中編の一。感性を変える乙女の願い。
「なんだ、今年も探しに来たのかよ?」
うんざりしたような声で、背中のまま答えました。
「はぁ、はぁ。当然です」
息を整える前に近くについちゃいました。こ……これじゃわたし、変態さんみたいじゃないですかっ。
……大丈夫? だいじょうぶかな?
「おやじたちに言われたか? 伝統がどうとか、ってさ」
よかった。わたしの荒い息は気にしてない。
「新しいことが受け止められねえからって、昔ばっか見てたらどうかなっちまうだろうが」
腹立たしい。そんな気持ちを隠さず声に乗せて、翔也さんは右足で軽く地面を蹴ります。小石が飛んだみたいで、パラパラっと小さな音が少し先でしました。
「違いますよ」
「そうだよな、お前伝統肯定派だもんな。俺の気持t」
「そうじゃないですっ」
思わず遮った上に、大声になっちゃって。ごめんなさい、ってちっちゃく謝るわたしです。
ザッザッと、めんどくさそうにこっちを向いた翔也さん。その表情は、とっても意外そうで。
「そうじゃ、ないって。どういうことだよ?」
「はい。大人たちに言われたんじゃ、ありません。わたしは、わたしが思って、翔也さんを捜しに来ました。どうしても、来てほしくって」
少しポカンとしてから、一つ息を吐いて結局かよ。そう言って、また後ろを向いてしまいました。少し上を向いてる翔也さんの、視線の先には空があるだけです。
この人は、ぼんやりと空を眺めるのが好きな人なんです。天狗ですから、ちょっと空の散歩でもしてみるかな、なんて思ってるんでしょうか?
「そうじゃ、そうじゃないです。伝統がどうとか、そんなことじゃないんです!」
いけない、ガッチリ肩 掴んじゃいましたっ。
「いってっ。お前……今、かなりガチで掴んだだろ? 鬼は馬鹿力だけがとりえの種族なんだぞ。もっと加減しろ」
「……ごめんなさい、つい 力が入っちゃって……。ってなんですかそれ? 鬼に失礼ですっ、わたしたちにだって特殊能力くらいっ!」
顔だけ向けて、へぇ と言いたげな疑いの表情です。
「むぅ。いったい何年の付き合いですか、わたしたちはっ、もう。
っと、そんなことより、早く広場へ!」
「なんでだよ? 餅つきやらされんだろ? ごめんだぞ、そんなダッセーこと」
「……わたしと」
「……ん?」
「わたしと……おm」
だ、だめ。声に力が入らない。喉を絞められたみたいに、声が詰まって……。
ただ いっしょにお餅ついてください、って。そう言うだけなのに……子供のころは、なんにも思わずスラっと普通に言えたのにっ。
……どうして。こんな簡単なことが。今日、今に限って言えないの?
「なんだよはっきりしろよな?」
また、体ごとこっちに向いてくれて。今度は、声を出そうとしたら息が詰まって……。
ーーまた、むせちゃいました。
「ハッハッハ、息飲んでむせるとか、おっまえ不器用だよなぁほんと」
「辰美ちゃんにも……ついさっき。言われました」
「ハハハ、そうかそうか」
「なんですか、その馬鹿にしたような言い方?」
「んーで?」
「えっ?」
いきなり切り返されて、びっくりしちゃいましたよ。無視するなんて、あんまりじゃないですか。
「俺になにを言いたがってるんだ?」
柔らかく、更に優しい、そんな言い方。
……だめ。ドキドキする。苦しくて、息しかできないっ。
「おっおい? 大丈夫かよ?」
ガッシリ。今度はわたしが肩を掴まれてしまいました。
「あ、はい。だ、だいじょうぶ。です。ごめんなさい、ちょっと、まって……」
どうして、どうしてたったこれだけのことでまた赤鬼に? どうしちゃったんだろ、翔也さんをみつけてからのわたし?
何度も、何度も、深呼吸して緊張感をどうにかしようと試みます。でも……だめ。緊張がどいてくれません。
ーーしょうがありません。後は野となれ山となれです!
「わたしとっ」
自分でびっくりしてしまいました。思ってもいない声の大きさだったので。翔也さんものけぞってます。
でも、そのおかげで。そのおかげで緊張がどいてくれました。よしっ!
「わたしと。お餅。ついてください」
「……は?」
あれ? 目が点になってる。聞こえて……なかったのかな?
「だめ……ですか?」
「お前。自分で言ってておかしいと思わねえのか?」
「え?」
「そういうの、古臭くていやだって言ってるだろ? しかも伝統とか關係ねえって言って。挙句の果てにもったいぶって出て来た言葉が、餅をつけ、だぞ?」
「え、あの……?」
どうして? どうして怒り始めてるの? なんで?
「どういうことなのか。納得できたら。ついてやるよ、餅」
しかたないって、顔にも声にも態度にも出して、そんなことを言う翔也さん。
「……納得?」
わたしの思いが、届いてない……?
