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吹き上がった噴水は、地面に沢山の水溜まりを作っていく。
私は呆然と、一つの山のようになった噴水の傍に立つミラルダ先生を見た。土気色になった顔からは表情は読み取れない。
ああ、やっぱり。と。
ミラルダ先生は生きていたのだ。二本足で立っているのだから、生きているのだと思いたい。
「マーティナ! 」
騒ぎを聞きつけ走りよってきた殿下に腕を引かれ、その後方に押しやられる。殿下の肩越しに見ようとするが、思っていたよりも大きな背中に阻まれ見ることは出来ない。
「あ、あの! あそこにミラルダ先生が」
「静かに」
硬質な声で殿下が言い、後ろ手で掴まれた腕に力が込められる。何とか体を動かし前を見ることが出来た時には、噴水の勢いは僅かに弱まっているように見えた。
いつの間にかこの場には、私たちと、ミラルダ先生しか居なくなっていた。噴水の音だけがうるさく鳴っている。
ミラルダ先生はゆらりと動き、更に噴水に近づいた後空を見上げた。
何かおかしい。
そう思った時には、空を分厚く真っ黒な雲が広がっていた。
あの雲は見たことがある。小さい頃ミラルダ先生と行った辺境の森だ。魔物が多発する原因になっていたものだ。
殿下に危険を知らせようとした所で、地面の石畳の隙間から、沢山の魔物が這い出でてきた。
殿下が近くにいたらしい護衛に王城へ行くよう言いつけ、私を背後に隠したまま防御膜を張り後退した。
幸い魔物たちは出てきているだけで、攻撃しようとはしてこない。けれどそれがずっとであるという保証もない。何かを待っているようにも見えた。
「マーティナ」
どうするべきかと考えていると、殿下の気遣うような声が聞こえてきた。くるりと振り返り、私と目線を合わせるように屈む。
「本当は、逃げろと言いたいところだが、足止めするのを、手伝ってくれるかい? 」
私はその言葉に頷く。そもそも、というか殿下が戦うというのに、戦わないという選択肢など出てこなかった。
「君を守ると決めたのにな……情けない」
殿下がぽつりと呟いて、けれどそれは人間では無いものの生み出す音に紛れて消えていった。
聞き返すも、殿下はただこちらを安心させるように微笑むだけ。
「いいや、なんでもないよ。じゃあ、お互いしばらく頑張ろうか」
殿下はそう言った後前を見据え、それ以降振り返ることはなかった。
そこに、信じたくない声が聞こえてくる。拡声器でも使っているかのように、その声はよく響いた。
「行きなさい」
それを合図に、魔物達が動き出す。
もうミラルダ先生は、あっち側なのだ。
***
騎士や魔導師達がやってくるまでに、何体の魔物を倒したであろうか。
見えない力に操られているかのように、魔物達は向かってきた。襲いかかって来たものを返り討ちにして、なぎ倒す。倒しても倒しても湧き出てくる。終わりなど見えなかった。
やがてルルちゃんを初めとする、魔王討伐に向かった面々もやってきた。エド兄様には気遣わしげな視線を一瞬送られ、リノも何だか不機嫌な顔をしていた。
私たちが地味に体力が削られていく中、ミラルダ先生は依然として動こうとはしなかった。魔物たちも、ミラルダ先生を避けるようにこちらへ向かって来る。
息を吐くと、足元がぐらりと揺れ、おぼつかなくなった。魔力を使い過ぎたのだ。そばにいたらしい殿下に肩を抱かれ、最前線から後ろへと移動させられた。
「僕たちはしばらく休憩だ」
「……はい」
上空に広がった真っ黒な分厚い雲は、王都どころかこの国中を覆い尽くすほどに拡がっていた。自我などないような魔物達に変化はなく、こちら側の体力と魔力だけが減っていく。
「交代で戦うことになるから、今は目を閉じておくといい」
「はい、すいません」
