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調べ物や課題を終わらせたり、お出かけやお茶会をしたりと休暇を過ごす私の元に、二通の手紙が届いた。
紅茶片手に、手紙を開く。一つ目は、マッケラン先生のものだった。
その文中に、ソーサリーの文字があり目をとめた。ソーサリーというのはミラルダ先生の故郷であるとお父様から聞いたばかりで、もやもやとしたものが心に渦巻く。
簡単にまとめると、呪文というのはもともとソーサリーにいた人たちが開発したものであるらしい。それならば、ミラルダ先生が呪文のようなものを使えても不思議はない。魔王封印以前から、呪文の研究はなされていたようで、マッケラン先生も驚いているようだった。
それなら何故、ここまで知られていないのだろうか。いくら無詠唱が可能であるとはいえ、記載された文献が少ないというのは、何らかの手が加えられているとしか思えなかった。
手紙を伏せ、紅茶を飲む。今日は爽やかな風味の残るもので、少し頭がスッキリした。
よし。とりあえず、この件は置いておこう。それでもう一度読んでから、お返事を書こう。
気持ちを切り替え、二つ目の手紙を開く。
開ける前の封蝋で既に気付いたが、手紙は王家からのもので、差出人はアルノルフ殿下だった。
殿下とはたまに手紙のやり取りをするが、その内容の甘ったるい文言にはびっくりする。そんな事情から恐る恐る読んでみると、お出かけのお誘いだった。【王都で演劇を見ないか】と書かれていたが、これはいわゆるデートというやつだろうか。
お父様に出かけることへの了承を取りに行くと、根回しはしっかりなされていたようで、あっさりと承諾が貰えた。
メイドに便箋を持ってきてもらい、筆を執る。それから……と考えて近くに居るであろうセザールを振り返る。
「セザール、ちょっといいかしら」
「はい。なんでしょう」
「その……殿方はどんな香りが好きかしら」
怪訝な顔をしたあと、セザールは机上を見てなるほどと頷いた。
ここのところ、手紙に香りを添えるというのが婦女子の間で流行っているらしい。それは先日のお茶会で仕入れた確かな情報である。しかし、殿方へ送る時にオススメのものについては聞いていなかった。
けれどここにはセザールがいる。参考にしようと思い聞けば、数秒もせずにセザールが答えた。
「匂いの好みも千差万別。世間の好みが必ずというわけではありません。差し出がましいようですが、私には殿下がその枠組みに収まるお方とは思えません」
「そうよね。じゃ、聞き方を変えるわ。貴方だったらどんな香りが好き? 」
そう聞くと、セザールは虚をつかれたような顔をした。わかりやすい程、目をまん丸くしている。首を傾げ返答を待つと、セザールは少しだけ目を逸らして言った。
「……古書の香りが好きですね」
「そう。古書ね……って! そうじゃないの」
頷きかけて、慌てて首を振る。私は真面目に聞いているのだと言えば、セザールは少し笑みをこぼした。これははぐらかされた。珍しいことだが、感心している場合ではない。
「失礼いたしました。ですがあまりそのような事はなさらない方がよろしいかと」
「どういうこと? 」
「お嬢様は私の好みなどを聞いて、それを殿下へのものに纏わせようと考えていましたね」
確かに少しは考えていたので否とは言えない。口ごもる私に、セザールが幼子に説くように言う。
「他の男が好きな香りでは、あまりいい顔はなさらないのでは? 」
セザールの顔をじっと見てみるが、先程のような笑った顔ではなく、真っ直ぐな目をしていた。
「それもそうよね。でも……アルノルフ様の好きな香りなんて分からないわ」
「お嬢様が使われている香水を少し付けてはいかがですか」
香水か。あまりつけないけれど、大切な時につけるものが一つだけある。ふんわりつければそこまで臭くはならないだろう。
そう思い鏡台一番上の引き出しから、ガラスの小さな小瓶をセザールに取って来てもらった。
「こちらでよろしいですか」
「ええ。ありがとう」
プシュプシュ、と書き終えた手紙にふりかける。
殿下は気づくだろうか、とイタズラを仕掛けたような心持ちになった。
***
殿下との約束の日。
セザールが起こしに来てくれる何時間も前に起きてしまった。昨夜はすぐに寝れなかったし、夜は早く寝よう。
そんなつもりはなかったのだが、本当にそんなつもりはなかったのだが。と心の中で言い訳がましくなってしまうのは、思いの外私が楽しみにしていて、それを素直に認められないからだろうか。
まだ時間があるが不思議と眠くはないし、二度寝などしたら寝過ごしてしまうような気がする。ベッドから這い出て、重いカーテンを開けた。まだ外は白んじている。
それから本を読みながら、セザールが起こしに来る時間を待つ事にしたけれど、今日は何故か内容が頭に入ってこない。朝早いためかもしれない。
本をめくるだけの作業はセザールが扉を叩くまで続いた。
観劇に適した綺麗な格好をして、メイドたちに化粧を施された私は、たまたま家にいたエド兄様と殿下を乗せた馬車が来るのを待った。もう少ししたら、迎えに来てくれることになっている。
そわそわと落ち着かない私を見て、エド兄様は堪らず笑いだした。
「楽しみなのはわかるけど、あんまり動いたら折角結わってもらったのに崩れてしまうんじゃないか」
「そ、そうですね」
今日は横に流すように編み込んでもらっていた。それが殿下に会うまでに崩れてしまっては勿体ない。
何も反論もせず大人しく座った私にも、エド兄様はクスリと笑った。
しばらくして殿下の来訪を告げる早馬が来て、エド兄様と二人玄関に向かった。待っている間に、最終確認をしてもらう。
「大丈夫ですか? 綺麗にしてもらいましたけど、シワとかついてないですか? 崩れてないですか? 」
「うん。マーティはかわいいよ」
その場でくるりと周りエド兄様に聞くと、微笑ましそうに言われてしまった。
違う。かわいいかどうかが聞きたいのではない。嬉しいけれど。
「セザール。見てください。おかしくなってない? 」
見上げて尋ねると、セザールはちゃんと確認してくれているのかこちらを見ていた。私はそれを見て、軽く両手を広げた。
「ええ。シワも崩れもありません。お綺麗ですよ」
その言葉に頷いた後、私は同じようなやり取りを無意識に何度も続けた。




