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第一話 小鳥遊美雪

□◆□◆




 春の休日。

 雲ひとつない澄んだ青空の下、彼女は川の堤防沿いに設けられている遊歩道を歩いていた。

 白のシャツに紺色のジーンズ。服装はいたってシンプル。暖かな春の陽気のなかではすごしやすいであろう。


 遊歩道横の芝生になっている河原では、数人の男性たちがリモコンを手に持ち空を見上げている。

 ラジコン飛行機を飛ばしているのだ。

 この河原はラジコンの飛行機やヘリコプターなどの飛行を禁止しているのだが、彼らは自治体から何度注意を受けても耳を貸さない。それどころか、自治体の職員に対して「遊び場を設けない方が悪い」と逆ギレしてくるのだという。


 彼女は蔑んだ目で彼らを一瞥した。

 そして何かをつぶやいたのだが、それはラジコン飛行機の騒音によってかき消された。あるいは、それは口を動かしただけだったのかもしれない。


「……あの親子ね」


 今度は凛とした声でつぶやきを漏らし、彼女は前から手をつないで歩いて来る父と子へ足を向けた。


 彼女の名はかなゆき。今年の秋で二十歳になる大学生である。

 その容姿は美しい。春風になびく長い黒髪。整った顔立ちに涼しげな目。薄い紅色の唇は白い肌によく映えている。手の指は細く長く、歩く姿も優雅であった。


「こんにちは」


 親子の前で立ち止まった美雪が声をかけると、その親子も足を止めた。

 父親は三十歳手前くらいだろうか。まだ若さを残す顔立ちをしている。


「こんにちは!」


 元気な声で挨拶を返したのは小さな女の子。

 この子の名はかざみず。パッチリとした目、指で押したくなるようなふっくらとした頬。まだ小学生に上がるひとつ前の五才である。


「あら、ちゃんと挨拶できるなんて、えらいね」


 美雪がそう声をかけると、水樹は照れ笑いを浮かべながら父親を見上げた。

 大好きなパパにも褒めてもらいたいのだろう。


 父親は微笑みながら水樹の頭を優しく撫でる。

 それだけで想いは伝わったらしく、水樹は満面の笑みを見せた。その時――耳を塞ぎたくなるほどのエンジン音がした。そしてソレは美雪の後方で墜落する。

 プロペラがはじけ飛び、翼を折りながら堤防にぶつかったのはラジコン飛行機だった。

 ラジコン飛行機が墜落したのは、美雪が声をかけなければ親子が歩いていただろうという場所。


 突然の大きな音に、水樹は怯えた顔で父親の足にしがみつく。

 父親も娘を守ろうとその肩を抱いた。

 二人とも何が起きたのかわからないというような表情だ。


 河原からは笑い声が響いてくる。

 そちらに目を向ければ、数人の男たちが頭を抱える男性を笑っていた。

 人の近くに落ちたというのに、彼らは美雪たちに謝罪するどころか気にする様子もない。


「危ないなぁ……。娘さんとお散歩されるなら、反対側へ行った方がいいかもしれませんよ」


 美雪に声をかけられ、父親は我に返る。


「そ、そうだね。キミも気をつけて」


 父親は水樹を抱え、足早に来た道を戻って行った。


 ばいばい……と、水樹が父親の背中越しから手を振ってくるので美雪はそれに応える。


<これで、パパは泣いたりしない?>


 可愛い声に美雪は左下を向く。そこにいるのは水樹であった。

 その姿は、たった今父親に抱かれて去っていった水樹と瓜二つ。しかし大きな違いが一つある。


「うん、もう大丈夫よ。向こうにはラジコン飛行機を飛ばしている人達はいないから」


 美雪の言葉で嬉しそうに微笑む水樹の身体は、幽霊のように半透明になっているのだ。


<よかった。ミズキがここで死んじゃったせいで、パパはずっと自分が悪いって泣いてるの。ミズキがどんなに泣かないでって言っても、パパには聞こえてないみたいで……>


「そう……。でもねミズキちゃん。最初に言ったけれど、この世界でのパパは泣かなくて済むというだけで、ミズキちゃんがいた世界のパパが泣き止むということではないのよ」


<うん。ここはミズキがいた世界とは違うからでしょ?>


 水樹のぎこちない笑みに、美雪は奥歯を噛みしめた笑みを返す。


「ここはミズキちゃんがいた世界とは似て異なる世界――いわゆるパラレルワールドだから……。私はミズキちゃんが本当に望んでいることは出来ないの――ごめんね」


 美雪の申し訳なさそうな顔に水樹は首を振る。


<そんなことないよ。ミズキが“誰がパパを助けて”って思ってたら目の前が虹色になって、おねえちゃんに会えて、ラジコン飛行機からこの世界のミズキを助けてくれたんだもん――>


