21
王宮で魔法を見せてもらってからしばらくたった頃、私は暇を持て余していた。家庭教師の先生も、ミラルダ先生も今日はやって来ないし、出されていた宿題も午前中のうちに終わらせてしまっていた。
勉強机の椅子に腰掛けて、暖かい陽射しを受けながら本を読んでいたが、なんだか今日は頭に入ってこない。
「セザール。午後からは何か用事が入っていた? 」
少し離れたところに立っているセザールに、何度目かの質問をする。
「いいえ、ありませんよ、お嬢様」
「そう。そうなのよね……」
魔法の勉強をしようにも、普通の本でさえ頭に入ってこないので、魔法も身につかないだろう。なんだか今日はずっとうわの空なままな予感がする。
「……そうだ! 秘密基地に行ってくるわ」
「秘密基地……あの森の中のですか? 」
秘密基地とは、森の中にある穴の空いた大木のことである。以前セザールと初めて会ったところだ。セザールに知られている時点で秘密基地とは呼べないかもしれないが、私にとっては秘密基地なのだ。
あれから何度か行っているので、なかなかに居心地の良いものとなっている。
「では暗くなる前に、お迎えにあがります」
「大丈夫よ。暗くなる前でしょ? 忘れないわ」
「お嬢様。お嬢様が眠りこけてしまったこと、一度ではありませんでしょう? 」
居心地を良くしたことでその分寝やすくなり、気づいたら暗くなっていて目の前にセザールが居た、ということがよくあった。だからセザールへ何も言い返せず、黙るしかない。
「わかったわ。一応ゴーレムのはなちゃんにも付いてきてもらうわ。それでいい? 」
「はい。行ってらっしゃいませ」
よくやく折れてくれたので、途中で花壇によってはなちゃんを連れてから、私は森の方へと向かった。
木々が生い茂る森を進んで、やがて開けたとこに到着する。秘密基地である大木がそこにはそびえ立っていた。
大木の中に潜り込み、腰を下ろす。ちょうど日陰になっているので、とても涼しい。以前大木の中を綺麗にしたので、そこに持ってきたクッションを置く。体を倒し、上を見上げると、少しだけ空が見えた。この大木は去年雷に打たれてしまって、直ぐに火は消えたけれど葉が焼けてしまったのだ。
「はなちゃん」
寝転んだ姿勢のままで、近くにいるだろうはなちゃんを呼ぶ。はなちゃんは直ぐに影から姿を現した。頭には相変わらず花が咲いている。
はなちゃんをひとなでした後、そよそよと吹いてくる風に促され、不覚にも私は眠りについてしまった。
**
「マーティナ。お前にはガッカリだよ」
エド兄様が、蔑んだような目を私に向ける。傍に寄り添うのは、ぽっと出の女。大好きな、私だけのエド兄様を横からかっさらっていった忌まわしい女。
唇を噛み締めてエド兄様の方を見たが、もう私のことなど見ていなかった。横の女を大切そうに見つめ、肩を抱いている。
生まれて初めて、屈辱感というものを感じた。
エド兄様は女を背に庇い、私は屈辱感を抱えたまま戦闘へ向かった。もう魔物の群れはすぐそばまで迫っている。
私は手元に魔力を集中させた。上手いやり方も、上手い倒し方も知らなかったけれど、私は高い魔力を持つのだから。きっとこんな敵なんて一瞬でやっつけてしまえるだろう。
そうすれば、エド兄様は私を見てくれる。私だけに微笑んでくれる。頭の中はそれだけだった。
一体のスライムが、こちらへ向かってきた。こんなもの、きっと初級中の初級だ。いかにも弱そうだし、簡単だ。
私は手のひらから火属性の魔法を放った。効果的にダメージを与える方法なんて知らないけれど、私は火属性が得意だから。一発で仕留めてしまえる。
けれど、魔法はひとっつもスライムに当たらなかった。焦って次々と放った魔法も、尽く当たらない。全くダメージを負っていないスライムが、私へ襲い掛かってきた。
ああ、もうダメなんだと心の中で思って、私は叫ぶ。聞こえていても、いなくてもいいから。
「エド兄様! 」
**
夢を見た。
きっとこれは、ゲームの中のものだろう。耳の中で、〈マーティナ〉の声がこだましている。これが夢だとしても、嫌なものだ。
より一層の魔法の向上を決意して、また眠った。
それからセザールが迎えに来てくれるまで眠ってしまった。夜はなかなか眠りにつけなかった。これは寝てしまったせいだからだと思いたい。
決して、あんな夢を見てしまったからではないだろう。




