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前編。餅から始まる大晦日。

「はぁ」

 餅数えの声とお餅をつく元気のいい声が響く中、その様子をベンチに腰掛けて見ながらわたし 鬼野いかりは溜息を吐いた。

 まだお餅を突いた回数は一桁。百八にはまだまだ遠いです。

 

 除夜の餅。この彩化子町あやかしまちの年末行事です。始まりは、人と交流したくても表立ってできないわたしたち妖怪でしたそうなので、せめて形だけでもと人の方式をまねたところかららしいです。

 

 お餅に今年の厄を叩き込んで、そうしてできた厄の固まりになったお餅を食べて、妖怪としての格を上げようって言う意味もあったそうですよ。

 

 今では単なる観光地の名物になってるので、格を高める儀式としての側面はすっかりなくなってますけどね。突いたお餅、人間さんたちにも振るまいますし。

 

 不思議なのは、どうして国内のみならず外国人さんも……いえ、外国人さんの方をよく見かけるのか、と言うことです。

 話に寄れば、どこからか情報を得ていて、リアルヨウカイタウンとして訪れるんだとか。

 

 たしか……いんたーねっと、でしたか。人間さんのそういう文化にいまいち疎いので、なんのことなのかよくわかりませんが、それが情報源……なのかな?

 

「どうしたのおきぬちゃん、浮かない顔して」

 理由はわかってるよと言いたげに、竜の血を引く幼馴染、水地辰美みずちたつみちゃんがニヤニヤしながら声をかけてきました。おきぬちゃんと言うのはわたしのあだなです。

 

 辰美ちゃんは、百八回 お餅をついたかどうかをチェックする、餅数えと言う大事なお仕事を今年任された家の娘さんです。わたしはお餅をつく係のうち、水を付ける係を今年担当している、鬼野家の娘です。

 

「だって、翔也さん、また逃げるんですもん」

「お餅いっしょに突きたいのにひどいです~、って?」

 まったくその通りなことをズバリ言われてしまって、わたしは言葉に詰まり おまけに顔が真っ赤です。

 

 翔也さん 天狗翔也そらいぬしょうやさんは、辰美ちゃんと同じくわたしの幼馴染で天狗の翼を持つ男の子です。

 

「あははっ、見事な赤鬼だ~」

「あそばないでくださいっ」

「おこらないおこらない。で? なーんで今日は探しに行かないの?」

 

 翔也さんって除夜の餅みたいな、こういう伝統事を古臭くてかっこわるいって言って、いつも参加しない困った人なんですよ。だからわたしが、いつも探すことになってます。

 

「だって、我が家の晴れ舞台ですよ。しっかり見届けないと」

 お餅つき、それも除夜の餅と言う今年の最後を飾る行事の、要とも言うべき水を付ける係。持ち回りだからこそ、次にできるのはかなり先になります。

 

 それならわたしは、この我が家の晴れ舞台を見なければ。そう思っています。

 

 

「まったく、お堅いんだからなぁ」

 やれやれ、と言う感じ出方を落として辰美ちゃんが言います。なんですか、っと赤みの引いたわたしはむっとして見返します。

 

「だからこそ、でしょ?」

 左手の人差し指で、わたしのおでこをコツンと突っつきながらそういう辰美ちゃん。

 

「どういう意味ですか?」

 

 わからない、と音に乗せて再度問い返します。

 

「だ か ら こ そ。あの鈍感野郎といっしょに除夜の餅つきしたんだーって、思い出になるんじゃん」

 腰に手をやって、若干いらだった声と顔で詰め寄って来る辰美ちゃん。正直、このが目を吊り上げてると……怖いです。

 

「思い出。翔也さんとの……」

 復唱が声に出てて、ちょっと自分でびっくりですが、そんなことおかまいなしで辰美ちゃんは続けました。

 

孤独ひとりっきりの思い出と、翔也といっしょの思い出と。どっちがいい?」

「それは……」

 うぅ、辰美ちゃん。言葉選びがずるいです。

 

