13
大きく重厚な扉をゆっくりと押し開ける。
中は暗闇で満たされていて、何も見えない。各々が灯す明かりだけが、唯一の手がかりだった。
「よくここまでたどり着けたな」
部屋の奥から声がした。聞き覚えがあり、それでいて他人のようにも聞こえる。ロニーもとい、魔王の声だ。
次第に明るくなってきて、視界が鮮明になった。四方を石の壁で囲まれているが、天井が高く圧迫感は無い。洞窟の中であるはずなのに、だだっ広い場所だ。その中央には魔王が鎮座している。
「お前らは、なんのために来た」
「平和を取り戻すためだ。悪行は許されない」
師団長が真っ直ぐに魔王を見据え、ハッキリと告げる。けれど魔王は鼻で笑い、眉根をよせて不快感を顕にした。
そうか。師団の方ではロニーを取り戻すだとか、そういうふうには考えていないのか。それが分かり、悲しくなる。思えば初めからロニーのことについて触れてはいなかった。はなから念頭に置いていなかったのだ。
「平和か。笑わしてくれる。我のものを取り返すことが、なぜ悪と言える」
元は魔王がこの国を支配していた。魔王のものだったと言っても過言ではない。
「お前らに、我は殺せない」
騎士たちが斬り掛かっていくが、魔王が張ったと思われる見えない壁にぶち当たり弾かれていた。私たちも同様に魔法を使い攻撃するが、ことごとく弾かれ様々な方向に飛んでいく。
「くそっ」
全く歯が立たず、生徒の方からは悔しげな声が聞こえてきた。どことなく焦燥感が漂っている。ゲームなら一歩手前からまた始めることが出来るが、残念なことに現実である。打開する方法を考えなくてはいけない。
ゲームではどうしていただろう。必死に記憶の中から掘り出し、思い出した。――ルイのスキルがあったはずだ。けれど肝心のその内容が思い出せない。悔しい思いを抱えていると、伝令が伝わってくる。
「隙間を狙え」
攻撃を跳ね返しているあの壁には、端があるらしい。そこを狙えということらしかった。
騎士の方々には囮になってもらうしかないが、この方法で確実にダメージを与えなくてはいけない。集中して魔力を溜め、その時を待った。
騎士が魔王に向かって走り、斬り掛かっていく。壁にぶつかった所で我々の出番だ。魔法を真っ直ぐ放ったと見せかけ、途中で曲がらせる。壁に当たりそうになって急カーブした魔法の塊は、壁を越え魔王に向かっていった。
「何!? 」
魔王に気づかれたようだが、もう遅い。たくさんの魔法は弾丸となって魔王に注がれていった。煙が立ち、魔王の姿が見えなくなる。きっと、ダメージを与える事が出来たはずだ。
けれど煙が消えた先の魔王には、ダメージを負った様子は見られなかった。傷一つない。
魔王は初めて動き出した。今までは攻撃を弾くだけで何もしなかったというのに。皆一斉に身構え、攻撃に備えるため防御膜を張る。
魔王は一同をぐるりと見渡す。それ以外、何もしなかった。何もしなかったというのに、何か大きな攻撃を受けたかのように体から力が抜けていた。ふらつきそうになるのを、何とか踏ん張って耐える。他の人を見ると、生徒は数名、騎士は一人残らず倒れていて、師団の多くも倒れてしまっていた。
これはもしかしたら。
「無属性? まさか……」
無属性だったら、防御膜が効かないわけである。けれど魔王が無属性を使えるだなんて。師団の人も分かっていなかったことなのだろう。困惑した顔だった。
魔王はしたり顔で笑っていた。それから私を見る。
「お前だけが使えると思っていたか。しかし、お前の魔力には覚えがある」
にぎにぎと手を動かし、確かめるように見つめている。それから宙を見つめ、合点がいったのかまた私を見た。
「思い出したぞ。あの忌々しい巨木で感じた力だ。お前のおかげで力を蓄えられた。感謝しよう」
感謝された所で、全く嬉しくない。むしろ頭を抱えて蹲りたい。そんなことはしないが。
やはり、私の秘密基地であるあの木は魔王が封印されていたものだったのだ。それがどうして封印が解かれてしまったのかは分からないが、知らないうちに魔王へ力を与えてしまっていたなんて。
魔王が私の目を見ている。離れているのに、それが確かに分かった。
「来い」
行くわけない。行ったら殺されるのではないか。そう思っているのに、呼ばれるままに体が動いていた。手を広げる魔王の元に、真っ直ぐ向かっている。
「マーティナ! 」
殿下の焦ったような声が聞こえる。よかった。心配してくれている。状況に反して、嬉しいと思う自分がいた。
そのまますっぽりと魔王の腕の中に収まってしまった。魔王は私を殺そうとはせず、ただ抱きとめている。体は自分のものでなくなったかのように動かなかった。
「我はこいつが気に入った」
魔王が私を見つめ、頬を撫でてくる。優しげな顔はロニーそのものだけれど纏う雰囲気はまるっきり違う。頭や頬を撫でるその手に嫌悪を感じても、動かない体では払いのけることなど出来なかった。
「僕のマーティナに触らないでもらいたい」
珍しく地を這うような低い声で殿下が言った。目でさえも動かすことが出来ないので見ることは出来ないが、きっと殿下は怖い顔をしていることだろう。怒りを滅多に表に出さない殿下のことだ。そういう人ほど怒った時は怖いのだ。
本当に優しい人だ。自分の気持ちを無下にした私でさえ心を砕いてくれるなんて。婚約者なんて替えがきくのに。
「僕の、か」
魔王が呟くように反芻してから、私の目を見る。頬に手を添えられ、顔が近づいてくる。口元が弧を描いていた。ああ、殿下の反応を見ているのか。視線は横にずれていて、私の方はあまり見ていなかった。殿下がどんな顔をしているのか、私にはわからない。魔王が愉快そうにしているので、望む反応をしているのだろう。
鼻先が触れるほど近くになり、魔王が呟いた。
「殺せ」
誰のことを言っているのか分かりたくなかったが、体は勝手に動いていた。皆が見ている中、私はその人物に向かって歩いていた。
逃げて。
そう伝えたいのに、心の中で訴えるしか出来ないこのもどかしさ、辛さをなんと表現しよう。
「マーティナ? 」
心配そうな殿下の前に立ち、私の体はゆっくりと魔力を集中させ始めていた。腕をゆっくり上げ、殿下の眼前に向ける。周りの人が動こうとする気配があったが、魔王の力によるものなのか動けなくなっていた。
……ごめんなさい。アルノルフ様。




