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学園祭で現れてから、頻繁に魔物がやって来るようになった。人の集まる街の中心や、閑散とした農村など現れる場所に規則性は無い。
その事が、余計に人々の恐怖を煽ることになった。
結果として特訓はさらに厳しいものとなったが、学園祭以降、特訓を希望するものが増えたことは、うれしい産物かもしれない。
魔物が襲ってくる日々であっても、時は普通通りに流れるもので。
三年生であるエド兄様たちは今年、卒業する。貴族は、領地に戻るものや王城に務めに出る者と様々である。ルイ兄様は家業を継ぐらしい。
卒業式を翌週に控え、卒業パーティーが開かれた。在校生も参加する、とても大きなものだ。
ゲームでは一番最後のイベントとなっている。悪役マーティナの、断罪イベントだ。ここで数々の悪事が暴露される。されてもなお、魔王討伐のイベントでヒロインたちについて行っているのだから、マーティナは鋼の心でも持っているのかもしれない。
魔王が魔物と共に来るのがパーティーが終わる頃なので、それまで楽しむことにした。
だって、私は何もしていないのだから! 断罪されることもなく、安心した心持ちでいることが出来る。ルルちゃんが殿下ルートに入っていたら婚約破棄イベントでもあったかもしれないが、その心配はないだろう。
おそらくリノルートだ。きっと。多分。うん。そう、だよね?
ルートの進行具合を聞くために、甘いものを選んでいるリノに近づいた。
「こんにちは、リノ。ちょっと私についてきて下さる? 」
不思議そうにしながらも、リノは会場を出ようとしている私について来てくれた。
「何? 」
甘いものを食べ損ねたからか、不満げだ。
早めに話を切り上げてあげるために、正直に話すことにした。
「ルートはどの辺ですか? 」
「は!? それ、俺に聞くの? 信じられないよ」
なんだか怒らせてしまったようだ。その理由が分からず、首を傾げるしか出来ない。
私の反応を見て、リノは諦めように息を吐いた。眉を垂らし、落ち込んでいるようにも見える。高架下の、子犬のようでもあるかもしれない。
「俺のルートじゃないよ」
「それは……ごめんなさい」
ルルちゃんが大好きだったというリノには、酷いことを言ってしまったかもしれない。
素直に謝ると、落ち込んでなんかないからね、とツンデレ度高めで返されてしまった。
「俺は結局、幼なじみで弟でしかなかったんだ」
辛そうに笑うリノを、思わず抱きしめてしまった。人通りのない所なので、誰かに見られるということはないだろう。それから背中を優しく撫でる。悲しい時に、エド兄様がそうしてくれたのを思い出した。
「もうっやめてよね」
離れてから、とんでもないことをしてしまったのではと後悔した。けれど真っ赤な目をしたリノがそう言ったので、私のした事は間違っていなかったのだろう。
「では、ルルちゃんが誰のルートに入ったのか分かりますか? 」
「君の近しい人たちはまず無いんでしょ? すると、先生になるのかな? 」
「そうですね。けど、先生とも微妙なところですね」
ルルちゃんが誰のルートかという話だが、全く思い当たる節が見つからなかった。こうなると、誰のルートにも入っていないことになる。
「魔王への道は開かれていっているのに、おかしいですね」
「マーティナが悪役をやってないことも影響しているかもしれないね」
それは一理ある。現にイベントを潰してしまっているので、否定は出来ない。
「もしや、隠しキャラを狙っている手練ですかね? 」
「ルル姉を手練って言わないで。けどその線もあるかもね。図書室での出会いイベントは済んでいるようだし」
やっぱり、リノに進み具合を聞いてよかった。一番近くにいる人の方が、知っていることも沢山あるだろう。
とりあえずはそれで結論づけて、皆が楽しむパーティーに戻ることにした。
**
なんという光景か。
垂れ下がっていた大きなシャンデリアは地面に突き刺さり、壁に飾られていた花は皆しなびれてしまっている。さっきまで煌びやかだった会場は、一変していた。
正面にあったはずの壁が崩れ、無くなっている。こんな大惨事があったのに、気づく事が出来なかった。そこまで離れていたつもりは無い。誰かが意図的に膜を張った可能性が高かった。
辺りを見渡し、近くの壁際にいる人を発見し、状況を聞くために近寄る。
「すいません。一体何があったのですか? 」
「分からない。一瞬でこの有様だ。魔物の姿も見えないので、先生方も困惑しているようだ」
一瞬。しかも魔物の姿が見えないとは。
魔王の力も関わっているのかもしれない。
「俺はルル姉を探してくるよ。君は殿下のそばにいた方がいい」
学園祭以降、殿下と普通に話せなくなってしまった。今までどう話していたかも、分からない。傷つけたことを謝り、誤解を解きたいのに。
……違う。私が避けてしまっているのだ。
「マーティナ」
「……アルノルフ様。お怪我は? 」
「どこもない。君は大丈夫かい? 」
「ええ」
リノと会場から出ていた、なんて言えないので隠すしかない。何をしていたか聞かれて、上手く説明出来ないからだ。
当たり障りのないことを必死に絞り出して、取り繕う。変に気を張っているなんて思われたくなかった。
「あの、」
何かを感じてか、殿下は話を切り上げようとした。慌てて声をかけようとすると同時に、暴風が開いた壁から吹き込んでくる。
「っ!? 」
殿下が私を抱きしめ、壁になってくれていた。
胸を押し、顔を上げる。とても近くに綺麗な顔があってびっくりしたが、冷静を必死に保った。
「ありがとうございます」
「ごめんね、急に」
笑って離れて行こうとする殿下の胸元を、咄嗟に掴み引き止める。なんの考えもなかったので、外される手はそのまま下に降りていった。
「私はこの国の王子として、陛下に報告に行ってくるよ。君は安全な所に。兄君のところにでも行った方がいい」
線を引かれたように感じた。
王子としての務めをちゃんと果たす人だというのも知っているし、初めに距離をとってしまったのは自分だというのも分かっている。だから、傷ついたようには見せてはならない。そばにいて欲しいとも、思ってはならない。
ただ、送り出すことしか出来なかった。
「お気を付けて」
殿下を見送り、エド兄様を探す。ルイ兄様と一緒にいるのを発見した。
「エド兄様」
「マーティナ? アルノルフはどうした」
「王城へ報告に行かれました」
あの馬鹿、とエド兄様が吐き捨てるように言う。誰かに聞かれてはいないかと、ヒヤヒヤした。ルイ兄様もさすがに口には出さなかったが、同意しているのか咎めようとはしない。
「ここにいるよりも、安全かもしれませんね」
王族に何かあれば、大変なことだ。魔物に襲われることを怯えるのなら、安全な場所にいて欲しい。
エド兄様が無言で私の頭を撫でた。撫で繰り回したので、髪がボサボサだ。髪を整えながら、エド兄様を見る。腕を組み難しい顔をしていた。
「来る」
その声の後にまた豪風が吹き込み、咆哮が聞こえた。黒いモヤが、会場中を満たす。
モヤが晴れた時、開いた壁際には大きな龍のような魔物側に立つ、ロニー・ガーネットの姿が見えた。
件のロニーですが、学園編5,6にて登場しております




