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後編。母娘(ガールズ)トークと百鬼夜行。

「ふぅ」

 肩までお湯に浸かって、わたしはそのあったかさに息を一つ。こんなに自分の体が冷えてたなんて、わかりませんでした。

 

 

 あの後、突いたお餅はお父さんが公民館に持って行きました。いわゆる鏡餅にするためです。ほんとはわたしも行くはずだったんですが、わたしの体に触れたお母さんがお風呂入って体あっためなさい、って慌てた感じで言って、おうちまで引っ張って来たのでわたしだけ鏡餅作業には不参加なんですよね。

 

 あのままだったら風邪ひいちゃってましたね、わたし。お母さんには感謝しないと、です。

 

 

「……ずるいですよ、翔也さん。いきなり、あんなこと……」

 左手の人差し指で、つーっと自分の唇をなぞってしまって、自分でそのしぐさにドキっとしちゃいました。

 

 口付けの跡を指で確かめるなんて、まるで大人の世界……。

 

 

 口付け。そうだ……そうです。わたし……翔也さんと、口付け……しちゃったんですよね。

 

 

 はぁ、そう吐く息がなんだか不思議な空気で出て行った気がして、ぼんやり中空をみつめてしまいました。

 

「翔也さん。どうしてあんな……キッス、だなんて」

 このドキドキを大人しくしたくて、慣れない外国の言葉で言ってみたけど。

 ーーそうしたら、余計にドキドキしてしまいました。ど……どうし、よう。このま……m……。

 

 

 

***

 

 

 

「大丈夫 おきぬ? ねえ?」

「……ふえ?」

 あれ、どうしたんでしょう? 目の前にお母さんが。それに、体の向きが……違う? 縦じゃなくて、横 ですよね?

 

 ここは……居間、ですね。わたし、いったいどうしたんでしょうか?

 

「いきなりジャボーンってすごい音がしたから駆けつけて見れば、いったいどうしたのよ?」

「のぼせちゃった……んだ、わたし」

 

 ぽんやーりとしたまんま言うと、お母さんは少し考えるようにううんと唸って。

 

天狗そらいぬ息子と、なにかあったわね?」

 じわっと、睨むほど強くない ですが優しいわけでもない、そんな不思議な強さの視線で言います。まるで、なにかあったことを確信してるような口調で。

 

「なにか、なんて……ありません。なんにも、はい。ありませんよ」

 言う前には、影になるほど近くにある翔也さんの顔が思い出されてしまって。カーっと全身が熱くなってしまいました。

 

「やっぱり。なにかあったのね」

 今度はふんわりと、いつものようにやわらかく、優しく言います。今さっきの強い感じは、いったいなんだったんでしょうね?

 

「おきぬも大人になったのねぇ。うんうん」

 なんだか、変な納得をされているような?

 

「まだまだ伸びるから、きっと。目標は辰美ちゃん超えよ」

 言ってお母さん、わたしのあんまり大きくない胸に指をふにーっとお布団越しに押し込みました。

 

「も、もぅ。なんの話?」

 そうは言うものの、ピンと伸ばした中指が 先端から関節二個しか埋まらないわたしの胸を、ちらっと見てしまいました。同じ条件でも辰美ちゃんは、指どころか掌が三分の一ほども埋まってしまいます。

 

「男ってのはね、柔らかいのが大好きなのよ」

 そう言って、お母さんは自慢げに自分の拳を自分の胸に埋めて、ニヤリと笑います。

 

「おっきくなったら、あんなむっつり小僧なんてイチコロだって」

「いいですよね、お母さんはおっきいですから、そういうこと 気軽に言えて」

 

 ……あれ? わたしの気持ち、バレてる?

 

「はいはいむくれない。で、どう? 大丈夫?」

「え? あ、うん。意識、はっきりしっかりだから」

 

「よし。どうする? もっかいお風呂入っとく?」

「大丈夫。ポカポカしてるし」

「そっか。でも、暫くはうちにいなさい、また倒れられたら困るからね」

 

「うん。お母さんがいてくれてよかった」

「もう、おおげさねぇ」

 そう言ってニッコリするお母さんに、わたしも自然と笑顔になりました。

 

「っ?」

 突然、部屋の中に風の固まりが一つ、飛び込んで来ました。それがお布団から出してる左腕に当たって、わたしがびっくりしたんです。

 

「翔也君。おきぬが起きたの確認して、どっか行ったみたいね。大丈夫か、のひとこともかけに来ないとはヘタレた奴め」

 

「え? 今の、翔也さんだったの?」

「ええ。おきぬが裸だからって、部屋入るの遠慮してたけど、外に気配ずっとあったもの。襲えるチャンスだったのにねー」

 

「お母さん、なにいってるの」

 キっと睨んだら、お母さんは、「アハハ、冗談だってぇ」と笑ってます。もう、品がないですお母さん。

 

「って、今 わたし、裸なのっ?」

「うん。布団に押入れてあるけどね」

 びっくりしたわたしですけど、さらっと答えるお母さんです。

 

「……どおりで、なんかムズムズすると思った」

 お布団が体に触れて、くすぐったいんですよね。

 

「服、ないの?」

「あるわよ。気付くまで待ってただけ」

「ひどいー」

 抗議したらまた笑ってます。もう、ほんとに。困ったお母さんですよ。

 

 

「ねえお母さん」

 お布団の右横、わたしの頭の直線状にあったのは、お昼に着てた紅白の巫女服です。下着類もありますね。

 

「布団の中でモゾモゾ着るなんて、今はお昼よ。朝ならそれするのわかるけど」

 クスクス笑いながら言ってます。

 

「で、なに?」

「うん。さっき翔也さんを探してた時に、外国人さんに変なこと言われたの」

 お母さんの言うとおり、モゾモゾとお布団の中で下着を着ていきながら説明してます。

 

「変な事?」

 

「うん。しょうやさん しょうやさん、って呼びながら走ってたんだけど、そしたら息子がみたいのか? って」

 青い目の人のことは言いません。未遂でしたし。

 

「息子……?」

 不思議そうな顔です。やっぱり、お母さんでも不思議なんですよ。なんだったんでしょうか、あれはいったい?

