6
建国に関わった人間について調べるために、建国以前について調べることにした。数冊良さそうなものを借りて外に出ると、図書室の前にはクレイグがいた。
「ごきげんよう、クレイグ様」
「マーティナ様! 探しておりました。本は俺が持ちましょう。ついてきてください」
あっという間に両腕の中の本はクレイグの片腕に収まり、有無も言わせず歩きだしてしまったので、ついて行くほかなかった。
着いた場所は、学校の庭園。ルルちゃんと殿下が仲良くなるイベントの場所だった。あの日ルルちゃんが座っていたベンチには、殿下が座っていた。背を向けているので、こちらには気がついていない。
知らないうちに、ルルちゃんと殿下はとても仲が良くなっていたのだろうか。婚約を解消してもらいたいと、お願いでもされるのだろうか。
こうなることは想定の範囲内ではあったが、いざ言われるかもしれないと思うと少しだけ緊張して、気を引き締めた。
意気込んで一歩踏み出すと、足元の小石が擦れジャリっと想像以上の大きな音が出た。
その音に気づいた殿下がこちらを振り返えった。どんな顔をしているかと考えていたが、満面の笑みを浮かべていた。いつもの嘘っぽい笑顔とは違う、自然なものだった。
「クレイグ様、私を探していたのは」
殿下なのかと尋ねようとクレイグがいるであろう場所を見たが、もうそこには誰もいなかった。二人きりにするつもりなのか。
「僕がマーティナを探してもらったんだ。こっちにおいでよ」
座っている隣を二度叩き、殿下が私を呼んだ。素直に隣に腰掛けると、殿下が改めてこちらを向いた。
「来てくれてありがとう」
何を言われるのだろう。身構え殿下を真っ直ぐに見つめると、殿下は少し照れたように笑った。
「前に、いつかアクセサリーを贈ると言ったことを覚えているかい?」
「……えと、はい。たぶん? 」
「まぁ、忘れていてもしょうがないよ」
君は宝飾品が好きなタイプではないよね、と微苦笑されてしまった。否定はできない。
「本当は入学してすぐに渡すつもりだったんだけどね。ほら、後ろ向いて」
言われた通りに後ろを向いてすぐに、殿下の手が前に伸ばされた。
手のひらから、小ぶりな緑の粒がこぼれ落ちる。小ぶりだけど貧相には見えない、とても上品そうなものだった。光が当たり、黄緑色が鮮やかに輝く。
「きれい……」
「ペリドットだよ」
手で持ち上げ、よく見てみる。何か魔法が込められているようだった。そしてその魔力には覚えがある。
「アルノルフ様の魔力を感じます」
「ああ、やっぱりマーティナには分かったか」
幸運が訪れるようにという願いが込められているらしい。そういう魔法が刻まれているようで、贈り主が魔力を込めるのだという。
ペリドットの緑は殿下の瞳の色だし、魔力からも殿下を感じる。
「まるで、アルノルフ様が近くに居るようですね」
なんだか殿下に包まれているようだ、なんて思ってしまって恥ずかしくなってしまった。顔が熱く感じるが、後ろの殿下には見えまい。
気持ちを落ち着かせ、殿下の方を改めて見る。
「ありがとうございます、アルノルフ様。本当は一体なんの魔法なんです? 」
「幸運が訪れるようにというものだよ」
そんな魔法は無いことを知っている。けれど、どうやら教えてくれるつもりはないらしい。ニコニコと上機嫌そうに笑っている。
「大切にしますね」
「毎日身につけるといいよ。その方が効果を発揮するからね」
毎日なんてつけていたら、壊れてしまうかもと心配していたが、殿下がそう言うなら、その通りにしようか。
私自身が丁寧に扱って、大事にすればいいのだろうから。
そのまま教室に戻ると、クラス中のご令嬢に囲まれてしまった。スサナ様も遠くからにこやかに微笑んでいて、囲まれている私を助けてくれるような様子はない。
「マーティナ様、そのペンダントはどうされたのですか? 」
名前も定かではない、話したことも無い令嬢が不躾な目でジロジロと見てくる。品定めするようなその目をとても不快に感じた。
ペンダントを胸元に隠し入れ、周りにいる人たちを見て、軽く頭を下げる。
「頂き物です。失礼」
それ以外は話すこともないので、スサナ様の方へ逃げることにした。
「何なのかしら」
「本当ですね。お相手なんておひとりだけでしょうに」
イライラした気持ちで開口一番に言えば、理由が分かるらしいスサナ様は微笑みを浮かべていた。
教えて貰おうと頼めば、決まり悪そうにしている。
「彼の人はいらっしゃらないようなので内緒でお教えしますが、ペンダントというのは、大切な方へ贈るものなのです。しかもそのお色は瞳のもの。ご自分のお色を贈るのは、愛しい方だけ」
分かりましたか? と言われて頷くことしか出来なかった。大切な人というのは、婚約者だからだと理解ができる。けれど愛しい方とは。本当に私で合っているのだろうか。
あ、スサナ様は気づいていないようだけど、これは魔法が刻まれたもの。普通とは違うのだから、意味も違うかもしれない。
「たとえそれが普通のものでなくとも、ご自分のお色を贈るということは、それだけで意味があるものなのですよ」
とどめのように付け足される。
服越しにペンダントを握り、目を伏せた。殿下の魔力を感じて、また頬が熱を持ち始めたのに気づく。調子が狂うな。
自分の席に行くと、クレイグが持ってきてくれたらしい本が積まれていた。
一番上の本を手に取り、パラパラとめくってみる。
そこには、人間たちが崇めていたという巨大樹の絵が書かれていた。傍には大きな水溜まりのような池が。
まるで私の秘密基地に似た景色だった。
**
詳しく調べるために、王立図書館に来た。
古い地図と今のものを照らし合わせ、その巨大樹の場所を探す。けれど地図が古すぎて、正確な位置がなかなか分からなかった。
悩む私の前に、物知りなメガネの図書委員が通りかかった。沢山の本を抱えている。前など見えないのではないか。
「お手伝いしましょうか? 」
首を振っている。その振動で本が落ち拾おうとするが、両手が塞がっているので拾うことなど出来ない。拾い集めてあげると、何度も頭を下げられ、とても感謝された。
「どこに持っていくんですか」
「……机にお願いします」
図書委員は諦めたように言って、先を歩き始めた。
「こんなに沢山読んでいるから、物知りなんですね」
「そんなことはありません。それを言うなら、あなたも沢山読んでいますよね」
「いいえ。私は偏っていますから」
主に読むのは、魔法書ぐらいだ。建国以前なんて、今までなら知ろうともしなかった。魔力のない人間が戦っていた事なんて知らなければ、読むことはなかっただろう。
「それでも、凄いことですよ」
真面目な顔で褒められてしまい、少し照れる。面と向かって褒められるなんてめったにない事だ。
それから少し話をして、図書委員の名前を初めて聞いた。名前はロニー・ガーネット。ひとつ上の二年生。一週間に沢山の本を読むそうだ。
頭の中にはどれだけの知識があるのかと、向かいの席を見る。ロニー先輩は分厚い本を読み始めようとしていた。
「先輩。本が逆さですよ」
この少しおっちょこちょいで物知りな先輩が、いずれ魔王となり戦う相手だなんて、到底思えない。




