いつもの電車と膝枕
私はいつもどおり駅のホームの端っこまで歩く。
今日はオタ友達の杉崎と一緒だ。
彼女とは帰る方向が一緒で、電車の中でたまたま隣の席に座ったら、読んでいる本が一緒だったというドラマチックな出会いがあった。
それ以降、お互いの好きな本を貸し借りすることで読書ライフが更に充実したものになったのだ。
「やっぱ先頭車両は空いてていいね。」
「うん。座って本が読めるもんね。」
かなり混雑する時間帯だが、ホームの階段から離れた位置なのでいつも空いている。
お互い読書に集中するので、隣に座っていても交わす言葉はない。
本を開いて数ページ読み進む。耐え難い眠気が襲ってきた。
今朝も電車の中で読んでいたのだが、眠気に勝てず。危うく寝過ごして遅刻する所だった。
昨日寝る前に読み始めた本の続きが気になって、寝落ちするまで読んでしまったのが原因だ。結局何時に寝たんだろう……。
「あー……、眠くてもうだめ。寝たい。ちょっと寄っかかってもいい……?」
「どうぞどうぞ。なんなら膝枕でもしてあげよう。」
「うん、それは遠慮しとく。じゃあ、お言葉にあまえて、おやすみ……。」
杉崎に寄りかかり、身体の力を抜いて目をつぶる。視界が暗くなったと同時に、私の意識は眠りの底へと沈んでいった。
身体に揺れを感じて意識が戻りかける。目を開けようとするが、がんばってもあかない。だめだ。眠い。
「……ら、降りる……じゃあ……」
杉崎が何か言っているような気がする。身体がふわふわして、危うく反対側にもたれかかりそうになった。
知らない人に寄りかかるのはまずい。後で非常に気まずい思いをする。意識が飛ぶ瀬戸際のところで、どうにか杉崎の肩に着地した。
これで安心して眠りにつける。私の意識は再び眠りの底へと……。
次に目を開けると、意外と眠気が飛んでいた。
もしかして寝すぎたのでは……という思いが過ぎったものの、私の頭は寝る前と同じく杉崎の肩の上だし、彼女は相変わらず本を読んでいるようなので大丈夫だろう。
意識ははっきりしたものの、身体は妙にだるくて自立するのが困難だ。
眠くはないので杉崎の肩を定位置として、手に持った文庫本の続きを読むことにした。
ページをめくっていると、隣の杉崎に少しだけ違和感を覚えたが、本の中の物語に比べれば些細な事だったので無視して読み進めた。
一つの章が終わり、ページから目を離して周りの席を見ると、殆ど人が居ない。
「なんか、今日すごい空いてるねー。」
「……うん。」
「あーそうだ。さっき言ってた膝枕お願いしようかなー。ちょっとこの体勢にも疲れちゃってさ。これだけ空いてればいいよね。」
「えっ……。」
曖昧な返事だったが、言い出しっぺは杉崎の方なのだから私には実行する権利があるのだ。
身体をずらして膝の上に頭が乗るように調整して横になる。
「あ、これ、思ったより気持ちいい……。癖になりそう。」
「……」
杉崎の返事が無かったが、本に集中しているのだろう。読書の邪魔をしてはいけない。私も膝枕の上で本を読む事にした。
ストーリーが興に乗り、私のテンションも上がってきたので体勢を仰向けにシフトしてクライマックスへの準備を整えた。すると、
……真上には見知らぬ顔があった。
「……あれ?」
「……」
心なしか顔を赤く染めた美少女が頭上にいる。そして、何を隠そう私の頭の下には美少女から繋がる膝枕があるのだ。
状況を理解して跳ね起きる。
「すっ……すみませんっ……!?あれ?あれ?杉崎?っていうかここどこ?……えっ降りる駅めっちゃすぎてるじゃん!うわーどうしよ!?」
知らない人の膝枕に乗っていたという驚愕の事実が発覚した。落ち着こうとして、とりあえず思った事を口にだして動揺を隠そうとするが、かえってみっともない事になっていた。
わたわたしていると、隣の美少女が声をかけてきた。
「ごめんなさい。起こそうかとおもったんだけど、よく眠ってるみたいだったから……」
「あっいえ、こちらこそスミマセン……。何やってるんでしょうね私。穴があったら埋めてほしいわー……。っていうかもう終点だけど、同じ学校ですよね?こんな遠くから通ってるんですか?」
美少女の着ている制服は、私の学校と同じものだったのだ。そして学校の最寄り駅からこの電車の終点までは約2時間ほどの距離がある。ここから通うのは大変そうだ。
「あー……、私も乗り過ごしちゃったみたいで……。」
そう言う彼女の降りるべき駅は、私と同じ駅だった。
「っていうことは、1時間半も寝てる私を起こさずに……?ナゼ。」
「えっと……」
「あなたも寝てたわけじゃないんだよね?」
「その……」
顔を赤くしてしどろもどろになっている。ちょっと泣きそうにも見える。なんだか尋問してるみたいになってきた。悪いのは私なのに。
そんなやりとりをしていると、終点駅のアナウンスが流れてきた。
「まあ、とりあえず降りよう?あなたも……えーと名前教えてもらってもいいかな。私は駿河紗織。2年B組。」
「あっ、えっと、2年A組の島崎和子です。」
「隣のクラスだったんだ。知らなかったなー。こんな美少女がいたなんて。」
「びっ……。そんなっ、そんな大層なものじゃないです……。」
大げさな手振りとは裏腹に、消え入りそうな言葉尻で謙遜をする。
その姿が妙にかわいくて笑ってしまう。
「もうすぐ着くね。こっからだと、特急に乗り換えなきゃ。島崎さんはどこまで行くんだっけ。……って私と同じ駅かー。」
「うん。あの、一緒に行っても良い……?」
電車が駅に停まった。ドアが開く。
「もちろん!行こう。」
寝まくって元気の有り余った私は椅子から飛び上がるようにして立ち上がり、島崎さんへ手を差し出した。
島崎さんはおずおずと私の手を取って立ち上がる。
立つときに手を貸しただけのつもりだったけれど、島崎さんが手を離さないので、二人で手を繋いだまま特急電車のホームへと向かった。
膝枕から始まる出会いなんて、そうそうあるもんじゃないよね。杉崎になんて言って紹介しようか、と考えたところで、島崎さんのことをすでに友達だと思っている自分に気付く。
これから一時間半、二人で電車に揺られるわけだけど、たまには本を読まずに話をするのも楽しそうだ。
私はこの新しい友人との会話の糸口を探して、島崎さんの横顔を見つめていた。