ベニトアイト
は札幌市中央区のある服飾店に藍という男がいた。身長178程度のアルバイト店員だがこの男はある問題に直面していた。
並ぶ服を眺めながら藍は溜息をつく。
愛想が足りなくてクビになるかもしれない。
元々表情が足らず、注意も散々されていたのだが如何せん他人に愛想を振ることが出来ない。
事情はある。
親から愛情を受けずに育ったのだ。
この仕事は向いていないようだ。自分でも自覚している。
愛想問題以外にもここにいられなくなるかも知れない理由がある。
向かいに出来た新服飾店だ。
デザイナーズ店舗でこちらの店より明らかに置いている服が垢抜けている。
今日も人で大賑わいなのが見て取れる。
「うち…潰れんじゃねえ?」
声を掛けてきたのは同僚の神崎だ。俺は黙って首を振る。
「おいおいお前がそんなんだとマジで潰れるぞ…。」
そう言われても一店員の出来ることなんて限られている。
次は人と関わらない仕事にしよう…と、思っていると、向かいの店舗から赤い髪の男が歩いてきた。
こちらの店舗内に入ると店内を品定めする様に天井から床までじっと見ている。
「いらっしゃいませー」
という神崎の声に遅れて小さい声で俺もいらっしゃいませー、と言う。
(だせぇっス)
という赤髪の言葉を俺は聞き逃さなかった。
独り言にしては半端な敬語だ。誰かとやり取りしているのだろうか。
その後も男は服や値札を見ながらブツブツと何かを呟き、一通り店を周ると俺に目をつけ話しかけてきた。
「オススメは?」
そんな食事店みたいな…と思わないでも無かったが、俺は店舗での新作の青いTシャツを見せて「これが今季の新作で…空色の地に本店のロゴマークが入っているところが、」「分かった。ありがと。」男は話の途中で出ていってしまった。
偵察だ。入ってきた時からの仕草を見ればわかる。そして多分俺は二流の店員と認識されただろう。
神崎に話しかけてくれりゃよかったのに。あいつなら巧くあしらえただろう。
苦々しい思いで後の仕事にかかることになった。
その日の帰り道突然背後から肩を組まれた。
不審者か酔っ払いだと思い振り返ると、何と今日の偵察者だった。
「な、なんスか。」
「上がり同じ時間なんだな。一緒に帰ろうぜ。」
無理やり同行されて、振り払うのも面倒くさかったので俺は放っておく事にした。
すると赤髪は勝手に喋りだした。
「お前イケメンじゃん?初めて見た時から目つけてたんだよねえ。あ、変なこと考えた?違う違う合コン向きだなって。お前が居れば女子釣れそう。今度一緒に飲み行こうぜ。」
「無理…ッスね。」
「え?彼女持ち?気にすんなって居てくれるだけでいーの。」
「敵対店の店員なんて誘っていいんすか。」
赤髪はキョトンとした。
「あと俺人混み苦手なんで。…それじゃ。
」
俺はその場から走り去った。追いかけてくる様子はなかった。
次の日も赤髪は勝手に俺についてきた。
名前は紅人で一人暮らし。孤児ということまで。
「捨てられちまったんだよねえ。」
という時だけ寂しげな顔をした。
親の愛情を知らないところは俺と同じだ、と思った俺は。
「俺は…被虐待児だった。親なんていない方がいい。」
「え、」
その日も俺は走り去った。
紅人は追いかけてきた。
「親がいるだけまし…」
そらこれだ。虐待されてたということを打ち明けると必ずそう返ってくる。
「なわけないよな、俺自由で幸せなのかも。」
え?
紅人はそれだけ言うと「今は一人暮らしか?」
と聞いてきた。
「そうだけど…。」
「なら離れられたんだな。良かった。」
そしてぽんぽんと頭を叩くと「俺ん家で飲み明かそうぜ。んで愚痴って傷の舐め合いだ。」
初めてわかってくれる人が出来た。
大事にしようと思った。
「名乗ったっけ?俺杉並紅人。よろしくな。」
「藍…。」
「ん?」
「俺は西藍」
久々に笑った。
「よろしく。」




