part.4
それから十数分は経ったか。
首から刺し込まれた二度目の蜂毒に対し、私の身体は過剰な反応を示し始めた。アナフィラキシーショック。顔は浮腫み、血圧が下がる。気道が圧迫されていく。
なんとか蜂の群れからは逃れられた。しかし私は。とうとう力尽き、地面に倒れ込む。このまま息絶えるのだろう。朦朧とした頭でも、それだけは分かる。
これは罰だ。人の男を盗った浅ましい女への。ふてくされてくすぶっていた怠け者への。
そんな私にはお似合いの最期だ。笑ってしまうほど、醜い姿。発見した者は驚くだろう。腫れ上がった顔。あちこちに引っかけて破けた喪服。乱れてめくれ上がったスカート……。
その瞬間、私はある可能性に思い至った。あ……。一時だけ、意識が清明になる。いけない。このままでは。
人気の無い山中での遺体。原因はすぐに判明するだろう。だが、それがアナフィラキシーショックによるものと分かるまで、警察は何を思うだろう。若い女が、捨てられたように山の中で転がっている。当然、犯罪を疑って身体を検めるはずだ。
その結果、私の身体からは、一人の男の体液が検出される。
なんてことだ。それだけは避けなければならない。何もあの男までが罪を負う必要は無いのだ。いや。私が今まさに、罪を被せようとしている。心中そのものではないか。
彼が殺人犯の汚名を着ることはないだろう。すぐに疑いは晴れる。だが。この閉鎖的な田舎で、確実に立場を失う。寺の跡取りとしての。そしてもしかしたら、夫としての立場も。
嫌だ。私が罰を受けるのは当然だ。しかし彼にまでその責を負って欲しくはない。
誰か。来て。助けに来て。そうだ。救急車。119番だっけ。電話を……。あ。私は、スマホを置いてきたことに気付く。すっかり持ち歩く習慣はなくなっていた。最後に誰かから連絡が来たのはいつのことだったか。
それでも! 私はここで終わるわけにはいかない。まだだ。少なくとも、身体を清めた後でなくては……!
私は祈った。廃寺にまだ仏がいるのなら。お願いです。仏様。どうか少しだけ待ってください。これからはもっと良い子にする、なんて言いません。そんな高望みはしません。私はとうに、命をあきらめています。必ず、全てを終えた後に、この世を去ります。命をもって罪を償います。だから。せめてそれまでの、僅かな時間をください。シャワーを一浴びするだけで構いません。ちゃんと身を改めたいのです!
「ちゃんと、死なせてください……」
しかし、喉はもはや完全に詰まっており、かすれた音声が漏れ出ただけだった。
私はその呻きを、まるで念仏のようだと思いながら、死んだ。
『ネンブツバチ』 完