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以前お茶会に参加するために行った時とは程遠い感情で、私は王宮へ向かう馬車に乗っていた。エド兄様とセザールも一緒に乗っている。
「マーティ、楽しそうだね」
エド兄様が呆れたように言うので、私は首を傾げる。魔法を見に行く、ということを楽しみにはしているが、今のこの状況は特に楽しいという訳では無い。
むしろ早く見に行きたいのになかなか着かないので、イライラしてしまいそうなぐらいだ。
「そうでしょうか」
「ああ、そう見えるよ。さっきから何度も外を見ているじゃないか。見ていたって早く着くわけではないよ」
指摘されてから気づく。確かに頻繁に見ていたかもしれない。少しだけ恥ずかしくなった。
赤くなった頬を隠すようにまた外を覗くと、王都の街並みが見えてきた。けれどその王都は以前見たものとは様相が違う。色とりどりの旗や花々が飾られていた。
「エド兄様、今日は何かお祭りがあるのですか? 」
「ああ、そういえばそうだったな。何かの感謝祭だった気がするよ」
エド兄様も外を覗き、顎に手を添え興味深そうにしている。癖なのだろうか。二人で見ていると、セザールが補足をしてくれた。以前は王都に住んでいたらしい。
「魔法のそれぞれの属性へ感謝するお祭りですよ。あの旗は、属性の色を表しているのです」
力を貸してくれてありがとう、と感謝するのだそう。昔はそういった概念があったと聞いたことがあるので、そこからきたものなのだろう。
「でも、領地ではやっていないよね」
「ええ。これは人の集まる、王都特有のものです。感謝祭ではありますが、実際はバザーなど、沢山お店が出る商人主体のものです。商売を活性化する狙いもあるのでしょうね」
沢山お店が出るということは、美味しい食べ物もあるのだろうか。帰りに寄って貰おう、と密かに思った。
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やがて王宮に到着した。
以前も案内してもらった執事のおじさんに連れられて、これまた以前も来た温室にやってきた。相変わらず、ここのお花は見事だ。初めて来たセザールが、無表情ながらも目を輝かせていた。
殿下はなかなか姿を現さなかった。てっきり転移でやって来ると思っていたから、普通に歩いて入口から入って来た時には拍子抜けしてしまった。
「魔法は使わなかったんですね」
少しだけガッカリして言えば、殿下は肩を竦めた。責めるような言い方になってしまったからかもしれない。
「楽しみはとって置くものだろう? 」
君はそれを見るためにここに来たのだろう? 、と言われてしまった。
それもそうだ。が、早く見せて貰ってお祭りに行きたいと思うのもまた事実。
「では殿下、早速見せて下さいませ。そのために来たのですから」
「……わかったよ。じゃあよく見ていてくれよ」
殿下は一つため息を吐いて、それから目を伏せた。
足元が光だして、短く何かを呟いたあと姿が消える。が、直ぐに私の前に現れた。
「!? 」
驚いて、一歩後ずさる。
本当に一瞬だった! 一瞬で消えて、一瞬で現れた!
「どうだ、凄いだろう。詳しくは教えられないけどね、これも普通の魔法と変わらないんだ」
ふふん、と笑って殿下が言った。私が驚いているのが面白いのだろう。
魔法の発動にはイメージが大切なので、転移も行きたい場所へのイメージということだろうか。
「殿下。消える直前で何かを呟いていましたが、あれは何ですか」
「あれは、きっかけのようなものだよ。消えるための合図のような」
「それでは……その隙をついて攻撃されるかもしれませんね」
ふと思ったことを口にする。足元が光るのといい、合図といい、今から移動しますよ、と言っているようなものではないか。
私の呟きを聞いた殿下は、少しだけ眉を下げた。
「物騒なことを言うね。けれどその通りだ。どうやったら隙を無くせるか、知らない場所へはどう行くか、それを今は研究中なのさ」
「今の段階でなら、私に教えていただくことは可能ですか? 」
殿下は柔らかく目を細める。それから執事の方へ目を向け頷いたのを確認してから、口を開いた。
「この方法は実は初期段階のものなんだ。この方法で良ければ教えてあげられるよ。君がそう言うと思って、師団の方からも許可を貰っている」
「ありがとうございます」
「ただ、条件をつけてもいいかい? 」
殿下が指を一本立てる。反対側で手招きされたので少しだけ近づくと、きっと私にしか聞こえないだろう声で言う。
「このあと、二人で街に行こう。お忍びに、付き合ってくれないか」
「危険ではないですか? 」
人が沢山集まるのだろうから、いくらお忍びであろうとも身なりのいい子供を狙ったものに巻き込まれる可能性もあるだろう。そもそも、殿下は街に行ったことがあるのだろうか。
「殿下は街に行ったことはありますか? 」
「一人では行ったことないが、あるにはあるぞ」
街に行くのはいいのだ。ただ不安である。とてつもなく不安を感じる。
「では……君のとこの従者に付いてきてもらおう。それでいいか? 」
「セザールは王都に住んでいたことがあるそうなので、適任かと。エド兄様はよろしいのですか」
エド兄様の名前を出した途端、殿下は顔を顰めた。お忍びと言っていたので、あまり人が増えない方がいいのかもしれない。
「エド兄様にはなんと言えばいいでしょう」
小声で私に話すぐらいなので、内緒で行くつもりなのだろう。殿下に聞くと、あっけらかんとしていた。帰ってもらえばいいだろう、だなんて……。
「エドウィン。マーティナは後で送るから、君だけ先に帰って貰えるかな」
「え? どうして」
エド兄様は突然のことに驚いていた。こちらに困惑顔で視線を送ってくるが、どう反応したらいいかも分からず、笑うしかない。
「二人で祭りに行くのさ。ほら、街でやっていただろう。それに従者の彼に付いてきてもらうから、何も問題は無い」
「いや、それなら僕も一緒に……」
「君がいては、マーティナと話せないだろう」
殿下は内緒にするつもりかと思ったが、素直に話してしまった。それもすべて。
悔しそうにしているエド兄様を見ながら、心の中で謝罪する。ごめんなさい、エド兄様。エド兄様が来てしまったら、魔法を教えて頂けないのです。
「マーティナは二人で行くことを了解してくれたよ」
その言葉がきっかけになったのか、エド兄様は諦めたようだった。
そんなこんなで殿下とお祭りに行くことが決まり、私はやっと魔法を教えて貰えることになった。
「それで殿下。教えていただけるのですよね」
「ああ。さっきも言ったけど、イメージするんだ。行きたい場所。それから消えて、現れるイメージ。やがて魔力が集まって勝手に光り出すんだ」
勝手に……。
出来るかわからないが試しに目を閉じて、イメージしてみた。殿下がやっていたように、消えて、現れる……。足元が暖かくなって、目を閉じているのに光っているのを感じた。
「ーーーと唱えるんだ」
「ーーー」
「成功したようだね」
殿下の声が、やけに近くから聞こえた。
目を開くと前には殿下がいた。向かい合うように立っている状態だ。嬉しそうに笑っている。
「なんで殿下の近くに? 」
「さあ? 私の声を聞いていたから、引っ張られてしまったのかもしれないね」
殿下の声を聞きながらだったので、私のイメージに影響されてしまったのか。
練習すれば引っ張られないようにできるのかもしれない。
「成功といえるのですかね? 」
「成功は成功だよ? 」
殿下がそう言うなら、そうなのだろう。
私は初期段階ではあるが、転移ができるようになったようだ。