 

「十五回」

「え?」

 

「こうして話してる間にも、どんどん餅を突ける回数は減っていく。あの鈍感を探してる間にリミットになっちゃったら、そもそも『いっしょにお餅ついてください』とも言えなくなるよ」

「っ!」

 

 息を飲んで、むせてしまいました。不器用だなぁ、って苦笑いしてます辰美ちゃん……うぅ、恥ずかしいです。

 

 背中の押し方が力強すぎます。発破をかけるなんて生優しい物じゃありません。発破がかかったとたんに大爆発ですから。

 

 ……でも!

 

「そこでハッとするなら、後は動くだけだよ」

 右肩をバシっと叩いてくれて、その後小さく「回数はなんとかするから」って言ってくれました。

 

「……ありがとうございます、辰美ちゃんっ。いってきますっ!」

 わたしはベンチから立ち上がると、「せい!」「二十」「はい!」とテンポよく流れる声に会釈をして、頷いてくれたのを確認してから、

 

 除夜の餅の様子を食い入るように見ている観光客さんたちの間を、ごめんなさい 通してください、と駆け抜けました。

 

 

「翔也さん? 翔也さん? どこですか?」

 めでたいからと着せてもらった紅白の巫女服、ちょっと走りにくいですね。でも、そんなことを言ってる場合ではありません。

 

「oh! ONI-MIKO GIRL!」

 なにやら周りから、外国人さん特有のよくわからない言語が聞こえています。ガヤガヤしてますね。どうも人通りの多い方に来てますか。

 

 困りました。翔也さんは流石天狗と言うべきでしょうか、人に紛れる隠れ方ではなく孤独になる隠れ方をする人。探索コースがまったく逆です。

 

 ……時間が。刻一刻と……っ。

 

 お餅つきの回数が。刻一刻と。減っているって言うのにっ!

 

 

「hei」

 くるり、体を元来た方に向いたらなにか声がして、

「っ、なんですかっ?」

 いきなり腕を掴まれました。青く澄んだ美しい瞳の外国人さんでした。見た感じわたしたちとさほど変わらない、若い人です。

 

「は、はなしてください! どこにつれていくんですか!」

 ズルズルと引っ張られてしまっているわたしですが、外国人少年さんは顔をうっすらと赤くするばかりでなにも答えてはくれません。そもそも、わたしの言ってること……わかってるんでしょうか?

 

 わたしはこれでも鬼の血を引く者。武器である身体能力を利用すれば、本来人間さんの拘束程度でしたら、なんの苦も無く外せるのですが……今は状況が普通ではありません、言葉で抗議するしかできないのですっ!

 

「あ、あの。ここ……」

 路地裏です。人が来る気配がまったくしません。喧騒がそよぐ風のように小さいです。え、えっと。これは……いったい?

 

「その。あの。なんの、じょうだん……でしょうか、いったい これは?」

 外国人少年さんは、ただただ顔を真っ赤にしているだけです。パクパクとなにか言いたげではあるのですが、音になっていません。

 

「……エ?」

 突然。目の前の人は、ズボンの中央に手を持って行きました。

 

 俯くその人は、まるで赤鬼のように よくイメージされる天狗のような赤ら顔になってしまっています。

 そして。

 

 ジィー。

 

「っ!」

 思わず、手が出てしまいました。

 

「いったいなにを考えているんですかっ!」

 ガバリと、窓を開放なされた青い瞳の少年さんに背を向けて。わたしは一足飛びで元の通りに飛び戻ります。

 

「はぁ……はぁ……」

 今の手応えなら、顔が体から離れるほどの威力ではなかったと思います。ですが、右の掌に残る感触はいやに重たくて、赤くなっているのが血のようで。だから、わたしは息が上がっているんだと思います。

 

