第一話 戦いの風
風が吹いている。
赤い夕焼けを背に、ろくに整備もされぬ道を一人歩く男がいた。
「……」
170ほどの背丈の、ぼさぼさとした頭の男。
濃い緑の外套の隙間から濃い赤のシャツと黒いズボンが覗いて見える。
肩にはバックを背負い、ベルトには水筒が引っかかっている。
そしてその手には、赤色のグローブをはめている。
名も知れぬ道を歩く男。どこからともなくやってきた男。山の奥から来たのか? 海の果てから?
はたまた異世界から――?
彼はふと何かに気づくと、後ろの方をにらみつける。
その瞬間、ガキンと金属音が鳴り響いた!
剣を、グローブの甲――いや、グローブの甲に隠された鉄板で受け止めたのだ。
受け止めた先の剣、その先の襲撃者を、睨む。
「教団の奴らか!」
剣を振りかざした男は後ろに飛び跳ね、剣を構えなおす。
ざわざわと草がなびいたかと思うと、隠れていた三人が現れ、彼を囲む。そのどれもが剣を構え始めた。
彼もマントを翻し、拳を構え――言う。
「こい!」
その瞬間、剣を持った男たちが彼に襲い掛かり、彼もそれに応ずる。
「――その一!」
彼は男のうちの一人の腹に向け素早く飛びかかり――鳩尾に拳を決める。
ドスリ。重い音が響き、男は倒れる。
「その二!」
即座に振り返り、右足で敵を蹴りつけ敵を吹き飛ばす。
三人目の振った剣をしゃがんで避け、そのまま高く宙返り。敵の背後に立ち、首筋を襲う強烈な手刀――バタリと膝を折った。
「これで……最後だぁ!」
さらに高く飛び上がり、空中で前転、そして――男に向かって、空を蹴る。
「必殺! 空蹴キィィィィィック!!」
空蹴キック――それは高く飛びあがり、位置エネルギーを利用しながら、さらに空を蹴ることによって速度に加速をつけ、相手を強力な一撃で倒す、まさに必殺技である!
右足が男の顔に直撃――男はきりもみ回転をして吹き飛び、木に当たり動かなくなった。
蹴りの勢いで跳ね返り、宙返りで空中で回転をししゃがんだ姿勢で着地……足に着いた土を払う。
ふと空を眺めると赤色の空が暗がりに変わり、夜がやって来ていた。
「何とか倒せたか……しかし、体も限界だ」
マントをたなびかせ、空を見る。
「百合……今どこにいるだろうか」
人を探して旅をする男の名は――遠藤薫。
これは妹を探す男の物語。
一人の、放浪者の物語!
ただ一つの目的のために、拳と蹴りだけで戦う男の物語!
「もう、夜になるな……」
空の暗さはだんだんと増していく――
その時だった――薫の脚を、矢が襲ったのは。
「ごふっ……!」
発射された方から草が揺れる音がする。
「待てっ……くうぅ!」
足の矢を即座に引っこ抜く。
血が一瞬吹き出し、滝のように流れ出ていく。
腰の袋から布を取り出し、すぐに止血する。
辺りを見回し、目的の町を見て、足を抑えながら歩き出す。
やっとのことで街にたどり着いたとき、疲れ果て地面に倒れこむ。
「もうだめか……くっ!」
這ってなんとか家の壁に寄りかかった時、体が限界を迎え動かなくなった。
***
「はっ! っここは!?」
薫が目覚めると、そこはベットの上だった。
「あら、起きたんですね」
少女は部屋に落ちていた本を拾い棚に入れると、薫の方に振り返る。
白い下着の上に藍色のワンピース。後ろでまとまった茶色の髪。金色の目が大きく輝き、そして彼女の笑顔は薫の胸を貫いた。
彼には、そんな彼女の姿が聖女のように見えた――実際、聖女であった。
胸につけた十字架を眺める。しかし、否が応でもでもその下の胸が目に入る。
「あなた、名前は?」
「私はディアナ。あなたは?」
「――薫、だ」
二人は一瞬見つめあう。薫は即座に目をそらし、ディアナは首をかしげ、ベットの近くの椅子に座った。
「カオルさん……それで、どうしてあんなところで倒れていたんですか?」
薫はベットから降りようとする、が、体の痛みに気づき、肩を押え苦しみ始めた。
「くっ……」
「動かないでください! 足のケガがまだ!」
「くそっ、体が……」
「けがだけじゃないんです、毒が……」
