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殿下襲来から一ヶ月後、また新たなお客様がやってきた。今度はちゃんと私も予定を把握している。
大きな袋と共にやってきたのは、スサナ様とアンヌ様だった。
「いらっしゃい。どうぞ上がって」
二人は紅茶を飲んだあと、開口一番に言った。
「マーティナ様が寂しい思いをしているのではないかと思って、今日はプレゼントを持って来ましたのよ。気に入るかわかりませんが」
また心配されてしまっていたようである。
プレゼントは大きなクマのぬいぐるみだった。寂しさを紛らわすためにも、ぬいぐるみを抱きしめるのは効果のあるものなのだとか。
「ありがとうございます、お二人共。大事にしますね」
「喜んでいただけたようで」
二人はうふふ、と笑っている。殿下といい、いい人に私は囲まれているようだ。
「それにしても、私はそんなに寂しがり屋に見えますか? 」
「そんなことはないですが……でもマーティナ様はエドウィン様と大変仲がよろしくていらしたから」
「ええ」
仲が良いというのは否定しないが、そろそろ兄離れも必要かと思っていたので、ちょうどいい機会であった。最近では頻繁に来るエド兄様からの手紙が、もういいかな、と思いつつあった。進歩であると思う。
「先日、殿下も同じような理由でいらしてくださったのですよ」
「まあ」
「それは、マーティナ様が候補筆頭であるから、というのもあるのではないかしら」
私の知らないうちに、婚約者候補筆頭になっていたようである。
スサナ様は無事辞退ができ、アンヌ様はいつの間にか辞退をして、新たに先日婚約者が決まったそうな。よって残ったのは私を含む三人になっていた。
「けれど、熱烈な……リュシール様でしたっけ。あの方が筆頭なのだとばかり思っていました」
「たとえどれだけ好いていようと、決めるのは殿下ですわ」
スサナ様がお茶請けのクッキーをつまみながら言った。アンヌ様も理解を示していた。
そうなのか、と納得したが内心少し焦っていた。ゲーム通りになるのではないかと。
時点では友人? のようであるがこれからどうなるか分からない。うつつを抜かした殿下を見て、ヒロインちゃんに何かしてしまったらどうするのか。今の状態ではしないとは思うが。
荒ぶった心を落ち着かせるように、紅茶を飲む。爽やかな香りがした。
**
学園が夏休みを迎えて、エド兄様が帰ってきた。ご友人を連れて。
「こいつはルイ・バークリー」
「こいつって酷いなぁ。こんにちは、妹ちゃん。兄ちゃんの友人です」
不機嫌なエド兄様に紹介されたのは、ご友人だというルイ様だった。
彼も攻略キャラとして、ゲームで出ていたことを思い出す。商人の息子で、誰とでも仲良くなれるタイプ。ゲームでは突っ走るエド兄様の手綱を握る役もになっていたが、現実はどうやら違うようだ。
茶髪で人の良さそうな笑顔はゲームと変わらないが、エド兄様と仲が良さそうな姿は、なんだか好感が持てた。
「はじめまして。マーティナと申します。エド兄様をいつもありがとうございます」
「礼儀正しい子だね、飴をあげよう。ねえ、そのエド兄様って呼び方いいね。俺もルイ兄様って呼んでよ。一人っ子だからさ、憧れていたんだ」
実家がお菓子屋さんだというルイ様に飴玉をもらった。綺麗な飴玉だ。
「失礼ではないですか? 」
「俺が望んでいるんだから、いいだろう? 」
「では、ルイ兄様と呼ばせていただきます」
そう呼ぶと、嬉しそうなルイ兄様はエド兄様に睨まれながら去っていった。しばらく泊まるらしいので、客室に向かうのだろうか。
私はこっそり飴玉の包み紙を開けて、口の中に入れた。
ほんのりと柑橘系の味がした。
「お嬢様、気をつけてくださいね」
セザールには見られてしまっていたようである。うっかり飲み込んでしまいそうになった。危ない。セザールにこそ、これから気をつけてもらおう。
そう思いながら、外を見た。燦々と太陽が降り注ぎ、とても暑そうだ。この辺りはとても暑くなるので、この時期には避暑地に行くことが多かった。
「セザール。今年は避暑地へいつ頃行くのですか」
「別荘が改装中なので、行かない予定だと聞いております」
なんということだ。
暑さに耐えなくてはならない日々を想像して、憂鬱な気分になった。が、いいことを思いつく。
一転して軽やかな足取りで、私は部屋に戻るのだった。
夏真っ盛りな某日。
私は部屋の中央に仁王立ちしていた。これからちょっとした実験をするのである。
目を瞑り、鍾乳洞の中にいるような感覚を想像する。ひんやりとした空気に満たされている、あの感じ。ただし、入口付近の、外の空気と混じりあっている部分。ちょうどいい、涼しさ。
それを手元から冷気として出してみた。数分で部屋の温度が一気に下がった気がする。
成功だけれど、その効果は廊下に出てすぐ終わってしまうもので。
「どうしたら家全体涼しくなるだろうか」
考えた末に、一度暑い暑い外に出てみた。私の姿を見たエド兄様達も、不思議に思ったのか付いてきた。家の中にいればいいものを。
「何する気? 」
面白そうだとルイ兄様は楽しそうだが、エド兄様は私が変なことをしでかすのではないかと、訝しげである。
「暑いので、家を氷漬けにしようかと」
私の言葉に、ルイ兄様は笑ってエド兄様は眉間に皺を寄せた。後で怒られるだろう。
「溶けてしまうんではない? 」
「はい。ですからこう、ドーム型に分厚く一度覆って、そこから更に家を凍らせれば、溶けるのを遅らせることが出来るのではないかと」
「へえ、面白そうだ。手伝ってあげようか」
ジェスチャーを使いながら説明すると、ルイ兄様は頷きながら聞いた後、手伝いを申し出てくれた。どれくらい魔力を必要になるか分からなかったのでありがたくお願いすると、エド兄様も手伝ってくれることになった。
きっと暑くて困っていたのだろう。
手伝ってくれたおかげで、割と直ぐに凍らせることに成功した。ドームの中は涼しいぐらいなので、家の中は少しひんやりしているかもしれない。
何事もなく成功したが、玄関口を開けておくことを家に入る前まで忘れていた私達は、その部分だけ一度溶かさなくてはならなかった。




