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序盤で死ぬなんて耐えられない  作者: ききたれ
学園編
42/62

15 殿下視点

 目を開いて初めに見えたのは、慣れ親しんだ天井だった。細かな細工が施されていて、幼い頃眠れなかった時には、良い睡眠導入剤になっていたような覚えがある。

 視線を動かすと、そばに置かれた椅子にはマーティナが座っていた。ベッドにより掛かり、腕を枕のように組んで眠っている。伏せられた瞼奥の、赤茶色の瞳を思い出す。最後の記憶の中では、自分の姿をただ反射するガラス玉のようだった。


 **


 マーティナが、初めて興味を持った他人だった。

 いつも真面目で他人に隙なんて見せないエドウィンだが、妹のことを話す時だけ締まりのない顔になる。あそこまでデレデレにさせてしまう人物に、とても興味が湧いた。


 一度謁見願いたいと思っていた時、ちょうど婚約者の話題になった。早めに候補を見繕ってくれと陛下に言われ、国のためになるよう適当な、同じ年代の令嬢を選び、そこに彼女の名前も記しておいた。

 お茶会という名の顔合わせを控え、柄にもなく浮き足立っていた。毎夜指折り数えるうちに、マーティナに会いたいと思う気持ちは膨れ上がっていった。どんな人物だろうかと想像することを楽しんでいた。


 物陰からこっそり見たマーティナは、エドウィンから聞いていた通り愛らしかった。それでいて冷静な所も好感が持てた。

 やっと話せると思っていたのに、茶会ではなかなかマーティナに近づけなかった。名前を書いた記憶のない令嬢が、引っ付いていたし、他の令嬢も使命を全うしようと意気込んでいたからだ。とこらがマーティナはどうだ。そんな素振りなんて微塵も見せない。僕の個人的な気持ちで名前を書いたのだから、使命などないと分かっていたが、それでも来るものだろう!? 他の令嬢のように近づいて来ると思っていた。挙句僕よりも他の令嬢と友好を深めていているし。

 話せたと思えばエドウィンのことばかり。それしか話すことはないのかと口から出かけた。

 ミスをわざとつついて滞在を長引かせたのは失敗だったかもしれない。醜態を晒す羽目になった。けど、マーティナは愛らしいだけでないことが分かって嬉しく思う。そうでないと、つまらないじゃないか。


 学園入学前に、婚約者を正式に決めることになった。マーティナ以外思い浮かばなかった。もちろん、他のご令嬢も申し分はない。けれど彼女しか考えられなかった。


「アルノ、よろしいかしら」


 婚約者の発表に際して、母上から突然呼ばれた。変な理由で変更しろと言われれば、何としてでも説き伏せる所存だった。


「いいですか。彼女と決めたからには、しっかり守りなさい」

「はい、もちろんです」


 当たり前のことと捉えていたが、その理由が分かったのは王家主宰パーティの最中だった。


「殿下、うちのリュシールはとても残念がっておりました」


 話しかけてきたのは、候補として無理やりねじ込まれたもう一つの公爵家当主だ。公には発表していないが、それぞれの家には既に断りの手紙を送っていた。


「彼女は情の深い方だ。直ぐに良縁に巡り会えることだろう」


 それだけ言い立ち去る。が、公爵は食い下がってきた。


「妃となられる方も、さぞや器量の良い方なのでしょうな」


 図々しくも探りを入れてくるさまに嫌気がさす。公爵ともあろう方が卑下た笑みを浮かべていた。軽く笑んで切り上げ、今度はちゃんと立ち去った。

 母上の懸念はこのことだったのだろう。リュシールはやけに距離の近い令嬢だった。何か言ってくるとは思っていたが、公爵を通してとは。

 そのリュシールは、マーティナを婚約者として紹介した後に行動を起こした。マーティナが選んだ意味をちゃんと知らないようだったから、煽っている自覚はあってもはっきり伝えた。マーティナを害そうとするなら、すぐにでも動くつもりだった。

 けれどマーティナを危険な目に遭わせた。

 だからいつか贈るアクセサリーには、魔法を纏わせることに決めた。自分がそばにいない時に、害されることのないように。


 ずっと、自分を見て貰えるように努力していたつもりだったが、学園祭で手が触れただけで避けられたのを見て、何一つ伝わっていなかったのだと分かった。方法が悪かったのかと、少しだけ距離を置いてみることにした。押してダメなら引いてみろ、というのをどこかで聞いたことがあったので、それを参考にした。


 けれど、ダメだった。効果がなかったとかではなく、自分が。

 日が経つにつれ、マーティナに会いたいと思う気持ちだけが募っていった。姿を見るから話したくなるのだと、出来るだけ視界に入れないようにした。



 卒業パーティでは、当然のように体が動いてマーティナを抱きしめてしまった。そのあとに伸ばしてきたマーティナの手を我慢して陛下に報告に行けば、父の顔をした陛下に叱られた。


「お前はバカなのか」


 それは天才で優秀な兄と比べれば、自分なんて凡人に過ぎないだろう。しかしバカではない。それは断言出来る。


「民を守る王族としては正しいことをしたかもしれん。だが、報告は顔の知れている他のものでも良かったであろう。守りたいものが守れる場所にいて置いていくとは、愚かなことよ」


 時間はあったけれど、そのまま魔王討伐に向かうこととなりマーティナと話すことは出来なかった。

 ちゃんと自分の思いを知ってもらおうと思っていたのに、操られたマーティナが自分に魔法を放とうとしている時、死を確信した。




 それがどうだ。

 自分は今生きていて、手の届く距離にマーティナが居る。向き合うことが出来る。

 手を伸ばし頭をそっと撫でると、マーティナは身動ぎして小さく声を漏らした。目を開き、瞳にはしっかり自分を映していた。


「アルノルフ様、お目覚めになりましたか! お医者様をお呼びしましょう」


 立ち上がり、慌てて部屋を出ていこうとするマーティナを引き止める。座り直したマーティナの手に自分の手を重ねるが、拒絶されることはなく安心する。


「もう少し、このままでもいいかい? 」

「少しだけ、ですよ」


 ほんのり頬を赤くそめ、渋々とマーティナが頷いた。心配してくれているのが分かり嬉しいが、きっと今しかふたりきりになれないだろうから、我慢して欲しい。


「あの、ずっと避けていてごめんなさい。嫌いだとかそういう訳ではなく……」


 マーティナが視線を落ち着きなく彷徨わせ言った。自分ばかり距離を置いていた気になっていたが、避けられていたのか。けどそうか。嫌われてはいなかったのか。


「僕は、マーティナが好きだ」

「へっ? 」

「一生懸命な所も、エドウィンが大好きな所も好きだ。愛おしく思う」


 政略結婚は心を伴わない物が大半だが、少なくともこの婚約は僕自身の意思が反映されている。嫌いだと言われたら、どうしようもない。だから、耳や首まで真っ赤にしているマーティナを見てほっとする。まだチャンスはあるようだ。


「これからはちゃんと言葉や行動に出すことにするよ。分かりやすくね。君にはちゃんと伝わっていなかったようだから」


 マーティナは手で顔を覆ってしまった。



 覚悟していてね。僕は本気だから。

次から2年生になる予定です

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