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序盤で死ぬなんて耐えられない  作者: ききたれ
学園編
41/62

14

 眼前へ向けた手のひらに、身体中の魔力が集まっていく。

 光の塊が飛び出ていった時、何かが割れる音がした。


 視界がぐにゃりと歪み、体に力が入らなくなり、膝をついて肩で息をする。荒い息遣いは自分のものとは思えないが、胸元を握るこの手は自分の意思によるものなのだから、ちゃんと自分の元に体は帰ってきたのだろう。

 ペンダントのチェーンを辿り、ペリドットを手繰り寄せる。あの石は不思議な力をくれるのだ。うまく説明出来ないけれど、安心させてくれるようなそんな感じ。けれど、ペリドットがあったと思われる場所には小さくなってしまったものしかなかった。あの音は、ペリドットが割れる音だったのだ。きっと、魔王にかけられていたと思われる魔法を、とっぱらってくれたのだろう。


 しかし、魔法が出ていってしまったような気がしたが、どこにいっただろうか。殿下は大丈夫だろうか。


「殿下! 」


 焦っているような、心配しているような声が聞こえて前方を見ると、倒れている足が見えた。拘束が解けたらしい数人が取り囲んでいる。

 しっかり力が入らなくてもつれそうになる足を必死に動かし、殿下の方へ駆け寄った。


「アルノルフ様! 」


「ぐっ……」


 低く呻く声が聞こえる。顔の前に手をかざしていたはずなのに、胸の辺りが赤く血が滲んでいた。ぐったりとして動かない。目は固く閉じられていた。

 声をかけても反応がないため口元に耳を寄せ、ちゃんと息をしているか確認する。微かに息を感じるが、とても弱い。


「ルルさん! お願いします! 」


 近くにいるであろうルルちゃんを呼ぶ。治癒の使い手なら、治すことが出来るはずである。

 殿下の背中に手を当て治癒を施しているルルちゃんの横で、殿下の手を握り祈るように目をつむった。大丈夫。きっと大丈夫だ。そう念じ続ける。ルルちゃんが額に汗を浮かべ始め、やがて手を離した。終わったのだろうか。


「受けた傷は治すことが出来ました。しかし」


 ルルちゃんはどこか歯切れが悪い。申し訳なさそうに言うことには、目を覚ますかは分からないということだった。

 殿下に近づいてまた呼吸を確認する。先程よりも安定していた。けれど傷が治っているはずなのに、ルルちゃんの言っていた通り目を覚ますことは無かった。


「アルノルフ様、アルノルフ様! 」


 何度も呼びかけるが、反応はない。命に別状はないと分かっているのに、焦りだけが募っていく。


「アルノルフ様、言いましたよね、僕のマーティナだと。だったらあなたは私のものです。私のアルノルフです。だから、だから」


 熱いものが込み上げ、涙が止めどなく溢れていく。ここが魔王との戦いの場だということも忘れて、嗚咽混じりに何度も何度も名前を呼び続けた。意味のわからないことを垂れている自覚はあった。


「ごめんなさい……私のせいで、」




「マーティ」


 エド兄様に名前を呼ばれ、ハッとして振り向く。険しい顔で魔王を睨みつけていた。


「今は魔王を倒すことが先だ。お前にもそれは分かっているだろう」

「……っはい。分かっています」


 私が泣きじゃくっていた間も、他の人たちは魔王に攻撃を加え続けていた。いつまでも、泣いている場合じゃないのだ。涙を拭い、立ち上がった。


 闇属性を得意とするらしい魔王には、光属性が効果的だった。思いつく限りの光魔法を使い攻撃をする。魔王が出した見えない壁はさらに強固な物になっていたが、無属性を使うことで隙間を作りそこから攻撃をすることが出来た。初めからやっていればと後悔する暇もなく、無我夢中で戦い続けた。

 氷で足元を固め、魔王の動きをとめる。その頃にはもう魔王はボロボロの状態だった。


 後は魔王とロニーを切り離すだけとなった。師団はロニーを諦めているようだけど、出来ることなら一緒に連れて帰りたかった。


「ルルさん。魔王からロニー様を取り戻すことができるでしょうか? 」


 ルルちゃんにこっそり告げれば、しばらく考えたあと力強く頷いた。


「はい。出来ると思います」


 ルルちゃんが両手を魔王へ向ける。目を瞑り、数秒後には魔王の体が光に包まれた。周りにも、小さな蛍のような光が漂っている。光に包まれた魔王の体がほんの少し浮いて、次には倒れてしまった。光が消えたあとの体は、確かにロニーのもののように見えた。

 ルルちゃんの手元に、黒い小さな泥団子のような物が見える。それが魔王の核のようなものらしい。ルルちゃんが息を吹きかけると、その泥団子は砂状になり、指の隙間から流れていった。サラサラと落ちていき、地面に着く前に消えていく。


 ロニーに近づきしゃがみこんだ所で、暗い影が差す。

 見上げると、真剣な表情のミラルダ先生がいた。警戒を忘れていない様子を見て、反省する。ヒロインの……ルルちゃんの力を疑っている訳では無いが、警戒を怠ってはいけなかった。油断大敵である。


「魔王は消えましたか? 」


 尋ねるも、なんの返答もない。ミラルダ先生はロニーの肩に手を置き、何かを呟いた。同じ言語であるはずなのに、聞き取ることは出来なかった。


「ええ……そのようです」


 起こそうとロニーの体に触れた。何度か体を揺らしたことで気づく。ロニーからは体温を感じなかった。


「そんな……」


 愕然として、ロニーの頬に触れる。冷たく、石のようだった。

 私の様子に異変を感じたルルちゃんが近づいてくる。無言で触れたルルちゃんは、そのまま癒しの力を使った。

 そんなルルちゃんの腕を、ミラルダ先生が掴み首を振る。


「やめなさい。貴方が失敗をした訳ではない。この器に魔王のものは負担が大きすぎたのだろう」


 冷静というよりも冷たい声で、ミラルダ先生が慰めの言葉を口にする。

 ――器、か。

 今までミラルダ先生は、人間をものと見るような言い方をしたことがあっただろうか。冷酷なことを言うような人だっただろうか。


 涙を流すルルちゃんの背を摩り、ハンカチを手渡した。いつの間にか人が集まっていて、その隙間からリノが抜け出してきた。


「ルル姉」


 ルルちゃんをリノに託し、殿下を寝かしている場所に向かった。


 **


 王都へ向かう帰りの馬車は、とても静かだった。

 向かい側にルルちゃん、リノ、が座り、何故か私はエド兄様とルイ兄様に挟まれるように座っている。目を覚まさない殿下は、怪我を負った人たちのように先に馬車に乗せられていた。


 目を赤く腫らしたルルちゃんを、心配そうにリノが寄り添っている。不謹慎だがなんとも絵になっていた。私はというと、殿下の時に泣き過ぎたためか涙が一滴も出てこなかった。何も感じなかった訳ではない。何度か話したことのある人が死んでしまって、何も思わないはずはなかった。

 そもそも、私はロニーを連れて帰るつもりだったのだ。トゥルーエンドを目指していたのだ。それが実際はどうだ。魔王を倒したのに肝心のロニーを死なせてしまうなんて。これではノーマルでしかない。

 現実は思い通りには行かないのだ。悔しくてたまらなかった。


 俯く私の頭を、エド兄様が優しく撫でる。その温かさに、まだ残っていたらしい水分が片方の目から流れ落ちていった。

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