬の始まりまでのカウントダウンを始めているように感じさせる。


「う〜、寒い」


 なかなかに身体に染みてくる。


 まあでもこうでもして頭に酸素を入れないとついついまた昼寝してしまう。


 なんてたって一日中寝たきり生活だからな。


 そう、礼は三年前にとある病気にかかってから入院生活を送っている。


 生まれつき身体が弱かったのはあったのだけどどうやらそれとは別に十万人に一人と言われている原因不明の病にかかってしまったらしい。


 最初は医者も一過性の疲労による身体の衰弱だから大丈夫だろうって診断だったのだが、それから数ヶ月と時を重ねていくにつれ額にどんどん皺を寄せていったお医者さんの顔は礼に致命的な病であることを確信させるには十分過ぎた。


「ああ、そりゃ最初は僕だって一端の男子高校生ではあったわけだし青春というかけがえのないものを失うのはある種この先の寿命のことよりもショックではあったさ。でも、人間ってのはすごいもので絶望的な状況に何年とかかっていると本能が麻痺してきて怖くなくなってきたんだ。おかげさまで今はそんなに死ぬということに対してあまり恐怖は感じていない。周りの環境が変わっていくのに恐怖を覚えるたちの僕ではあったが今回ばかりは生物の順応性というものに感謝せざるを得ないのかもしれない」


 ペラペラと止まらない口の先には誰もいない。


 礼は誰に伝えるでもなく暗示も兼ねた独り言。


「さてそろそろ閉めるかな」


 礼は再び暇つぶしに興じようと窓を閉めようとすると、ドアが開いて一人の女性が入ってきた。


「あら、窓ちゃんと換気してたなんて感心ね」


 入ってきたのは礼の担当の看護師さんである。


 彼女はあれこれとお節介を焼いてくれ定期検診以外の時間もたまにこうやって話に来てくれる。


 名は笠井という名だったような気もしたがなにせ長い闘病生活、今更名前はなんだったかなどとは聞けない。


「やだっ……なに!? 胸なんかじっと見て」

「あっいや、これはその。名前を」

「はぁ、もう。レー君が年頃なのは分かるけどもう少しうまくやりなさいよ……というか私だって懇願の仕方次第では……ブツブツ」


 なにやら変な誤解を受けてしまったようだと思いつつもまあこの笠井さんなら明日には忘れてるだろうと特にこれ以上の保身は行わなかった。


 バイタル軽く見るわねーと看護師さんが血圧器を取り出すために後ろを向く。


「(それに、僕はそんな年増な女なんて興味ないしね。どう思われようがいいさ。っとスカートが……くっ黒のストッキングめ、貴様のおかげで中身の色の識別が)」

「あれ? どうかした?」

「いや、少しばかり身体の鈍りをと思って」

「へえ、構わないけど血圧測るんだからあんまり動かないでよ」

「……」

「それにしても今日はいい天気ねー、今週いっぱいは確か晴れるって言ってたっけ。レー君、良かったら明日にでも気分転換に散歩しにいく?」

「え!?」

「うわ、びっくりしたあ! 急に大きな声出してどうしたの?」

 笠井さんはいきなりの僕の反応に手を振りウォーキングのジェスチャーをしながら驚く。

「あ……いえ、そうですね」

「(危ない危ない。スカートをチラ見していたのがバレたかと思ったよ。危うくこの狭い空間での少ない人間関係さえも終わらせてしまうとこだった)」

「次晴れる日までにストレッチを念入りにしとこうと思います」

「んふふ、楽しみにしておいてね! 後、今日はレー君に頼まれたとっておきのプレゼントを買ってきてあげたわ! じゃじゃーん!」


 笠井さんは得意げな顔で腕に下げていた袋の中から一冊の本を取り出した。


 本にはブックカバーがされていて傍目にはぱっと見なにか分からないが礼には分かる。


「レー君が楽しみにしてた『俺が異世界に行ったらロボット工学を駆使して無双しちゃった件』だよー」


 そう一ページめくりたどたどしくタイトルを読み上げる笠井さん。


「ああ…その長いタイトルを聞くだけで心が騒いでくる」

「へぇ、相変わらずレー君って変わってるのね。私なんてもうタイトルだけで胃もたれ起こしそうなのに」

「何を言うんですか! このいかにもな臭そうなタイトル! 異世界とロボット工学というもはや異世界である必要性を見出せないようなファクター!」

「すごい媚びようね……」

「?」

「いえ、なんでもないわ。それにしても普段頼み事しないレー君がお使いを頼むなんてね」

「ありがとうございます、最近このシリーズ部数伸び悩んでて本屋さんに並ばなくなってきてるってネットで見たんですけどちゃんとあったんですね」

「そうだよ、探すの大変だったんだからねー」

「やっぱ『なろう系』はまだ並んでるところは少ないんですねぇ」

「その、『なろう系』って何? ライトノベルじゃないの?」

「『なろう系』ってというのは簡単に言うと一般人が事故や事件に巻き込まれて死んだ時に異世界に転生をしそこで時には和気藹々と暮らしたり時には魔術を使って壮大なバトルや冒険を繰り広げるといったストーリー構成になっていてね。僕のこの殺風景な部屋での味気ない生活においてはまさにピッタリな読み物なんですよ。ちなみに笠井さんが先ほど読み上げてくれたタイトルは三巻が絶賛販売中なんですよ」

