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翌朝、私は早い時間に起きて秘密基地もとい巨大樹に向かった。天気も良く、心地よい風も吹いていて過ごしやすい陽気だ。
森の入口に着き、私はピタリと足を止め、思わず声を漏らす。
「こ、これは……」
しばらく誰も来ていなかったのか、草が生い茂り道を塞いでいた。今日はあまり裾の広がっていないワンピースを着ているが、葉っぱがついて汚れてしまうのは困る。というか叱られてしまうだろう。
手をかざし、風属性の魔法を使って無理やり切り開きながら進んでいった。
巨大樹のそばまで来たわけであるけれど、いつもとは違い、穴の中には入らず立ち止まり思案した。
この穴は祠として使われていたかもしれないのだ。大変罰当たりなことではないか? そんなことは今更かもしれないが。
とりあえずからっぽの巨大樹を拝んでみる。
「今までのご無礼をお許しください」
祠だった場所に入るわけには行かないので、私は地面にハンカチーフを敷いて腰掛けることにした。
草の陰から、木漏れ日を受け輝く湖が見える。湖に怯えていた頃が嘘のように、不思議と何も感じなかった。離れているからかもと思ったけれど、そういう訳でもないらしい。湖の畔に立っても、心は凪いでいた。
落ちないギリギリの所でしゃがみこみ、透き通った水を掬う。ひんやりとしていて、その冷たさが少し染みた。臭いもなにもしないけれど、飲めるほど綺麗なわけではないだろう。手からゆっくりとこぼれ落ちる水滴が水面に波紋を描く。
ゆっくりと広がっていく様は、ずっと見ていられた。
「ミラルダ先生」
昨日お父様にミラルダ先生について聞いた後、ミラルダ先生の行方についてもそれとなく聞いてみた。この国屈指の魔法師も動いているようだったが、依然として足取りは掴めていないらしい。
覗き込んだ水面に映る私の顔が揺れている。こんな泣くのを我慢する子供のような顔なんて、ゲームでは一度も出てこなかった。泣くのをこらえている悔しげな顔でさえ、マーティナは気高く美しかったというのに。
「ダメだな、私」
私は、ひとっつも成長してない。
はっきりさせなければ、進めないこともあるだろうに。どこか、踏み込めないでいた。
大きなため息を吐き出した。
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いつの間にか日は高くに昇っていた。朝食もろくに食べず足早に屋敷を出てきてしまったので、軽食なんかも持ってきているはずもなく、グーグーと女の子らしからぬ音を鳴らしているお腹を押えこむ。つまりすごく、とってもお腹がすいている。
もう戻ろうと来た道につながる場所に出て、ふとなにかに呼ばれたような気がして後ろを振り返る。もちろん後ろには森が続いているだけで、人などいない。
不思議に思いながら、身体を真後ろに向けた。お腹がすいていたけれど、そのピークもそろそろすぎるだろう。今は何故か、森の奥に興味を惹かれていた。
奥に続く道も入口同様草で覆われているので、風で道をひらく。何度も森に入ってはいるけれど、一度も奥に来たことはなかったな、とふと思う。
道はずっとずっと奥まで続いているようで、こんなにこの森が広いとは思っていなかった。
しばらく歩いていると、大きな壁にぶち当たった。木々や蔦に覆われているが、何かの建物のようである。これは普通に通りかかっても分からないだろう。人なんて通らないけれど。
その建物の周りをよく観察してから、風で蔦を切ると、土で汚れた外壁が現れた。指で擦ってみると、白い地肌が見える。この国では取れない種類の石だ。遠くから運ばれてきたものだろう。
壁伝いに歩いていると、ようやく扉と思しきものを見つけた。出来てから長い年月が立っているからか、その木で作られた扉は深い色合いで存在感がある。鍵はかかっていないようでギギーと錆び付いた音を立てながら、押開けた。
教会のように長椅子が並べられている中は、両サイドが蔦で覆われ薄暗いが、目の前には大きなステンドグラスがあった。そこから光が差し込み、キラキラと輝いている。その神秘的な様子に魅入られ、ゆっくりと近づいてみた。
ステンドグラスを真下から見上げ、観察する。巨大樹と手前には湖が描かれていた。湖の上に立っているのは、白い布を纏った美しい女性。
今は信仰していない、神様かもしれない。
しかし、いつからこの建物は建っていたのだろうか。今までそんな話は聞いたことがなかった。
お父様たちにも見てもらいたいとこだが、生憎記録するための道具も、方法も開発されていない。
すごく残念に思ったけれど、また後で来ればいいと家に帰ることにした。
なんてったってお腹が空いていたのだ。教会いや、神殿のようなものを見つけて忘れてしまっていただけで、お腹が空いていることに変わりはない。
走って帰ってもいいが、転移を使ってみた。これなら早く家に着き、かつ疲れることは無い。しかしいきなり帰ってきては皆に驚かれてしまうと思うので、とりあえず巨大樹のところに行くことにする。何度か練習しているので、多少は上手くなっているだろう。
練習の成果なのか、無事巨大樹の所に到着した。が、家への道を塞ぐように誰かがたっているのが見える。一瞬セザールかと思ったが、彼よりも背丈は小さい。
そして何よりも違うとわかるのは、腕が樹木のようなしゃがれた色をしてとても長いところ。枝のように長く伸びている。
その腕に、私は確かに見覚えがあった。
――魔王の森にいた青年だ。
魔王との戦いに向かう途中、若木を傷つけてしまったことで、彼は自我を失い私たちを攻撃してきた。そしてそんな仲間思いの彼を目覚めさせるために、私は攻撃してしまった。
こちらに気づかれ、あの時のことを蒸し返されなどしたら申し訳ない。それに攻撃されたら、生きて帰れる自信などない。
どうにかバレずにいられる方法はないかと考え、もう転移で帰ってしまおうと思いついた時、
「そこにいるのは誰だ」
青年が振り返らずに、けれどこちらによく聞こえる声で言った。私の姿など見えていないはずなのに、しっかり認識されているようだった。




