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第二話 稀なる人

家に帰り、傷に適切な治療をするものの、薫は目覚めない。

結局その次の日まで薫は目覚めなかった。

目覚めた矢先、「君のご飯を食べさせてくれ」といわれる。

すこしどきっとするがものすごいおなかがすいているみたいだった。

出されたご飯をものすごい勢いでほおばる薫。

ディアナはそんな様子をにっこり笑いながら眺めていた。


「それで、カオルさんは何処からきたのですか?」

「――東の方から」

「東の方には山しかありませんが」

「山を越えてやってきた」

「その先には断崖絶壁の海しかありませんが」

「海を越えてやってきた――まあキリがないから正体不明ということでどうだ」

「結局教えてくれないんですか……じゃあなんで旅をしているんですか? 勇者のように魔物を倒したりとか……」

「――そうだな。旅の目的なのだが、これを見てくれ」


薫はバックの中からあるものを取り出す――それは、写真だった。

白いワンピースに、茶色の麦わら帽子。薫とどこか印象の似た少女が海辺を楽しそうに走っている。


「この女を見たことはないだろうか?」

「うーん? いえ、ありませんね……誰の絵なんですか?」

「――妹だ」

「妹?」


薫は天井を仰ぎ、泣きそうになりながらもそれを耐える。


「百合という名前なんだが……俺には過ぎた妹だった」

「――」

「あまり教えてもしょうのないことだが……命の恩人だ。おしえましょう」


***


彼は言う――彼には妹がいたこと。


『ほら、お兄ちゃん起きてっ』

『お兄ちゃん、肉じゃが作ったよー』

『お兄ちゃん、そろそろ部屋から出てもいいんじゃない?』


優しくも厳しい、健気な妹だった。

しかしある日、妹が車に轢かれて死んだ。

その上、死体は行方不明になってしまった――

薫は泣いた。引き籠っていた自分に話しかけてくれた唯一の存在――最後まであきらめずに引き籠るのをやめさせようとしてくれたのが、妹だった。

しかし彼女はいない。死体もない。何も入っていない墓だけがあるのみ。

薫は家から出ることを決意した。そして妹の趣味である山登りをするようになった――

そんな、ある日だった。薫は、一人の老人と出会った。

その老人は、自分を「仙人掌覇王」と名乗った。


『お前の妹はこの世界にいない――異世界にいるのだ!』


薫はその言葉に衝撃を受ける。しかしその言葉を信じるしかなかった。


『妹に会いたいか? 会わせてやろう……』

『だがお前には力が足りぬ…… ならば、ここで修行していけ!』


薫は修行した。

何もせず引き籠っていた自分への後悔――そして、妹への贖罪を込めて拳を突いたのだった。


***


「ちょっと待ってください、異世界って何ですかぁ!?」

「俺としては本当のつもりだが、まあ自分でも信じられないのは確かだ」

「そんなおとぎ話の『稀人』みたいなこと――」

「マレビト?」

「はい」


ディアナは頷く。


「おとぎ話によく出てきます……隣の世界から来たて、巨大な魔力を振るい世界を救ったり、誰も知らない知識を人に伝えたり……そういうのを、稀人っていうんです」

「そうか」


薫は興味がなさそうに言う。


「俺はただ修行をしただけだ。そんな事ならだれでもできる。魔法を使える人間の方がすごいさ。だが俺にとって大事なのは、この世界に妹がいる。それだけだ」

「そう、ですか……異世界はともかく、妹さん見つかるといいですね」

「信じてないな」


薫は飲み物を口の中に入れ、食事を続ける。

食事の音だけが聞こえる。ディアナは控えめに口を開いた。


「旅、ですか……憧れますね」

「……そんなにいいものではない。日々狼熊などのけものに襲われ、おまけに俺は盗賊だけでなく『教団』の追手からも終われる。日々安らぐ日はない」

「それでも私は気になるんです――私の姉はどうしているか」

「……行方不明なのか?」

「いえ、王都にいるだけです。長く帰ってこないなーってそれだけですから。この家、一人ですから」

「一人か……大丈夫なのか?」

「怪我した人を治したりして少しお金をもらえているので、今のところは大丈夫ですね。ちょっとした回復魔法が使えるんですよ」


その時、外から何かの足音と――馬の鳴き声が聞こえた。


「その弊害か、ちょっと変な人が……ちょっと、ここで待っていてください」


***


「さあディアナ様! 今日こそ返事をいただこうか!」


それは豪華絢爛な装飾を着た白馬に乗り、紫色のブーツ、白いマント、紫色の刺繍の入った白い騎士の姿をした、金色の髪と鋭い目を持った美貌を持つ男。

数人の付き人とともに、町の端っこの家にやってきた男――それこそが。


「今日こそ! この私――ブーゲンビリアの妻となってもらえるか!」


町人たちが騎士の声を聴き集まってくる。

しぶしぶと、ため息をつきながら家を出るディアナ。

そして目を真剣なまなざしに変え、大きく息を吸い、言う。


「いい加減にしていただけますか! 私はまだ結婚などするつもりはありません!」


声が響き渡る。

ブーゲンビリアは現れたディアナを見つめる。


「まだ断るか……だがこのまま永久に一人でいるつもりかね?」

「……今の所、困ってはおりません」

「君が私と結婚すれば……君を幸せにできる。なぜなら私は貴族だからだ。さあ、ともに――」


その時だった。


「確殺――」


空から声が聞こえる。


「空蹴キィィィィィック!!」


二階から薫が位置エネルギーを利用し、蹴りを繰り出す!

ブーゲンビリアは一瞬遅れてそれに気づき上を眺めるも――もう遅い。

薫の蹴りが騎士の顔面に直撃した。


「ぐ、ぐはっ!!?」


ブーゲンビリアはなすすべもなく吹っ飛ばされ、向かいの家の壁まで転がる。


「無理やり女を連れていくとは笑止千万……状況かはわからんが……さあ! 引いてもらおうか!」

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