「お前の言ってることの矛盾が解けて、それで俺が納得できたら、だ」
「矛盾? 翔也さん、なにを言ってるんですか?」
「だって、矛盾してるだろ? 親から言われてない。伝統とか関係ない。でも、お前が言うのはその伝統行事だ」
「……あ」
気が付いた。気が付けました。
「はぁ。なんで二回同じこと言わせんだよ」
なぜかガックリと肩を落としてます。
「そうですね、きちんと言わないと、ですよね」
一つ、深呼吸。
「今年の除夜の餅が、鬼野家と天狗家が担当なのは、知ってますよね?」
「ああ。だからここにいる」
なんのよどみも悪気も、悪意もさげすみもなく答える翔也さん。
「わたしは、我が家の晴れ舞台を見届けないと。そう思ってました」
「そうだろうな」
「でも、わたしの思いはそうじゃなかったんです」
「どういうことだよ?」
困惑の表情。
「わたしは……あなたとお餅がつきたいんです」
「だから、そりゃどういうk」
「あなたとの思い出が。次に翔也さんとペッタンできるのはすごく先で、だから。今、この時に。あなたとお餅をついたって。いっしょにあけましてをしたって。
そういう……
ーーあなたとの思い出が、ほしいんですっ!」
「きぬ……」
わたしの声が、少しだけ歪んでしまって。今、翔也さんがどんな顔をしてるのか、ぼやけてしまって……。
「駄目ですか? 伝統とか、そういうこと関係なしで。みんなとお餅をついた。そういう思い出……駄目ですか?」
涙が。涙が溢れそうになって。瞬きしちゃいけないから、こぼれちゃいけないから。わたしは空を見上げます。
「っん?」
突然。なにかが影を作ったと思ったら。唇が……やわらかななにかでおしつぶされて……。
「……お前、その顔。反則だろ」
顔を反らして、聞くからに真っ赤になってる翔也さんの声がして。
「……え っ ?」
事態を理解するより前に、
「えっ?」
わたしは、翔也さんに。……愛おしい異種族の男の子に抱きすくめられて。
「まだ。数は余ってそうか?」
ふわりと体が浮き上がって。
「……わかり、ません」
唇がふわふわしたまま。頭がほわほわしたまま。わたしは覚束ない言葉を返して。
「なら。飛ばすぞ。離すなよっ!」
言った瞬間。
「きゃあぁあぁっっ?!」
わたしの体が翔也さんの体に押し付けられました。抱きすくめられたんじゃありません。背中に叩きつけられた風の力です。
だから、わたしは。翔也さんの言葉通り、まだふわーっとしたままで、全力で翔也さんに抱き着きました。落ちるのが怖くて。
「ぐああああいでええええ!! こんの馬鹿力! 体が折れ曲がるだろうが! 修復不能な形でっ!」
って言うのと同時。わたしたちの体は急激に下に角度を変えました。
「こんにゃろ、お返しだっ!」
言うなり、わたしは体を宙に投げ捨てられて……!
「きゃぁっ?!」
ズドーン。
「いったぁ……」
わたしは地面に窪みを作ってしまったようです。高い声のざわめきが少しこもって聞こえますから。
「っと。おいおい、ずいぶんと盛況だなぁこりゃ」
わたしのことなんて知らん顔で着地した翔也さん……そんな声です。少しぐらい心配してくれてもいいのに。叩きつけた犯人ですけど。
ガサガサって衣擦れの音がするから、きっと観光客さんたちに腕でも振ってるんだと思います。
「wow!」
「Oh! like a MANGA!」
変な歓声が上がる中、一人だけフェザーフェザーと嬉しそうな声が聞こえます。ジュニアさん、いるみたいですね。
「ん? もしかして、さっき俺のこと見てたの、お前か?」
なにやら目で会話したみたいで、そっか って翔也さん納得してます。ジュニアさんの視線を感じてたんですね。
「ずいぶん派手な登場じゃん、鈍感天狗」
「こうでもしねえと間に合わねえと思ったんだよ」
めんどくさそうに答える翔也さん。
嘘です。確実に嘘です。だって、わたし 叩きつけられるいわれ、ありませんから。
「ヒロインを地面に投げつけて登場するヒーローがいるか、この知れ者が!」
「お前、知れ者とか使う年じゃねえだろが。ババーかよ?」
「んだとこのぉ!」
「やるか?」
「やってもいいけど? 天狗が竜に勝てる気でいるならね」
「そこまでそこまでっ」
言いながらガバリ。ヒューヒューと面白がってる観光客さんたちに乗せられたみたいで、熱くなるそんな二人のワーキャーを、わたしは起き上がることで止めます。
止まってくれました。観光客さんたちが、おお、ってどよめきました。
「ひどいじゃないですか翔也さん。痛かったんですよ」
じとめで見ますがどこ吹く風。
「で、後何回残ってる? 担当者」
「ちょっと、聞いてる?」「ちょっと、聞いてますか?」
「なんだよ、ああ悪かったよ ごめんごめん」
「んもぅ」
やれやれです。ううん……、謝り度零でも許してしまうわたしは、あまいのでしょうか?
「で、何回残ってるか、だっけ?」
こちらもめんどくさそうに言いながら辰美ちゃん、大の文字がいっぱい書いてある白い紙を見せました。これは餅数えのお仕事、突いた回数を書きおく物です。
「えーっと、ひぃふぅみぃ。大の字三十。後十と八回、か。ま、突けないよかましか。なぁ?」
急にこっちを振り向いたので、びっくりしてしまったわたしは、
「えっ、あっ ひゃいっ」
っと変な返事をしてしまいました。
「うぅ、みんなでわらわないでくださいよぅ」
そんなこんなでいろいろありましたが。いよいよ、わたしは思い出のペッタンペッタンをすることになりました。
やったー!