海の糸
大分暑さも落ち着き、蝉が、あと少しの夏を名残りおしそうに鳴いてる。
せっかく海の街まで来たのだからと、僕等は海辺まで降りてきた。砂浜がまだ微かに熱を帯びているが、心地良い海風がそれを払い、もう秋の気配さえ感じる。夕暮れも、なんだか少し寂しげだ。
僕の3歩先を、彼女が歩いている。
背中の真ん中程まであった髪は、肩の上で切りそろえており、ふわり、と揺れている。
髪を失った原因は、不甲斐ない僕であるのだが、彼女は「私、短い方が似合うわね。」と笑って僕に言った。
そんな事を考えながら、彼女の髪の短くなった後ろ姿を、歩きながら見ていた。
「ねぇ。どうして私の後ろを歩いているの?」
急に彼女が振り返り、言った。
僕はちょっと、どきりとして、
「俺と貴方は並んで歩ける身分じゃ、ないでしょう。」
その時、彼女は表情を変えたのだと思うが、夕焼けの明かりで、ひかって、よく見えなかった。
そうしたら僕の所まで走ってきて、僕の右側に立った。僕の顔を覗き込んで、
「貴方の眼って、とても黒いのね。だから夜でも良く見えるの?」
僕は慌てて眼を逸らし、そして何もなかった様に、夕焼けを見た。5日前の出来事が無かったかの様な、空になっていた。あの日、彼女は将来を誓い合った男を戦いで亡くし、髪を切り捨てた。
いつの間にか日が落ちて、黄昏時になっていた。様々な色が混じり合い、彼女の表情が、一層、幻想的にみえる。
「彼の代わりに私が、みんなを守るわ。国も、もう無いけれど、ついてきてくれた皆の為に。」
「俺が、貴方を守ります。」
はっ、と彼女は俺を見た。
何か言葉を探しているように、瞳がゆらゆらと揺れている。波の音が、沈黙の間を繋いでいた。俺はどうして、こんなにも口が下手なのだろうか。
「結局、私はいつも貴方に頼ってしまうのね。でも、本当にありがとう。」
そう、言って微笑んだ。
俺もちょっと、笑って、一歩、下がった。
彼女が、「そろそろ、帰りましょうか。」と、そう言ってくるりと踵を返し、ちょっと肩を揺らしながら帰り道を歩いていく。「歌でも歌いましょうか」と、言ったら、「貴方は上手だものね。」と笑った。
ああ、俺は、君が大好きなんだな。
街へ戻ると、海の街独特の熱気と活気で満ち溢れていた。これから宴が始まるのだと、なんだかこっちも気分が上がってくる。
街の中は人でごった返していて、ちょっとでも気を抜くと、彼女を見失いそうだ。
ドーン。と、花火が上がり、夜空を彩った。
そうか、今日は祭りなのか。
「私、花火は初めてみたわ。」
と、嬉しそうに言った。、その後、少し寂しい様な顔をして、
「もう、あの頃には、戻れないのね。」
そう言ったが、すぐ、明るい表情をして、
「ねえ、あの花火の色、きれいね。どうやって作るのかしら。」と、俺に笑顔を作った。
俺は彼女の眼を真っ直ぐ見て、ゆっくり、出来るだけ言葉を区切って言った。
「悲しみは、もう、これで終わりです。大丈夫です。俺が付いています。」
「一生、貴方を守ります。」
と、言ったと同時に、特大の花火が打ち上がった。ドーン。という音に、俺の言葉は、消えてしまった。でも、どうでも良かった。
「もう1回、言って。」
「え。」
「どの言葉を、ですか?。」俺はどぎまぎしてしまい、それから、花火を見上げてしまった。
彼女は困った顔をしながら、少し笑い、
「ねえ、何か歌って。」
と、言った。
「今、ですか?」と俺は聞いた。
ドン。ドン。と花火がフィナーレを迎えた。
「寝る前に。貴方の歌は、心が優しくなれるから。」
嬉しい事は、貴方に届きますように。




