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リノはそう一言言って、自分のクラスに帰っていってしまった。
「……彼は思い違いをしているようだね」
にこりと殿下が口角を上げた。目が笑っていないし、魔力が少し漏れ出している。リノに対して、怒ってくれているようだ。
いつの間にか授業の先生が来てしまったので、いまだに謝り続けているルルちゃんを押しとどめ席に戻った。
隣に座るスサナ様が心配そうにこちらを見ている。一部始終を見ていたのだろう。
リノの言葉はおかしい。理由にもなっていなし、私は人を虐めるような者ではないと自負している。殿下やスサナ様の様子からも、それは思い違いではないのだと思う。
まるでゲームのマーティナに対する評価のようだ。
……まさかね。
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なんとも言えない気分のまま、私は部室に向かっていた。セザールとは、部室に向かう直前の角で合流する予定だ。
部室に入ると、中には相変わらず気だるげなマッケラン先生と、ルルちゃんがいた。
ああ、忘れていた。ゲームでもルルちゃんは、マッケラン先生が顧問を務める部活に入るのだ。そこが先生と、それから何故かセザールとの接点になるのだ。
「マーティナ様だったのですね。他に入った部員というのは」
とても嬉しそうにしているが、なんだか申し訳ない。邪魔者のような気分だ。
「お昼はすみません」
ずっと気にしていたのだろう。申し訳なさ満点だ。何もルルちゃんが謝ることはないのに。
「あなたが謝ることはないわ。ろくに人の話を聞かない、あなたの幼なじみが悪いんだから」
そう言うとますますルルちゃんは縮こまってしまった。罪悪感を感じているのか。果たして、なんと言えばいいのか。
「お前の幼なじみなら、この部活に入ったじゃないか。そろそろ来るんじゃないか? 」
先生が欠伸をしながら言った。もしや初めに聞いたほか二人とは、ルルちゃんたちのことなのか?
待て。ゲームのリノは、部活に入っているという情報はなかったはずだ。これも一種のバグか。それかゲームに似た世界だからだということか?
考えても仕方ないので、先生の魔法書を拝借して、読みながら待つことにした。
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来ない。ずっと待ってるのに。
先生は部活動の時間にもかかわらず爆睡しているし、セザールとルルちゃんは帰る用意をし始めている。
日も傾き始め、帰宅しなければいけない時間も迫っていた。
諦めかけていた時だった。バタバタと足音が聞こえ、やがて扉の前で止まった。
「ごめん。用事を頼まれちゃって遅れた。一緒に帰ろ、ルル姉」
うっすらと額に汗を浮かべたリノがやって来た。扉の前で息を整えてきたのだろうけれど、疲れている感じはなかった。
「やっと来ましたか」
私が声をかけると、ビクリと肩を跳ねさせた。そして初めてこちらを見る。私がいることに驚いているようだった。
「ルル姉を脅して、居座っていたの? とんだ暇人だね」
「違うわ、リノ。マーティナ様たちもこの部活に入ったんですって」
確かに部員の一人ではあるが、ルルちゃんを脅したつもりは無い。暇人だというのは、否定できないが。
「あなたがここの部員だと聞いて、待っていたのですよ」
そう言うと怪訝そうな顔をした。何を言われるのかと、不思議がっているのだろう。
「何の用。もう帰りたいんですけど」
すごく言葉がトゲトゲしている。敵愾心むき出しだ。そんな態度を取られる覚えはないが。
「あなたは私のことを、人を虐めるような人物だと思っているようですね」
「事実でしょ」
これから起こることを想定して、私はリノに近づき小さい規模の結界を張る。私たち以外には何も聞こえない。もちろん、セザールやルルちゃんにも。
心配そうな外にいる二人に、安心させるよう頷いてから、リノの方を向いた。今度は私が真っ直ぐ見る番だ。
「……防音の結界を張らしていただきました。さ、私がしたということ、あなたの中での認識。全てを話してくださいな」
「口止めするつもり? 俺も魔力は多い方だから、こんな結界壊すのなんて容易いよ」
「これは、お互いのためです。さ、どうぞ」
促すと、さも不愉快だとでも言うように腕を組み、眉間に皺を寄せた。けれど話す気はあるようで、片眉を釣りあげ、挑発的な笑みを浮かべる。
「ルル姉から聞いただろ。貴族は平民だからと下に見る。自分が出来ないからと、僻んで八つ当たりをする」
「殿下とは仲がいいようだったが、あれもハリボテだろう。ハリボテだからこそ、自分より仲良くなったルル姉を虐めるんだ。身分だけが取り柄だからこそ、自分に自信が持てない」
ずっと黙って聞いておくつもりだったが、それは事実や認識云々ではなく、ただの悪口ではないか? 他人の行いを聞いているつもりになっていても、くるものがある。
「今はちゃんとしたような面を被っているが、中身は傲慢で高飛車。わがままでそこの従者や兄に迷惑をかけているんだろ? 」
「……私が傲慢で高飛車ですって? 」
「なに。事実でしょ」
リノが馬鹿にしたように、鼻で笑った。
ああ。疑惑が確信に変わってしまった。確実に、この人は知っている。いや、覚えていると言った方がいいのか?
では、もう一押し。
「あなた、妾腹の子なんでしょ」
私の言葉に、リノは驚いたように目を見開いた。口をパクパク開閉しているが、声は出ていない。
ゲームの終盤で分かる事だけど、リノは伯爵の行方知らずだった庶子で、しかも唯一の男だったという裏事情がある。平民としてヒロインといることを選ぶか、貴族として生きることになるか、選択を迫られるのだ。
とまぁ、それは置いておいて。
これは、この反応は黒だ。
「なんで、知っているわけ? ……やっぱりあんたはバグだったってこと? 」
「あれ? 気づいていたんですね。何も隠してはいませんでしたが」
怪しまれていたってことか。それなのに私へ疑ってかかるとは。挙句喧嘩ごしで。
「気づくもなにも、あんたがルル姉と同じクラスだっていう時点でおかしいと思っていたんだ」
「まあ」
そういえば、ゲームでは違うクラスであったと思い出す。
「じゃあ、あんたも記憶持ちっていうこと? 」
恐る恐るといった感じのその言葉に、私はニッコリ笑って頷いた。