 子供に気を遣わせてしまった――。そんな想いから美雪が苦笑いすると、水樹は楽しそうに微笑んだ。


 水樹が元いた世界で彼女は死んでしまっている。父親との散歩中、操縦を誤ったラジコン飛行機が水樹を直撃したのだ。

 過失は明らかに、飛行禁止のルールを守っていなかったラジコン操縦者にある。しかし父親は自分を責めた。“俺が散歩に連れて行かなければ……”そう泣き続けているのだという。

 それはこれからも変わらない。水樹がいた世界の彼女が生き返るわけではないのだから、この父親はその悲しみを背負い続けていかなければならない。しかし――


<これからもパパとお散歩が出来る世界ができたっていうだけで、ミズキはうれしいんだよ>


 素直な感謝の想いが伝わり、美雪の目頭が熱くなった。


「……うん。ありがとう」


 美雪が微笑むと、水樹は嬉しそうな笑顔を見せた。


<あ――>


 不意に、水樹が目を丸くする。


「どうしたの?」


 美雪が声をかけると、水樹は自分の胸に手をあてた。


<なんか……胸が温かくなってきた>


 その様子に、美雪は優しい笑みを見せる。


「それはね、水樹ちゃんが生まれ変わるための準備をしにいく合図なのよ」


<ミズキ、生まれ変わるの?>


 首を傾げる仕草に、美雪は少し困った顔をする。


「実はね、おねえちゃんがそう感じるだけで確かめることは出来ないんだ。でも、おねえちゃんは生まれ変わるんだって信じているの。こっちの世界で生まれ変わるのか、それとも元いた世界で生まれ変わるのか……それはわからないけどね」


 水樹は胸にあてた手を見つめ、少し何かを考えた後に美雪を見上げた。


<うん……ミズキもそんな気がする。ねえ、おねえちゃん――>


「なに?」


<生まれ変われるところって選べるのかな?>


「どうだろう。おねえちゃんには判らないな……どうして?」


<ミズキね、生まれ変われるなら、またパパのところに産まれたい。またミズキがパパの子供になって、一緒にお散歩出来るようになったら、きっとパパは泣き止んでくれるよね>