「いけない。時間が。翔也さん! 翔也さんっ!」

 広場の方に向かいながら、わたしはまた声を張ります。どこにいるのかわからないので、ひょっとしたら と言う希望があるからです。

 

 後お餅は何回突けるだろう。そう考えたら、汗がうっすらとにじんできました。今日は大みそかだって言うのに。

 

 

「なんだ? 手伝ってくれるのか? オーガのお嬢ちゃん」

 広場を過ぎて人通りの少ない方に向かうつもりで走り始めたら、また声をかけられてしまいました。

 

 おーが、と言うのがなにかはわかりませんが、明らかに声がこちらに飛んで来ているんです。立ち止まるしかないじゃないですか。

 

「手伝う。なんの話しでしょうか?」

 茶色い瞳の、浅黒い筋肉質な大柄の男性です。外国人さんですね。

 

「実はな。息子がはぐれちまったんだ。探してくれるんだろ?」

 この方はずいぶんと流ちょうに、日本語を話される方ですね。

 

「あの、わたしにはなにを言っているのか?」

 

 首をかしげると、

「とぼけるなって。息子が見たいんだろ? なら探してくれるってことじゃないか」

 笑顔でこうおっしゃったんです。まるでわたしが冗談を言っているかのような口ぶりで。

 

「いえ、その。わたしには、なぜそんな話になっているのか本当にわかr」

「MIKOってのは、こっちで言うシスターみたいなもんだって聞いたぜ。困ってる人を助けるのも、MIKOのお仕事って奴なんじゃないかい?」

 

 きさくに強制力の強い人です。ペッタン回数と子供さんがはぐれてしまっていると言う状況の板挟み。ですがこの人は、わたしに断るという選択肢を許してくれません。

 

 

 う……頷くしか、ないじゃないですか。

 

 

「まったく。あなたはいっつも強引なんだから。そうやってあたしも自分のものにしちゃったのよねぇ」

 男性さんの横にいらっしゃるふくよかな体形の女性が、嬉しそうに 愛おしそうにそんなことをおっしゃいました。

 昔はきっと綺麗だったんだろうな、と言うのが見える方ですね。

 

 ーー困った事に。この人はご主人様を止めてくれませんでした。

 

「あの、それで。息子さん、どんな見た目の方なんですか?」

 もう協力するしかありません。迷えばそれだけ時間がすぎてしまいますから。切り替えていきましょう。

 

「簡単さ。オレをそのまま縮小サイズダウンした感じのナイスガイだぜ」

「あ、はぁ。そうですか」

 

 ニカっと白い歯を見せて言う男性さんに、わたしは困り顔になるしかありません。この人のテンション、疲れます。

 

 なにはともあれ。早くしないとお餅が……いえ、息子さんがどうなってしまうのか。今でも不明なら、時間がかかればもっとわからなくなります。

 

「どこら辺ではぐれたか、とか。わかりませんか?」

「この辺りだと思うんだが」

 

 辺りをぐるっと太い腕で示しながら言う男性さん。

「いたわ! 坊やジュニアよ!」

 奥様が広場の方を指さして叫びました。

 

「ジュニア……さん、ですか?」

 たしかジュニアって、息子って意味だったような? なんか……名前で呼んであげないって、かわいそうな気がします。

 

「どれどれ?」

 男性さんは、背が高いところから更に背伸びをして、上からお子さんを確認しようとしています。下からじゃないのが不思議です。

 

「あの、上からだと人に紛れて見えなくないですか?」

「ん? おお、そうだな。気が付かなかったぜ、hahahaー!」

 

 軽妙に笑って体勢を戻す男性さん……。この人……案外、考えなしなんですね。

 

「……見えました、浅黒い肌の小さな男の子」

 広場から少し外れたところに、わたしはジュニアさんを発見しました。小走りするわたしに、ご夫婦はついてきてくださっています。

 

 ーー普通に歩いておいつかれてしまいました、足音からの推測ですが。外国人さんの大きさに、密かにちょっぴりびっくりです。

 