力なく返す私の肩を、自分も疲れているだろうに殿下が優しく撫でてくれる。寄りかかっているような格好なので、両側から熱を感じた。常なら茹だったタコのようになっていただろうけれど、それが出来る程には正常になっていなかった。きっとあと数分もしない内には戻るだろう。その予測通り、数分後には顔が熱を持ち、そっと起き上がる。ようやく周りを見れる余裕が出てきた。
殿下が言っていた通り、隊列を組み交代出来るように戦っている。
けれど全く終わりが見えない。
「やはり核を討たねばならないか」
殿下が独り言のようにこぼす。
確かに、この戦い方では効率が悪い。一向に減らない敵を前に、手を持て余していた。
私に一言告げてから殿下は指揮を執っていた魔導師の元に向かい、その後「総員一旦退避」の言葉と共に、私たちを囲むように防御膜が貼られた。
作戦を練り直した結果、ひとつの部隊が引き付け役を担うことになった。引き付けている間に、両側から回り込み、主核と思われるミラルダ先生を捕らえる。
その指示に従って、私は向かって左側から回り込めるように意識を向けていた。
引き付け役が一斉に走り出し、注意を引く。魔物達の視線が集中し、その隙に私たちも走り出す。両側から出てきたところで、転移を使える極小数の魔導師がミラルダ先生の背後から現れ、捕縛する……とは簡単にはいかなかった。
ミラルダ先生の真後ろから現れた魔導師は、先生の出した伸びる蔓によって叩き落とされてしまった。
あえて言うが、私が以前王宮で見せて貰ったものよりも転移の質は格段に高まっており、光なども出ずに転移が可能になっていたのである。それが気配を察知されたのか現れた瞬間に、攻撃を受けてしまった。
だが驚いている時間などなかった。攻撃を受けたことで確実に敵だと認定され、ミラルダ先生との戦闘が始まった。
魔導師が離れたのを確認し、両側から現れた私たちが攻撃魔法を放つ。流星群のように弾丸が撃ち込まれていき、煙が立ちこんでいく。うっすらと見えるその先には、薄い被膜が見える。ミラルダ先生の防御膜だろう。
無属性を使い、打ち砕こうとするも、それさえも見えない何かに弾かれてしまった。
「舐めてもらっては困りますね」
ミラルダ先生が手を一振りすると、煙が霧散する。姿がはっきりと形作る。
「あなたに魔法を教えたのは私ですよ。手の内を知られているも同然。私に敵う者など、もうこの世にはいない」
ミラルダ先生の言葉に引っ掛かりを覚えたものの、体勢を整え、次の攻撃に移れるよう準備をする。確かに私に教えてくれたのはミラルダ先生だ。けれどどこかに抜け道が、確実に攻撃を与えられる方法があるはずだ。
殿下の生み出した水の塊が、誰かの電気を纏い向かっていく。避けるミラルダ先生の上から岩石の弾丸が降り、クレイグの出した蔦が足を縫い付けるように張っていく。更に私やエド兄様のような火を得意とする者が火柱を生み出す。数本の火柱は合わさると一瞬で燃え尽きてしまう程の高温となる。
一気に浴びたはずのミラルダ先生は上手く逃げたらしく、衣服の端を焦がすだけに止めていた。濡れている様子から、水をぶつけたのだろうと考えられた。
「粉塵よ」
ミラルダ先生の言葉の後、先程の岩石が粉々になり、二手に別れ向かってきた。魔法は新たに生み出せても、操ることは出来ない。その魔法とは違うものに驚いている暇はなかった。
弾いてしまえば、近くの建物に被害を与えてしまう。
物は試しと、手をかざし粉々な岩石を無力化させてみる。空中で一瞬留まり、ぼとぼとと真下に落ちていったのを見て、密かに拳を握る。操っているだけで、他の魔法と変わらない。
ミラルダ先生が再び操ろうと動いた瞬間に、風の刃を放つ。気づかれ避けられたが、髪に触れ僅かに揺れる。
勝機が微かに見えた気がした。




