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殿下は宣言通りというか、なんというか、以前よりも構ってくるようになった。
「おはよう、マーティナ。今日も綺麗だね。女神のようだ。あ、これをあげよう」
後方の扉から入ってきた殿下は、真っ直ぐ私のもとに来た。初めのうちは驚いていたクラスメイトたちだったが、私が婚約者であるというのは周知のことであったし、次第に慣れてきたのか挨拶はするが気にすることはなくなった。
二年生になってクラスが変わり、殿下及びゲームのメンバーとはクラスが別になっていた。それにもかかわらず殿下は暇さえあればやってきて、ついでのようにお菓子をくれる。餌付けをされている気分にはなるが、そこまで嫌な気もしないというのは自分でも不思議だ。
そのことについてスサナ様に相談するために、食堂のテラス席でお茶をしていた。天気も良く、光を浴びた花壇の花は水を貰ったばかりだったのか、キラキラと輝いていた。お互いの目の前には紅茶と、甘いケーキが置かれている。
「何か不満なことでもあるのですか? 嫌なことでも? 」
チーズケーキを頬張っていたスサナ様が、首をこてんと傾げ尋ねてきた。サラリと肩にかかっていた髪もそれとともに揺れる。
その様子に、私も同様に首を傾けた。
「いいえ。でも、必要ないのにと思ってしまって」
「? 」
意味が理解できなかったのか、スサナ様は目を瞬いている。
「もう既に婚約者と決まっているのですよ。それに……」
「それに? 」
それに、と続けた後になんと言うつもりだったのか。自分でも分からない。
言うことが見つからず、手前に置いたショートケーキのいちごを口に運んだ。甘酸っぱい味と風味が口の中に広がる。
「好きな人に、好きになってもらいたいという気持ちは立場に関わらず湧くものですよ」
確かに、そうなのかもしれない。でも、別にそういうことが言いたいのではなかった。これといった言葉が思いつかず曖昧な返答しか出来ないでいると、スサナ様が私の後方に視線を向けた。釣られるように私も振り向くと、そこにはキラキラな笑みを浮かべた殿下がいた。
立ち上がり、挨拶を交わす。
「やあ、二人とも」
「ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。わたくしは少し外しますね」
「ああ、ありがとう」
スサナ様は少しお話をされたほうがいいわ、と私の近くで囁き中に入ってしまった。
残された私は殿下と二人きり。実を言うと、殿下が目を覚まされて以来二人きりになることはなかった。話をする時はいつも教室か、他に人が居るところだけだったのだ。
少し緊張した思いでいると、殿下が私の座っていたすぐ側の椅子に座り、私にも座るよう促した。
「それで、マーティナは何が不満なのかな? 」
話を聞いていたようで、探るような目をして聞いてきた。来る時にお願いしてきたのか、香り良い湯気の立つ紅茶が前に置かれていた。
「私に対して、餌付けするのはやめて頂きたいのです」
「餌付けされていると思っていたのかい? 僕はそんなつもりはなかったけれどね」
白々しくそう言っているが、毎回お菓子を持ってこられればそのように思ってしまうのも仕方のないことだと思う。
恨みがましく見てしまうと、殿下が肩を竦めて笑った。
「僕としては、君との会話が目的だったんだよ。なかなか話せないからね」
そのついでにお菓子をあげていた訳か。それにしても頻度というものを考えて欲しい。嫌な気はしないと言えど、私もお年頃なのだ。お菓子は嬉しいが、体型は気にする。
「私たちは婚約者同士ではありませんか。そんなことせずとも」
「忘れたのかい? 僕は君に好きになって欲しいんだよ。お菓子をあげてでも、好感度を上げたいじゃないか」
はははと、殿下は楽しそうに笑って、頬杖をついた状態で見上げるようにこちらを見る。真っ直ぐに見つめられ、少しドキリとした。
いや、騙されるな。その言い方では、少なからず餌付けの意図が含まれていたということではないのか?
「で、僕を見てくれる気にはなったかい? 」
「小さい子供ではないのですから、ほんの少ししか気持ちは動きませんよ」
「クレイグにもそう言われたよ。でも、ほんの少しは気持ちが動いてくれたんだね」
嬉しいよ、と笑った顔は、不純物の含まれていないガラスのような、綺麗なものだった。
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授業の終わりに教室にやってきたのは、セザールだった。普段従者の控え室にいることが多いし、教室に家の者がやってくるなんて事は滅多にないので、珍しいと内心思いながらも普通の顔を取り繕う。
「旦那様より、お手紙を預かってまいりました」
そう言われ、家紋の入った手紙を手渡される。
学校にいる時に渡されたので、火急のことであろうことは推測できた。重大な事だった場合を備え、教室から出て人目につかないところへ移動した。
周りを確認して、封を切る。
中にはお父様の角張った字で、定型文やたまには帰って来なさい、といった文言や軽い世間話のようなことが書かれてある。そして最後に書かれていたものを見て、固まった。
【ミラルダ先生が行方不明らしい。】
事件に巻き込まれただとかそういった事は書かれていなかったが、とにかくしばらく姿が確認されていないようだった。
しかしそれを聞いて、私が何か出来るということもない。公爵家の力を使って……など考えられるが、それを使う権限は私にはないしお父様も何かしら動いていることだろう。ただ待っているしかないのだ。それが分かっててお父様が手紙をくれたというのは、ミラルダ先生に良くしていただいた私を思ってのことだと思いたい。
行方不明になってしまったミラルダ先生には、聞こうと思っていたことがあった。
魔王との戦いの時に、ロニーに触れて呟いていた言葉のことだ。
人間の言葉のようでそれとも違うようなそれは、小さい声だったこともあってか聞き取ることが出来なかった。その後にロニーが死んでしまったことも気になっていた。
いや、ミラルダ先生を疑っている訳では無い。
けれど、少なくともゲームでは魔王との引き離し後に死んでしまう結末などなかったはずなのだ。