「おいまて息子ジュニア! パパたちはそっちにいないぞ!」

 

「駄目です、届いてませんね。歩き方が忙しないです。まるで、なにかを追いかけてるみたい……」

 くしくもジュニアさんが向かっているのは、わたしが向かおうとしていた方向。怪我の功名ラッキーですっ。

 

 

「よし、人込みを抜けたぞ」

 ドカドカと豪快に走る男性さんに、奥様も続き、わたしがおまけのように ーー おまけみたいなものですが ーー お二人をおいかけます。

 

「フェザー」

 ジュニアさんが発した声、子供らしい甲高くてかわいらしい声です。

 

「やっぱり、なにかを探して……っ!」

 駆け出したジュニアさん、その直線上を走りながら見やると、そこにいたのは。

 

「翔也さん!」

 やっと、いました。でも、せっかく……せっかく声をかけたのに、翔也さんは反応なし。

 

 ーー声、ちっちゃかったかなぁ?

 

「探したぞ息子ジュニア!」

「なにもなくてよかった!」

 ご夫婦は、わたしのことなんか忘れたようにジュニアさんを抱きしめているようです。お二人で完全に隠れてしまって、ジュニアさん 見えませんけど。

  

ただ、ジュニアさんがそんな二人に対して、怒ったようにフェザーフェザーと叫んでいます。フェザー……たしか、羽 でしたっけ?

 

「大丈夫です。きっと広場に連れて行きます。だから、広場でお待ちいただけますか?」

 なんとかお餅への焦りを表に出さないようにしながら、わたしは頷いて答えました。

 

「俺にはなんのことだかよくわからないが、それで息子ジュニアが喜ぶなら、そうしよう」

 

「妖怪のお餅つきです。外国では早々見られないんじゃないですか?」

「Omochi?」

 

「たしか、特殊なお米を潰してこねたもの、だったかしら?」

「え、ええ。まあ……そんなところです」

 

 男性さんに答えた奥様に頷くわたしです。細かく説明している時間はありません。早く翔也さんを除夜の餅に参加させなくちゃ、です。

 

「ジュニアさん。ふぇざーさん、きっとつれていきます。だから、機嫌を直してください」

 

「オーガMIKOガールがお前のために、そのフェザーを連れて来るそうだぞ。だから、そうふくれるな」

 

「……WAKATTA」

 どうも、ジュニアさんは聞くことは達者なようですが、まだ日本語を喋ることが達者ではないみたいですね。なんだか、微笑ましいです。

 

「約束は果たしたし、息子ジュニアも探してもらったし言う事ないな。thx オーガMIKOガール」

 

「ありがとう」

 ご夫婦にそう言われ、ないすとぅーみーちゅー、って言ったらジュニアさんにまで大笑いされてしまいました。

 

 なにが……いけなかったんでしょう? ただ笑い方があたたかなのが救いですね。朗らかな方々でよかったです。

 

「そこはヨー・エルカン、だぞ オーガガール。それじゃ。広場で、君がそのフェザーをつれてくるのを待つとするよ」

 男性さんが笑顔でそう言うと、外国人さんの親子さんたちは、広場の方に歩いて行きました。

 

 

 わたしも、あんな風な愛情の深い家族になりたいな……。

「なんて、なに考えてるんだろ、わたしってばっ」

 

 距離の関係で小さな背中を見つめながら、わたし とんでもないことを考えてしまいましたっ!

「すぅ……ふぅ。すぅ……ふぅ」

 また赤鬼になっちゃったのを、なんとか深呼吸で鎮めて。

 

「さて。ここからが本番ですね」

 

 いろいろと寄り道はしてしまいましたが。

「よし」

 

 わたしの頭にある、ソフトクリームのような形の二本の角を、キュっと両手で掴んで気合を入れて、

「翔也さーん!」

 小さく見える背中に、めいっぱいの声をかけながら走って行きます。

 

 

 逃がしませんからね、翔也さん!

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