 

「しょうやさん……息子がみたいのか。ーーああ、なるほど」

 笑いながらです。

「え? どういうことか、わかったの?」

 

「うん。それね、外国の人の空耳よ」

 アハハハハって楽しそうですが、わたしにはどういうことなのかさっぱりです。

 

「空耳?」

 下着とシャツが着られたので、お布団から出ながら聞きます。

 

「そ、空耳。show your son」

「ふぇっ?」

 突然お母さんが、奇妙な言霊を発したので、変な声が出ちゃいました。

 

「ショウ ユア サン。貴方の息子を見せて、ってこと。いい? どう空耳なのか教えてあげるからよく聞いて」

「あ……はい。わかりました」

 

 すると、お母さんは「醤油屋さん」を、だんだん早くしながら何度も言っていきます。

「ショウユアサン ショウヤサン 翔也さん。っと、こういうことなのよ」

 

 

「え、えーっと。……だじゃれ?」

「ん、んー。まあ、当たらずとも遠からず、かな?」

 なんでか苦笑してます。

 

「ところで。なんで外国人さんが醤油屋さんって、そんな上手に発音できるの?」

 あれ、なんか。お母さんが苦笑を通り越して失笑しちゃった。

 

「まさか、空耳を空耳してたなんて……予想外よ、おきぬ」

 首をかしげるわたしです。醤油屋さんじゃ……なかったんでしょうか?

 

 

 

*****

 

 

 

 ピンポーン、チャイムが鳴りました。はーい、とわたしより前にお母さんが出ましたので、出ようとして腰を浮かしたわたし、座り直しました。

 

「翔也君。そうね、もう時間だものね。おきぬ、でかけるわよ」

 戻って来ながらそういうお母さん。うん って頷いたわたしは、テレビを消しておこたから出ました。ちょっと残念です。

 

 今の時間は午後十一時を回ろうとしています。今年も残すところ後一時間ですね。人間さんたちは、年越しテレビを見てるころでしょうか?

 

 わたしたちも年越しテレビ見てたんですよ。赤緑化合戦あかみどりばけがっせんって言う、狐さんと狸さんがいろんな物に交互に化けてその出来栄えを競う番組です。

 

 人間さんたちが使ってないチャンネルを使ってる番組ですから、たまに人間さんが見ることもあるんだそうです。その時の人間さんの反応、ちょっと 見てみたいですよね。

 

「翔也……さん? そのかっこう……それに、釣瓶さんたちもいっしょ?」

 紅白巫女服で玄関に出たわたしは、一瞬目の前にいるのが翔也さんだってわかりませんでした。

 

 玄関前にいた翔也さんは、天狗てんぐの家では正装とされる山伏さんのかっこうをしてるからです。見た感じちょっとモコモコしてるので、防寒着なんだと思います。

 

 鶴瓶つるべさんは、大人の顔ほどしかない小さな妖怪の一族で、大きな火の玉をライトみたいに使う人達です。なので毎日の見回りにも付いてきてくれてるんだそうですよ。

 

「いくぞ、広場。百鬼夜行インフォメーションの時間だからな」

「え? あ、はい。わかりました」

 

 答えたわたしは、半纏みたいなコートを取りに自室に行きます。なんだか足取りがおちつきません。

 

 百鬼夜行。この言葉を聞くとついつい気合が入っちゃうんですよね。妖怪の本能なんでしょうか?

 

 それで、今翔也さんが言った百鬼夜行インフォメーションは、人間さんたちに除夜の餅の後半を始めることを、住民総出で練り歩きながらお知らせすることです。

 

 

 これも除夜の餅と同じこの町の伝統的な年末行事なんです。それに翔也さんが、こんなに積極的に参加したがるなんて……。

 

 

「よし」

 バサっと勢いよく半纏コートを羽織るわたし、また落ち着かない早足で玄関に戻ります。

 

 玄関で待ってくれていた翔也さん、「おいおいおちつけって」って苦笑いしてます。

 一つ深呼吸して、角をキュっと握ってまたふぅと一息。うん、落ち着けました。

 

「いきましょう」

 おうと一つ頷いて、翔也さんは先に歩き出しました。のでわたしも、明かりに妖気を含んだ息をふっと吐いて火の玉を生成 それを顔の横に浮かべて続きます。カランコロンと鳴る翔也さんの足音が、夜に響いて心地いいですね。

 

 

「って、下駄ですか?」

「ああ。下駄まで含めて正装だからな」

「……そういえば、そうでしたっけ。あの、足 冷えませんか?」

 そこかよ、ってまた苦笑いされちゃいました。わたし……なんか、変な事言ったんでしょうか?

 

「ところで、どうして突然参加する気になったんですか? いつもならこの時間、翔也さんのお父さんお母さんが、こたつから出ようとしたがらないんだー、って文句言いながらわたしたちを迎えに来るのに」

 わたしの問いに振り向かないまま、立ち止まった翔也さん。

 

「それは……その……あれだ」

 なにやらもじもじしています。

「思い出作り、って奴だ」

 って早歩きしちゃいながら、はにかんだ答えが返って来たのがなんとか聞こえて、わたしはフフフと柔らかに笑っていました。

 

 

 

 ずるいですよね、下駄の音で隠そうとするなんて。

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