 水樹の言葉に、美雪の胸が熱くなる。


「そうだね、おねえちゃんもそうなるように祈ってる。ミズキちゃんは、本当にパパのことが好きなんだね」


 美雪の涙声に、水樹は満面の笑顔を見せた。


<うん! ミズキね、パパのことが、だ~いすきなんだ~>


 この言葉を残し、水樹は風に溶けるように姿を消した。

 遊歩道に立っているのは美雪ただ一人。いや、他の者から見れば、美雪は一人で立ちつくしていただけに見えたことだろう。


 美雪は指で目じりを拭い、踵を返して来た道を歩き出した。

 すぐにつま先で何かを蹴る。墜落したラジコン飛行機のプロペラが当たったようだ。


「おいあんた! なんで蹴るんだよ!」


 それを見た中年男性が、回収したラジコン飛行機を抱えて美雪に詰め寄る。

 わざと蹴ったわけではないのだが、男の目にはそう見えたのかもしれない。


「これがいくらするのかわかってんのか!」


 男は墜落させてしまった苛立ちをぶつけるように美雪の肩を突く。

 それは尻込みしてしまいそうな怒りの顔をしているのだが、それでも美雪の怒りの方が強かった。


 美雪は何かを言う前に男の頬を張った。

 気持ちの良い乾いた音。


「いい大人がルールも守らず……。あなたのような人がいるから無駄な不幸が増えるのよ」


 美雪はそう吐き捨て、再び足を進めた。

 男は呆然とした顔で美雪の背中を見送っている。まさか年下の女性に叩かれるとは思わなかったのだろう。


 まだ冷たい風も心地よく感じる春の陽気。絶好の散歩日和。

 雲ひとつない澄んだ青空を、今日も無法のラジコン飛行機が汚していた――。





 小鳥遊美雪。今年の秋で二十歳になる大学生である。

 その容姿は美しい。春風になびく長い黒髪。整った顔立ちに涼しげな目。薄い紅色の唇は白い肌によく映えている。手の指は細く長く、歩く姿も優雅であった。

 美雪はよく死者の魂から声をかけられる。そして彼女には、物心ついた時からそんな幽霊を見ること、話をすることが出来る能力があった。

 しかし声をかけてくる幽霊はこの世界で生きていた者ではない。

 似て異なる世界――パラレルワールドからの訪問者である。

 彼らは美雪に救いを求めてくる。そして美雪もそれに応えようと努力する。しかし、良い結果ばかりを出せるわけではなかった――。



 とある日の昼過ぎ。雨の交差点。

 美雪は黄色の傘を手にし、信号待ちの人だかりに混ざり倒れた男性を見下ろしていた。


 その男は、今しがた足を滑らせて転倒し、花壇の角に頭をぶつけて死んだのだ。


<なんだよ……俺、死んじまったじゃねえか! どうしてくれんだよ!>


 悪態をつくのは三十代半ばの男。倒れている男と同じ顔をしているその男の身体は半透明である。

 そして、その姿と声は美雪にしか見えないし聞こえない。


 美雪は涼しげな顔で人だかりから離れ、信号が青になった交差点を渡った。


<おい、待てよッ!>


 男がその後を追う。


 美雪は何度も呼び止める男の声を無視して歩き、人気のない公園で足を止めた。


<なんで無視するんだよッ!>


 興奮する男に、美雪は小さく息を吐く。


「あんなところで話をしたら、私が変な目で見られちゃうじゃない。幽霊であるあなたは他の人には見えないのよ」


<んなこたぁわかってんだよ! それより、失敗した責任とれよッ! 今すぐ戻って俺を生き返らせて来いッ!>


「無茶言わないで。死んだ人を生き返らせるなんてできるわけないじゃない。それに、もしできたとしても絶対にやらない。死人が生き返ったらそれはゾンビよ。噛まれでもしたらたまらないもの」


<今すぐ噛みついてやろうかッ!>


 男は美雪に掴みかかるが、実体のない彼は美雪に触れる事すらできない。


「まったく、うるさい人ね……」


 子供のような癇癪をおこす男に美雪はあきれる。

 そして男に向かって人差し指を向けた。


「まずあなたの間違いを訂正してあげる。私は失敗なんてしていないわ」


<なに言ってやがんだッ、俺は死んじまったじゃねえかッ!>


「そっちこそ何を言っているの? 私はちゃんと、信号無視をして交差点に入り、トラックに轢かれるはずだったあなたを助けてあげたじゃない。その後に足を滑らせて転び、打ち所が悪くて死んじゃったのは残念だったけど、私には予想できない事だったし、あれもあなたの自業自得よ。法定速度を守っていたトラック運転手が人殺しにならずに済んだのだから、まずそのことにお礼を言ってほしいわ」


<誰が言うかッ! 俺は、俺を助けてくれって言ったんだよッ!>


「もう無理ね。あなた死んじゃったし……それに――」


 涼しげな顔で対応していた美雪。しかし言葉を止めた次瞬間、その目つきが変わった。


「最初に言ったはずよ。私は“自分を助けてほしい”と頼まれて救えたことがないって。でも助ける努力はする。だからあなたの死因になった信号無視は止めてあげたわ。けれど、自分を助けてほしいって頼んでくる人たちは、すぐ後に別の事故や事件で死んじゃうのよ。必ずね……」


<な、なんだよ。それじゃ、俺が死ぬのは運命だったっていうのかよ>


 美雪の気迫に押され、男の声が小さくなった。


「遅かれ早かれ、人間は誰もが死ぬ――それが運命よ。もしあなたの願いが、自分を助けてほしいではなく、自分が死ぬことで苦しむ誰かを助けてほしいであったなら……。ま、いまさら言ってもどうしようもないけどね。さあ、もう逝ってちょうだい。私、いつまでもあなたの相手をしてあげられるほど暇じゃないの」


 涼しげな顔に戻った美雪は男に背を向けて歩き出す。

 残された男は、その背に子供のような罵声をあびせながらその姿を消した。またどこか、自分が死ななくても良い世界を探しに行ったのかもしれない。



 小鳥遊美雪。彼女は別世界で不慮の死を遂げてしまった人たちから依頼を受け、その人物がこの世界で亡くなってしまうことを阻止することが出来る。

 しかし、それをするにあたって一つのルールが存在する。それは――



 依頼してきた死者を救う。それが『目的』ではなく『手段』であること



 つまり、自分を救ってほしいではなく、自分が死ぬことで苦しむ誰かを救ってほしいという依頼に限定されるのであった。



 数日後の朝。


<あの……すみませんが……>


 大学の構内、その廊下を一人で歩いている美雪は老婆の幽霊に声をかけられた。

 外で一瞬目が合った老婆である。これから講義があるので気付かないフリをしたのだが、老婆の方は美雪が自分を認識したと気付いたらしい。


<私が見えていますよね? 初めましてなのにお願いをするのも気が引けるのですが……。お願いです。ウチの子猫――タマを助けてください。今日私はお昼ご飯の準備をしている時に貧血で倒れます。そしてコンロの火が燃え移って家が火事になり、タマまで一緒に焼け死んでしまうんです。私はどうなってもかまいません。どうか、タマだけは助けてやっていただけないでしょうか>


「貧血……か。それなら、救急車を呼んでおけばお婆さんのことも助けてあげられそうね」


 沈痛な面持ちで手を合わせる老婆に、美雪は苦笑いしながら頷いた。


「はは……。私、ちゃんと卒業できるのかしら……」


 命が懸っているお願いは断れない。しかし同時に、単位の心配もしなければならない美雪は少しだけ肩を落とした。




□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。


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