「なっ……教団め、そんなものまで……」
「落ち着いてさい、少なくとも一日は休まないと……」
「……わかった」
素直に応じ、ベットに横たわる。
「三日三晩飲まず食わずでな……宿もなかった。それに加え教団の追手が……くっ!」
「追手?」
「いや、なんでもない……」
その言葉について詳しく聞こうと思ったが、ディアナが優先するべきはこっちではない。
「ここは体を休めてくださいな。食べていないというなら……ご飯が必要ですか?」
「……頼む」
彼は痛みに苦しみながら、次第に目を閉じていった。
***
「ほら、おかゆを持ってきましたよ。ゆっくり食べてください」
「……ありがとう」
注意深く熱を冷まし、おそるおそるそれを口に入れる。
「……おいしい」
口にいれたおかゆを何度も何度も味合うように噛み、そして飲み込む。
しばらく食事を眺める――と、その瞬間、薫の目から涙が浮かび上がった。
「! どうしたんですか!?」
「俺は……俺は……くそっ!! 俺はああぁ……あ!!」
頭を抱える薫。叫びが絶えたかと思うと、激しく肩で息をする。
薫は思い出していた――母の作ったご飯、それを囲む父の姿。そしてそれを食べる自らの姿――そして彼女の姿を。
「百合……俺は……!」
ようやく落ち着き、目の涙を手で拭き取る。
「すまない……久しぶりにちゃんとしたご飯を食べた――それで故郷が恋しくなっていた、それだけだ」
「故郷……」
それからもなお、おかゆを一口一口ゆっくりと味わって食べる薫。
その姿にディアナは心落ち着かない様子だった。
***
薫の着ていた服を干すディアナ。
彼の服はどれも見慣れぬ生地、見慣れぬ服ばかりだった。
「どれだけ遠くから来たんでしょうか――」
ホームシックにかかる彼の姿を思い出す。
様々な感情の入り交じった涙。彼女はその姿が頭から離れなかった。
「ご飯をたべたらすっかり眠ってしまいましたけど……」
ディアナは彼の顔を思い出す。安らかな寝顔であったが、そこには相当な疲れがたまっているものと見えた。
これが旅というモノなのか。
いや、何人かの旅人を見てきたが、こんなにも疲れがたまっている人を見たことがない。
「一体、なぜあの人は旅をしているのでしょうか?」
そういうことを、彼女は考え始めた。
***
「おばさんー今日も来ましたよ」
「いらっしゃーいディアナちゃん」
道具屋のおばさんに会いに行くのが彼女の日課だ。
「そんで今日はこの鎖付き鎌を買っていく気になったかい? 鎌だけに」
「鎌を刈っていく……いや今日はそうじゃなくて。毒消しの薬を」
「そりゃまた何で?」
「昨日助けた旅人の人が毒で苦しんでたので……応急処置はしましたが」
「そりゃ物騒だ……で、どこか優れないけどどうしたんだい?」
「今日拾った旅人の方が相当に疲れてらっしゃって……ホームシックになったり色々気苦労をされてるみたいなんですよ」
「そんなモノだよ。突然の出来事の連続だ。それに毒を受けたんだって言うなら恐怖のあまり故郷を思い出してしまうこともあるだろう」
「……そんなもんですかね?」
「あんたにもわかるさ」
ディアナの姿を見て笑うおばさん。
「行きたいんだろう?」
「はい……あのですね、思ったんです……私の姉は故郷についてどう思ってるのかなあって。私のこと、両親のこと……ずっと覚えてるんでしょうか?」
「覚えてるさ――人はそう簡単に人を忘れないよ。特に家族なら」
「そうだといいですけど……あと、それと」
「それと?」
浮かない表情を続けるディアナ――
「今日拾った旅人さん……絶対に何か抱えてるんと思うんです。それが心配で」
「珍しい。それだけ気にだなるだなんて? もしかして………惚れたとか何かかい?」
「……? ……!! いえ、それはたぶん、ないと!」
「おっ怪しい」
「いやそうじゃなくて……雰囲気が普通の人と、何か違うんですよ――何か、別の世界から来たような……?」
それは違和感でしかない――が、偶然にもそれは的を得ていた事はまだしらない。