第三話 男たる騎士、女たる騎士
薫は空中で一回転、両足で着地した。
付き人がブーゲンビリアを介抱しようと近寄ってくる。しかしブーゲンビリアは助けを介せず、自力で立ち上がる。
「……なかなかのやり手のようだ。だが……これは私と彼女との問題だ。口を挟まないでもらえるか!」
騎士はそう言い放つ。しかし薫は腕組みをし、こういい返す。
「確かに、お前が告白に熱心なのはわかる……しかし、エレガントではないな」
「何ィ!?」
「人目も介さず声を荒げる男を好くやつがいるか?」
ブーゲンビリアは虚を突かれた思いであった――単純に、周りの人の言うことを気にしたことがなかったのである。
彼女はそんな様子を見て、いや気づいてなかったのかと心の中で突っ込んでいた。
「貴族なんだったらエレガントに花を贈るとかそういうエレガントさが必要……そうではないか?」
「……そうかもしれない……だが、それでも!」
それでも、とマントをはためかせ叫ぶ。
「それでも! 男たるもの、当たって砕けるべし!」
「――くっ、男らしさ、だと?」
「そうだ!」
貴族的かっこよさと、その悠然とした男らしさに圧倒される薫。
ブーゲンビリアはなおも続ける。
「私は一心に彼女を幸せにしたいと思っている。そのために何度心が砕けても立ち向かう。それが男であり、騎士であるというものだ!」
そういうと、彼は腰の剣を取り、勢いよく――振る!
「『風よ! 舞いたまえ!』」
空気の切れる鋭い音が響く。何か危険なものを察知した薫は足を動かそうとしたが、遅い。
一瞬にして、薫の頬が切れた。
「これは……鎌鼬!」
「そうだ、私は風を操る加護を持っている。立ち向かうならば……」
二人はにらみ合い、緊迫した空気が間に流れる――
しかし、その時。
「止めてください! こんな街中で争わないでください!」
ディアナは一歩踏み出し声をあげる。
騎士は彼女をじっと見つめ、そしてい言う。
「止めて下さるな! あなたはこの男の雄姿を目に焼き付けてさえくれればいい!」
「戦うとしても……無法の戦いをするつもりですか! せめて、ふさわしい場を!」
「……え?」
薫は彼女の方を見る。しかしディアナの顔は、まさに真剣なまなざしだった。
「ふさわしい場、すなわち決闘という事か……それで勝った方が彼女をいただく! そういうことだな!」
「ええ、それでもし負けたらこれから一切こういうことをなさないように」
「ふっいいだろう、騎士として――男として誓う」
「えー……」
あまり乗り気ではない薫。騎士はその顔を一瞥すると、にやりと笑いだす。
「ほう、貴様は不満か?」
「不満ではないが、受けるメリットがない」
「ほう、だが否とは言わせんぞ。貴様に身を案じる気があるのならば」
「なんだと?」
「我が純白の衣装を汚した事……本来なら即座に殺されても文句は言えんぞ? 貴族の誇りを汚した事は果ては国王への不敬罪にもあたりかねない……だが、決闘よなれば話は別だ。騎士の誇りをかけるならこの罪、許されるであろう」
「……」
「誇りがあるなら、男として女を守る気概があるなら……それを奪う男に立ち向かう勇気もあるはずだ。まさかないと言わんだろうな?」
薫は詰め寄られる。その気迫に圧倒され、さらにディアナからも真剣なまなざしが突き刺さっている。
しかし薫は男であった。男たるもの決闘である。しかし決闘は法律で禁止されていた。
二人はにらみ合う。
――この男と戦って、俺は負けるか?
――否。
俺に誇りはあるか?
――否。
だが……女一人、守る気概もないのか?
