24
13歳の年を迎えた。
今年、2歳上であるエド兄様は学園へ入学し、この家を出て王都にあるタウンハウスから通うことになる。とても寂しい。
入学式を前日にひかえたある日、エド兄様は私の手を握りしめて言った。
「長期休暇には帰ってくるが、それまで僕を忘れてくれるなよ」
と。
いや、忘れる事はないだろうと思った。むしろエド兄様の方が私のことを忘れてしまうのではないかとさえ思った。
新しいお友達が出来たり、はたまた好きな人ができるかもしれない。そして私の事なんてどうでも良くなってしまうのだ。長期休暇に帰って来なくなるかもしれない。それは不安だ。
だから私は言った。
「私のことは忘れてもいいので、長期休暇にはちゃんと帰ってきてくださいね」
エド兄様は鼻声で忘れないよ、と言って私を抱きしめてから、馬車に乗り込み学園へ向かった。
そんなことがあったのが約3週間前。
だんだん居ないことに慣れてきたし、頻繁にエド兄様からお手紙が来るので、寂しく思うことはあまりなくなった。
そして今日の分の課題を終えてゆっくりしていると、突然セザールから来客について聞かされた。お昼をすぎた頃だった。
「殿下がいらっしゃいました」
「聞いていないです」
「黙っているようにと」
力に屈したのか、セザール。遠い目をしているセザールを軽く睨んでから、ドアの方に向かった。
「殿下はどちらに? 」
「サロンでございます」
待たせては悪いとなるべく早足で向かったというのに、殿下は我が物顔で紅茶を飲みつつ寛いでいらっしゃった。その横には見たことはないがどこか見覚えのある、ガタイのいい男の子が座っている。
「ごきげんよう、殿下。今日はどのようなご要件で」
「いや、なに。特に用はないんだ。そうだ彼を紹介しよう」
「彼は僕の友人、クレイグだよ」
クレイグ……。うん。彼もゲームに出てきたな。メインではないがサブとして。殿下の側近といった立ち位置だった。どうりで見覚えがあると思った。
次いで私も友人として紹介され、二人して挨拶をする。クレイグ様はどうも、と頭を下げただけで何も言わなかった。少し無口なのかもしれない。
「本当は何の用事なのですか? 」
不審に思って尋ねると、いやいや、と首を振る。それからヘラりと照れくさそうに笑った。
「友人の家に意味もなく訪ねてはダメかな? 」
ただしくは友人の妹、という肩書きだったはずであるが。いつの間に友人になったのか。
「婚約者候補、ですよ」
「ちゃんと認識しているんだね。てっきり忘れているかと思っていたよ」
確かに何度か遊んでいると忘れたりするが、とは面倒くさくなりそうなので黙っておくことにした。この人はかなりいい性格をしているので、グチグチ言って来ることなど目に見えている。
「……そうだ。マーティナは頭に花を咲かせたゴーレムを持っているんだろう? あれを見せてくれないか? 」
「分かりました。ですが、家の中へ連れていくことは出来ないので付いてきて貰えますか? 」
「ああ、もちろんだよ。クレイグもいいよね」
クレイグ様が頷いたのを見たのを見てから、私たちは立ち上がりはなちゃんがいる花壇を目指した。
花壇に到着して、はなちゃんを探したがどこにもいなかった。いつもいる端の方を見ても、穴がぽっかり空いているだけだった。
「申し訳ありません。いなくなってしまったので、探します」
「私たちも探すよ。どんな子なんだい? 」
私は頭から花が一輪生えた30センチにも満たない、小さなゴーレムだと説明した。小さいので、なかなか見つからないかもしれない、そう話すと、殿下はクレイグ様の方を見た。
「花が咲いているというなら、クレイグは適任じゃないかな」
クレイグ様自身もピンと来た顔をしている。私にはさっぱり分からないので説明を求めるが、見ていなよ、と言われてしまったので大人しくしていることにした。はなちゃんは私の言うことを聞くようになっているが、姿が見えなければ戻ってくるように言うことも出来ない。
クレイグ様がしゃがみこみ、花壇の花に近づいた。風で花々が揺れ、するとどこからともなく一枚の葉っぱがやってきた。風に流される葉っぱを、クレイグ様が追っていく。
「あれは? 」
「クレイグはね、小さい頃から自然に好かれているんだよ。どこにいてもね。力を貸してくれることも少なくない」