 ※ここに宣伝してほしいタイトルがある方は連絡下されば入れさせていただきます。


「わざわざフィクション作の宣伝まで……」

「笠井さんの差し入れのおかげで僕の退屈な日常は何とか潤いを保っています。しかも毎回ちょうど読む本が尽きそうで困ってるところで買ってきてくれて……看護師さんは僕にとってのヒーローですよ」

「いえいえ、レー君が嬉しそうにしてくれると私も嬉しいから。ちょっとそこまで褒められると少し照れちゃうね……」


 笠井さんはもじもじしながら血圧計の数値を見ている。


「いえいえ、普通のラノベと違って『なろう系』は特にタイトルは長いものばかりだし似ているものが多いので探すのが特に大変ですから」

「そうなのかあ、じゃあ素直にお礼受け取っとこうかな。ちなみにレー君はなんでそのなろう系の異世界もの?ジャンルが好きなの? 他にもライトノベルってたくさんあるじゃない」


 笠井さんが不思議そうに首を傾げながら尋ねてくる。


 確かに、一般人の人から見たら至極当たり前の疑問だろう。


 他の作品でもアドベンチャーものや魔法を使うものはたくさんある。


 しかし、礼にはもう一つこのジャンルに魅了された理由がある。


「『なろう系』は僕の最期の希望なんです。だってもしこの世界でうまく行かなくても次の世界での希望を持たせてくれるじゃないですか」


 なんかヒーローを夢見る少年のようで恥ずかしいなと思い咄嗟に窓の遠くの景色に視線を逸らしてしまう。


 それが笠井にはとても悲しげな背中に見えた。


「ぐす……ぐす……」

「あれ……? どうしました?」


 ふと視線を戻すと笠井さんが目元に手を当て涙ぐんでいる。


「レー君!」


 看護師さんがいきなり手元にあった手提げ袋を捨て礼に抱きついてくる。


「(なんだ!? なんだかよく分からないけどとりあえずすごくいい匂いがする)」


 笠井さんからは週一で変わる洗い立てのシーツと同じ優しい柔軟剤の香りがした。


「……笠井さん?」


 ドキドキしながらも礼は今日が卒業の日かと思いながら背中に手を回してどうやってホックをはずすかまでを高速でシュミレーションする。


「私が……私が絶対に幸せにしてあげるから。お願いだから早まってはダメよ」


 あー、なるほどそういうことか。


 礼は看護師さんの内心が分かりとりあえず宥めることにする。


「大丈夫ですよ、僕は別に今の命を諦めているわけじゃないですから」

「本当?」

「本当です」


 看護師さんに微笑みかけながら弱ってきた筋力を駆使して身体から離す。思った以上に身体は重くこりゃどっちにしてもホックは無理だったななどと思いながら。


 看護師の目元は涙で若干化粧が崩れていた。


「死んで転生してやろうとか考えてない?」

「そんな捻くれた自殺動機は持ってませんよ」

「よかった」


 笠井さんはほっとしてようやく元の調子に戻ってくれた。


「ごめんなさい、恥ずかしいところを見せてしまったわね。とりあえず明日また早朝様子を見に来るからね」

「といっても心配なんですね」

「当たり前じゃない」


 そう言ってばいばーいと手を振りながら笠井さんは部屋から出て行った。


 そして再び訪れる静寂。


「(僕よりも年上のはずなのにまるで子供のように無邪気な人だな)」

「ふう、なんだか2日分くらい疲れてしまったな。それとも病気が早まったか。さてさて、今回から新ヒロインが登場するんだっけか。ってあれ?」


 礼はさっそく買ってきてもらった小説を読もうとするとふと謎の感情に駆られる。


 心の中を何かが黒く塗りつぶしていくような……急速に枯れていくような感情。


 しかもその感情はさっき看護師さんに冗談だと言ったはずの感情だった。


 どうやら僕は自分でも思ってもいない内にそこそこ人生というものに疲れてしまっていたようだった。


「本当にトラックに跳ねられたら異世界に行けるのかな……」

「(って何を言ってるんだ僕は。そんなの良くない。そんなの…)」


 礼はベッドの近くの棚から独自に作った夜間見回りの人の一覧が書かれた名簿を取り出した。


「今日の夜間の病院見回りの人は……」


 この感情は今回が初めてではない。けど、ここまで瞬間的でないのは初めてだ。


「(看護師さん、いや、笠井さん。騙してごめんね)」


 そうしてその日の午後はいつも通り怠惰に過ごしているとあっという間に夜を迎えた。

次回は翌日の午前九時に更新します。

また、本文中にあった小説のタイトル部分は宣伝したいタイトルがある方はご連絡下されば差し替えさせて頂きます。

※前後の会話も若干変わります。

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