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12 千智 ~ 旅立ちにむけて

 零芝は、既に運送屋の手配もしてある、と千智に言った。

「訳ありでも緊急でもすぐ仕事を受けてくれる業者は、うちのような特殊な職業にはどうしても必要な相棒だ。今日来てくれるのは、その中でも特に気心が知れた人間で、デリケートな問題にも上手く対処してくれる。だが、一度ここを出れば忘れ物だと言って簡単に戻ることはもうできない――だからゆきは、僕が『治療』を施している間に、自分の荷物をしっかり準備するんだ」


「そこまでしてもらうなんて……俺、やっぱり家事頑張るよ」


 零芝は千智の決意の方向性にまた苦笑する。

「いつの日か、戻って来られることもあるかも知れない。だがそれは、長く続く痛みに耐えなければ手に入れられないものでもあるんだ――いつか、戻って来る日のために、ゆきは努力を惜しまないようにしないとな」

 その言葉と表情は、普段は非常に若く、そしていつも気難しく見える零芝のものとは思えないくらいの重みと、親が子に対する時のような愛情を、千智に感じさせたのだった。


 この後、零芝は謙太と葉月に『治療』を施し、その間に千智は身の回りの物を運び出す手はずだった。

 『治療』は一人に対しそれぞれ一時間弱、その後二人合わせて行うものが三十分ほど掛かる、と零芝は千智に説明した。その詳しい内容までは話さなかったが、催眠術やマインドコントロールという類いのものなのだろう、というように弟子は理解していた。


 * * *


「さて、始める前に、お前の父親をきちんと寝かせてやらないとな。テーブルに突っ伏して二日間も寝込んだら、目覚めた時全身の筋がおかしくなるぞ」

 準備を終えたらしく、零芝は立ち上がると千智にそう声を掛けた。

「え、二日も寝てるの?」

「まあ個人差があるが最長で三日程度だ。母親の方が少しだけ目覚めが遅くなるだろうが、それでも一両日の違いまではないだろう。お前もできれば見ていたくはないだろうから、並べて寝かせてから周囲にちょっと目隠しを仕掛けることにする」


 零芝は話しながらも鞄からポールを何本も取り出し、それを繋げてテントの骨組みのようなものを作り上げた。そこに布を掛けてパーティション代わりにするらしい。

「じゃあとりあえず枕と掛ける物持って来た方がいいかな。ソファのとこのラグなら寝てても痛くないと思うから、そこに運ぼう。零さん悪いけど足の方お願いします」

「僕は肉体派じゃなくて頭脳派なんだけどなぁ……」

 零芝は文句を言いながら、千智は神妙な顔つきで、謙太をラグまで運ぶ。


 いよいよ、息子と両親との別れの時が近づいていた。だがそれは、いつかまた帰って来る時までの別れだ。

「こういう時も、『いってきます』でいいのかなぁ……『さよなら』じゃなくていいんだよね……」

 そんな千智の独り言に、零芝は聞こえない振りをした。

 寂しさや感傷に浸るのはそう長い時間ではないだろう。若い千智には、未来のためにやらなければならないことが山ほどあって、それはもう明日から――いや、今日から始めなければいけないこともたくさんあるのだから。


「――お父さん、お母さん。それから、美月……いってきます。またいつかのために――今まで、ありがとう」


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