クレイグ様の周りにはいつの間にか葉っぱも増え、さらには昆虫や小鳥なんかもいた。あれは好かれるの域を超えているのではないかと思う。自然という範囲の広さも驚かされるが。
「君のゴーレムには花が咲いているんだろ? 仲間の気配を感知した花や、匂いを嗅いだ虫や小鳥が、クレイグに教えているんだよ」
すごいとしか言いようがない。
クレイグ様も助けてくれるよう頼んだのかもしれないが、あれは自主的に動いているようにも見える。
しばらくして戻ってきたクレイグ様の腕の中には、眠っているはなちゃんがいた。クレイグ様が大柄なので、余計にはなちゃんが小さく見える。
「ありがとうございます、クレイグ様」
はなちゃんを受け取り感謝を述べると、そっと微笑み返してくれた。優しい笑みだ。もしかしたら優しいところも自然に好かれているのかもしれない。
はなちゃんを紹介したあと、殿下が一度席を立った。
その間に、思いついてしまった軽いいたずらをクレイグ様に提案してみる。
「クレイグ様。自然に好かれているあなたに折り入ってお願いがあります」
「……なんでしょう」
私の畏まった言い方に、クレイグ様は顔を強ばらせた。警戒させてしまったのかもしれない。
けれどこうなったらやけだ。私は一息に言った。
「殿下に、いたずらをしてみたい」
「!? 」
「あの笑顔を崩してみたい」
私の言葉を聞いてしばらく驚いて目を瞬かせていたが、やがてニタリと笑った。
「この場は友人同士ゆえ、多少の無礼は許されよう」
急に口数が多くなった。ストレスが溜まっていたのだろうか。
「驚かれましたか」
「ええ。真面目そうでいらっしゃるから、怒られるかと」
「俺も、笑顔を崩したいと思う一人。もともと、楽しいことは好きなのです」
私たちは固い握手を交し、計画を練り始めた。
殿下が戻ってくるのを待ちながら、花壇の陰に隠れていた。体の大きなクレイグ様は花壇の陰には隠れられず、近くの物陰にいるが、若干見えているのではないかと思う。まあ、バレなければいい。
「あれ? いない」
殿下が来た。
私は冷たい風を生み出し、殿下の首元を撫でた。これは以前開発した熱風の変化版だ。ビクリとした殿下はキョロキョロしている。
次にクレイグ様が花びらの塊を向かわせる。私が風で押し上げ、殿下の頭上で停止する。
「クレイグ様。今です」
クレイグ様にこくりと頷くと、花びらの塊がぶわっとひろがり、舞い降りていった。
殿下も驚いて、いつもの笑顔が崩れているような気もする。
「やりましたね! 成功ではないですか? 」
クレイグ様の方を振り向いて聞くと、目を泳がせていた。口だけがぱくぱくと動き、何かを言っているようだ。
「なんです? あ? え? 」
解読を試みる私の肩に、手が置かれた。
「これは君たちの仕業だったのかい? 」
「ひっ、殿下……」
にっこりと圧を込められて微笑まれ、私は冷や汗を出す勢いだった。
怒ったのかと聞けば、怒ってないという殿下。私は首を傾げるしかなかった。
「ここから見ていたら、綺麗だったかい? 」
「え? ええ、それは。絵画のようでしたよ」
「そう。楽しかったかい? 」
これは正直に言うべきだろうか。人が驚いているのを見て楽しんでいたなんて、性格が悪いと言われてしまうだろうか。
「楽しかったです」
「それはよかったよ」
本当に嬉しそうにしているものだから、拍子抜けしてしまった。クレイグ様を見るが同様に笑っている。
「大好きなエド兄様が学園へ入学して、さぞ寂しがっているんではないかと来てみたが、案外平気そうでよかったよ」
心配してきてくれたという訳か。私を元気づけるために、クレイグ様も私のいたずらに付き合わせてしまったのか。
「クレイグ様に酷いことをしてしまいましたね。こんなことに付き合わせるなんて」
「いいえ! 俺も、楽しみましたし、アルノルフが驚いているのを見れた。酷いことなんかじゃない」
早口で焦ったようにクレイグ様が言う。本心から楽しんでくれていたのだとわかって嬉しかった。早口で言った後に少しだけ息切れしているのを見て、申しわけなくは思ったが。
「二人とも仲良くなったんだね。私抜きで」
ヤキモチ焼き? な殿下は不機嫌になったが、クッキーをあげたら上機嫌になった。何故だか私が焼いたと勘違いしているようで、大半をセザールが作ったのだが黙っておくことにした。




