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隙を見つけたとしても、それが何度も通用するわけもない。ミラルダ先生へ攻撃する機会を図っていたが、再び四方を魔物達により囲まれてしまった。
防御膜を纏ったまま逃げることも出来るが、解決策にはならない。
また振り出しに戻ってしまったと思った時、地面の隙間から何本もの木々が生え始めた。石畳の欠片や魔物達をめり込ませながら、衝撃を地面に伝わらせ、伸びていく。
立っていることが出来ずに、皆座り込んでしまった。たった一人立っているのは、ミラルダ先生のみだった。
揺れが治まった時、辺りは森のようになっていた。蔦が辺りを這い、緑で覆い尽くされている。森の中にあった神殿のようだ。ミラルダ先生の周りにもクレイグが出したそれよりも太い枝が伸び、体に巻きついていた。頭が垂れ下がり、意識を失っているようにも見える。直立の体制をとれていたのは、この為だったのだろう。
「お待たせしたね、お姫様」
そこに若く、ハリのある声が響く。
声のした方を振り向くと、そこには精霊の青年がいた。太い根の上に立ち、相も変わらずその腕はニョロニョロと動いている。
「精霊様、どうしてこんな所へ」
「僕をそう呼ぶのは君ぐらいなものだよ。まったく、何かあれば呼んでとあれほど言ったのに、全然呼んでくれないから、来ちゃった」
精霊様が言うには、ふたばを介してこちらを見ていたらしい。既に立ち上がっていたクレイグの胸ポケットに、緑色の小さいものが揺れていた。
「あ、でも僕知ってるんだ。ヒーローは遅れてくるものだって」
にこりと笑って言う精霊様に、咄嗟に返事を返すことが出来なかった。
いや、どこでそのような言葉を聞いたのか、逆に聞きたいところだ。
得意気な精霊様と、唖然とする私。
そのやり取りをどういう表情で見たらいいのか困っていたらしい一同だったが、いち早く動き出したのは殿下だった。
精霊様の前で軽く腰をおり、真剣な目を向ける。戦場であったため、この格好で失礼する、と前置きを置いてから殿下が言った。
「先日は、貴方様の仲間を傷つけてしまい、申し訳なかった」
「ああ、その話はもういいよ。彼女からも謝罪の言葉を貰ったし」
面倒臭いとでもいうように首を振り、クレイグの胸元に腕を伸ばしている。ふたばが綱渡りをするように歩いていた。
「わかっていると思うが、僕は人間じゃない。ま、あそこにいる魔物とも違うがね」
精霊様はふっと笑った後、私の方に深緑の瞳を向ける。
「あらら、思ったより早いな。そろそろ時間だ、お姫様」
ミラルダ先生の垂れ下がった頭が、ピクリと動くのが見えた。その次の瞬間には、巻きついていた枝が周囲に飛び散り、降り掛かって来たものを咄嗟に消し炭にする。
「あ、精霊様、ごめんなさい」
「……僕が来たからには、勝ってもらわなくちゃ。今は何も言わないよ」
精霊様の出した枝がであったものを燃やしてしまい、慌てて謝ると、にこりと笑みを浮かべそう言われてしまった。うっと息を詰まらせ、ミラルダ先生の方を見る。額に手を付き、苦しそうに肩で息をしているのが見えた。
「ドライアドは、私たちの味方ではなかったのですか」
瞳は精霊様に向いていて、悲痛な色を持っていた。口ぶりから察するに、精霊様達は総じてドライアドという名であるらしい。1人納得する私とは違い、周囲は僅かにざわめいていた。今まで沈黙していた魔導師の方からは信じられない、という声が聞こえる。
理解の追いつかない私に、そばに居たエド兄様が教えてくれた。曰く、ドライアドというのははるか昔にいなくなったとされており、伝説として語り継がれているものであったらしい。彼らはある民族と近い関係にあり、豊かな自然の維持と引き換えに庇護を与えていたそうだ。恐らく、その民族というのがミラルダ先生のようなソーサリーの人々であるのだろう。
「何を言ってるのかな。僕はこのお姫様の手助けに来ただけさ。そもそも君はいつの時代の話をしているんだ? 庇護など一時的なものでしかないのに」
「では、私たちは。あの人達はなんの為に死んだというのですか!? 」
ミラルダ先生は涙を流し始め、その時には土気色をしていた肌も元の年齢を感じさせないものに戻りつつあった。
「ふざけないで」
その言葉とともに、小さな火のつぶが弾丸のように撃ち込まれる。それをさっとなんでもないように精霊様は叩き落とし、はあ、と息をつく。
「これだから、人間は嫌いなんだ」
その声は悲しげにも、怒りを持っているようにも聞こえなかった。
***
知りたいという知識欲にかられ、たくさんの本を読んできたつもりではあったけれど、それもほんの一端であったのだろう。
現に、精霊様について具体的に聞いたのは初めてだった。魔導師やエド兄様でさえ名前を聞くまで思い至らなかったのだから、それだけ知られているものではなかったのだろう。
ミラルダ先生が周囲に這う枝や蔓を一瞬にして燃やしたことで、辺りは火の海と化した。余力ある者が消火する端で、精霊様が新たな蔓出す。地表から伸びた蔓が、ミラルダ先生の体を再び縛り付ける。苦しげな声をあげていた。
「さ、お姫様の出番だよ」
火の海を消火していた中突然話を振られ、うっかり出力を間違い水柱を出してしまった。
呼ばれてしまっては仕方がない。ミラルダ先生の全身を捉えられる位置に移動し、目を向ける。両手をかざし、初めはゆっくりとミラルダ先生の力を吸引する。これで確実に戦闘不能にさせることが出来る。
だんだん顔色が悪くなり、遂にミラルダ先生がだらりと力を無くしたようになった。それと共にシュルりと蔦が離れ、そのまま膝をつく。膝をついたミラルダ先生の体からは、真っ黒な煙が出ていた。
「あれは……」
「抜けたようだね」
私の呟き声を拾った精霊様が、カラリと笑って言った。尋ねても、悪いのとしか教えては貰えなかった。
その時ピシャリと何かが落ちる音が聞こえ、見渡してみると木の根元に水たまりが出来ている。その水はどうやら枝から垂れているようだった。
――魔物だ。
魔物が木に巻き込まれていたことを思い出す。魔物達はどろりとした水のように溶け、跡形も無くなっていた。
ああ、終わったのだと。漠然とそう思った。