――否。
2対1。心づもりは決まった。
そして薫は溜めて、叫ぶ。
「わかった……いいだろう!」
「……ふはは! それでこそ男だ! では早朝に……」
「「決闘だ!」」
二人の声が、町に響いた。
***
「ノリで受けちゃいましたけど、あの、ディアナさん本当にいいんですか?」
「ああいえば根本的な解決にならないでしょう? あれでカオルさんが勝てばもう何も言ってこなくなるでしょう」
薫はディアナから出されたコーヒーに砂糖をどさりと入れる。
「巻き込んでしまってすいません。手間賃として、昨日と今日の宿泊代ということでどうですか?」
「あーまあそれで問題が解決するなら」
「じゃ、勝ってくださいね」
「いや本当にいいのか? こんな見知らぬ他人に任せるなんて。もし負けたら……」
「もし負けたら何かしら考えますよ。それに私はあの人のことそんなに悪く思ってるわけじゃないですし」
「そうなの? てっきり迷惑なのかと思っていたが」
「そりゃ迷惑ですよ。ですけどあの人のこと良く知りませんし、迷惑行為だけ止めてもらえばなあと」
ふふふと笑う彼女の姿からして、その言葉に嘘はなさそうだ。
彼は厄介な事になったと思ったが、これも自分が招いたこと、仕方がないと受け入れる。自分が最初から首をつっこまなければよかったのだ。
「そうなのか」
「そういうわけで、気楽にお願いしますね?」
「ああ、そうだな」
薫はコーヒーを飲み干すと、席から立ち上がる。
「この辺にいい食堂はないだろうか?」
「出掛けるんですか?」
「明日以降の旅の準備をな……あまり人の家に長居するのも申し訳ない。夜には帰ってくるよ」
「そんな急がなくても……」
「あまり人の迷惑になるのも駄目だ。旅の話なら夜にしよう」
「……そうですか。いってらっしゃい」
ドアに手をかけ、その言葉を背中で聞く薫。
残念そうにするディアナに声をかける。
「……君のお陰で体も楽になった。ありがとう」
***
「いらっしゃーい、っておっとあんたさっきの子じゃないかい」
道具屋に入るや否や店主のおばさんにそんなことを言われ、薫は首をかしげる。
「とぼけんなさいな。決闘。熱いねえ」
「い、いやあれは巻き込まれたというか……」
おばさんは立ち上がると商品の棚から何かを探し始める。
「見たところ、あの子に泊まらせてもらったんだろう? 優しい子だからねえ。優しいというか、かまってほしいというか。あの子両親がいないんだよ」
「……」
「苛烈な女だった。優しい男だった。死病でね。まあそういうわけで寂しがりやで……あとからかうのが好きなんだよ」
「か、からかう? からかってるのあれ? でもわからなくも……」
「だぶんあんた結構好かれてるよ。あの貴族と同じようにね」
「あれと同列ですか」
「これからの進展はあんた次第だよ」
おばさんは棚からなにかを抜き出し袋に積め、薫に渡す。
「はいこれ。ディアナに渡してあげてくれ。中身は聞くな」
「は、はい」
薫は疑問に思いながらそれを受けとる。軽くも重くもない、柔らかいものだった。
「……で、用事は何かい?」
「ああそうでした。保存食とナイフと……あとこの辺の地図とか」
「こんなのはどうだい遠くまでとどく鎌付き鎖!」
「かさばるのはちょっと……」
準備を済ませていく。そんな行為を楽しんでいることに気づく薫。
旅はまだ長い。その事を噛みしめながらも、なんだなんだ異世界での冒険が楽しいのだなあと感じた。
ちなみに、おばさんにも写真を見せたが、知らないとのこと。そう簡単に見つかるものではない。
いくつかの雑貨屋で旅の準備をする傍ら、店の店員、道いく旅人等に写真を見せる。
だが、誰もが首を振るばかり。手がかりはなかった。
薫は町を歩く。
西洋風の町並み、と言えばいいだろう。
黄土色の壁、むき出しの土でできた道。
窓枠にガラスが張っていないことに気づき、さていつ頃窓ガラスは発明されたのだろうと今更のように思う。
ふと、町の中で1つ色合いの違うものがあると気づく。
白く空に尖る建物。少し寂れているが、十字架があることに気づいて教会であるとわかる。
「教団ではない……いや、あれは」
教会の壁に小さな落書きを見つけ、反射的に駆け寄る。
「間違いない……! これは!」
薫はポケットからバッチを取り出し、確認する―ー
丸い円のなかに放射状に線が引かれたこのマーク。その中心には耳から空に向かって角の生えた人の顔、が描かれている。
「教団のマークッ……!」
「貴様、何か知っているようだな」
その時――、薫の首筋に剣が突きつけられた。
薫は横目で相手の姿を見る。
赤色の短い髪の毛。鋭くつり上がった青い目、白い肌。
銀色の、ブーゲンビリアと同じデザインの鎧を着込み、その胸元には十字架のペンダントが下げられている。
「王国の騎士か」
「そうだ。そして――教会から異端者を除けとの指令を受けている」
薫はくすりと笑うと、騎士は目を一層鋭くさせる。
「さあ、ご同行願おうか――なっ!?」
――その瞬間。騎士の剣が弾き飛ばされ、そして。
薫は騎士と向き合い、拳を構える。
「荒っぽいことはしたくないが、だがその剣は邪魔だ」
剣が地面に突き刺さる。
「貴様、何者だ?」
「ただの稀人だ――まずは話し合いといこう、お嬢さん」
「なっ、なぜ女とバレた!?」
「……そっちか」