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13 葉月 ~ 永遠という部屋

 美月はランドセルを鳴らしながらドアを開ける。


「ただいまぁぁっっ」

 まだ小さい美月には少し重たい鉄製のドアが、バタンと音を立てて閉まる。

 靴を脱ぐのももどかしく、ランドセルに手を掛けながら、部屋に向かって呼び掛ける。

「ただいまおかあさん。あのねぇ、きょうねぇ……」

 レースののれんをくぐりながら話す美月に、葉月は笑顔で答える。

「おかえり。おやつがあるのよ。早く手を洗ってらっしゃいな」

「うんっ!」

 美月は満面の笑顔でうなずき、どたばたと部屋へ駈け込んだ。


「それでね、こうちゃんがね、ころんじゃってね」

 興奮気味に話す顔に午後の陽射しがかかり、少し眩しそうに顔をしかめながら美月は話す。

 葉月は立ち上がり、レースのカーテンを引く。

「……これでみぃも眩しくないはずだわ。それで?」

 まろやかな笑顔を向けながら、母親は娘の話をうながす。

「うん、それでね、こうちゃんのズボンがやぶけて、おしりがみえちゃったの! みんなびっくりしてた。おはなしおしまいっ」

 目をまん丸にして話す美月。その様子があまりにもかわいくて、葉月は笑う。

「そんな程度で? いやだ。ありえないでしょ」

「え~? ほんとうだってばぁ~」

 そういう美月も、声が笑っている。葉月もまた一緒に笑う。


 手作りのマフィンを頬張る娘をうっとりと眺めながら、母親は話し掛ける。

「今日はみぃが好きなシチューを作ろうと思うの」

「ほんとう? やったー! あのね、ニンジン、ほしのかたちがいいの。あとおはなのかたち」

 美月はいつも星型や花型を好んだ。一緒にクッキーを作る時もそのように型抜きをする。市販のものでさえ、おはじきのようなクッキーを選ぶのだ。

「いいわよ。でもみぃも手伝ってね?」

 娘の頬にかかった髪をそっと撫でつけながら母親は答える。

「うん、てつだう。あとね……おかあさん?」

 母親を見上げるその視線は、ふいに寂しそうな翳りを宿した。

 だから母親はより一層、優しい笑顔を娘に向ける。春の夕焼けの、柔らかく暖かい光を含ませて。

「なぁに?」


「あのね、みぃと、ずっと、いっしょにいてくれる?」

「当たり前じゃない……みぃのお母さんだもの」

 それを聞いて、美月はようやく安心したように微笑んだ。

「おかあさん、みぃね、おかあさんだいすき」


 部屋の中は淹れたての紅茶の香りが漂い、柔らかな陽射しが長い陰を作る。

 葉月はこんな家に住むのが小さい頃からの夢だった。

 優しい夫に可愛い娘、元気な息子。

 家族のために部屋を心地よく整え、美味しい料理を作り、笑顔で見送り、そして迎える……そんな毎日を過ごせる幸せ。そう、謙太と結婚できたのは、葉月にとってとても幸せなことだった。


 ――この瞬間、この幸せが、永遠に続けばいいのに……


 そう思い願いながら、葉月は我が子の笑顔を見つめ続けた。


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